ルポ アメリカ陪審制度
《2》死刑 今もなお議論重ねて
空気が重く、よどんでいた。テキサスの州都から車で3時間余り。1月下旬の週末、ハンツヴィル刑務所で初めて死刑執行室に入った。
刑務所の敷地奥にある小さな平屋。通路の壁には「DEATH HOUSE」の文字。建物内の執行室は4畳ほどで、細長いベッドが置かれている。壁の色はモスグリーン。立ち会った刑務所幹部の男性によると「心が落ち着く色」だという。
テキサスは全米で最も死刑が多い州だ。「今週ここで2人執行した」と彼は淡々と話した。
テキサスを含む多くの州が、薬物注射で死刑を執行する。ハンツヴィル刑務所では、7本のベルトで死刑囚の体と両腕をベッドに固定。医療チームが、執行室の壁の開口部を通したチューブ式の注射器具を操作して薬物を三度注入する。最初が麻酔、二度目で体を硬直させ、三度目で死に至らせる。その間約25分。様子は隣室から窓越しに被害者の遺族、死刑囚の関係者双方が見ることができる。取り乱す死刑囚は少ないという。
執行は通常午後6時。最後の食事は刑務所で調理できる料理なら何でも注文できる。「フライドチキンを頼む死刑囚が多い」。幹部は言った。
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「市民にとって死刑の判断は難しいと思う。だからこそ、それを乗り越える手続きを設けている」。連邦司法省死刑事件部(ワシントン)のマーガレット・グリフィー部長は説明する。
米国では連邦政府、各州政府が、それぞれ独自の司法システムを持ち、テロ事件や州をまたぐ犯罪などは連邦裁判所が扱う。連邦裁判所の死刑求刑事件では、陪審は有罪の判断をした場合には死刑の適否も判断する。
「複数を殺そうとしたか」「重大犯罪の前歴」「被害者が子どもや高齢者」「責任能力」など陪審員が考慮すべき事情は法律で詳しく定められている。12人の全員一致が原則で1人でも反対すれば死刑は見送られる。
連邦検察官が死刑を求刑するには死刑事件部の許可が必要だ。死刑求刑事件では弁護料数千万円が費やされることも珍しくなく、被告に資力がなければ政府負担となる。「多額の費用と人手もかかるため、死刑を求刑するかどうかは慎重に判断する」(ワシントンの連邦検察官)のだという。
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連邦政府と同様、多くの州が死刑判断を陪審員に課する米国。「市民の60―70%が死刑を支持」との調査結果がある一方で、冤罪(えんざい)の可能性を理由に廃止を求める声も根強く、最近、執行数は減少傾向にあるという。
テキサス州では2年前、仮釈放のない終身刑が創設された。「それまで年間40件ほどあった死刑判決が創設後は14件にまで減った」。同州で死刑の一時停止を求めて活動する市民団体の代表スティーブ・ホールさんは、こう指摘する。
全米50州のうち14州は死刑を廃止。さらに廃止を議論している州があるほか、執行を停止している州もある。実態を市民に知ってもらうために死刑執行がメディアに公開されることもある。
重い判断を市民に委ねているからこそ、死刑と向き合う取り組みや議論が、全米各地で今なお続いている。
<メモ>
米国の死刑状況 人権団体「アムネスティ・インターナショナル日本」(東京)によると、米国は2007年に43人の死刑を執行し、執行数は中国、イランなどに続き世界5位(日本は9人で11位)。1990年代後半には年間100人近かったが、最近は減少傾向という。
=2009/03/03付 西日本新聞朝刊=