不可思議な空間。

落ち着いて、初めて海の傍へ行き、それを見る。
白い波がつま先まで来ている。
闇の海は何でも飲み込みそうで、静かな悪意さえ感じる。
それに呼応するかのように、私の中に渦巻く、
言葉にならないモノが暴れてるのを感じる。

ふと、アインシュタインの言葉を思い出す。
『人は海のようなものである。
ある時は穏やかで友好的。
ある時はしけて、悪意に満ちている。
ここで、知っておかなければならないのは、
人間も殆んどが水で構成されているということです。』

複雑な思いで落ち着かない。海の傍から離れて砂浜へ。
処理しきれない思いと、鳴り止まない耳鳴りに少し苛立っていた。

存分に遊んできたのか満足げに三人が戻ってくる。
海で遊ばないの？と質問。
「思い出すから。」ぽそっと放った私の言葉を聞いて、
彼女はハッとした表情を一瞬見せる。
そして突然、おもむろに棒で大きく砂浜に何か書き始める。

＜ゆうこ　だいすきやで。＞

え？？目が点。
唖然としてる私に、彼女は満面の笑みで微笑みかけて、
優しく抱きしめてくれた。

「え！？何？？」行動の意味がわからなくて呆然の私に、

『大好きやで。私はずっと傍にいるからな。
いなくなったりしないからな。ずっといるから。』

何かがピンと切れて、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。

泣いた。ただ悲しくて。
泣いた。ただ悔しくて。
泣いた。ただ寂しくて。
泣いた。ただ切なくて。
泣いた。亡くした親友を想って。

何度も優しく囁く彼女の言葉は、私の中にすっと入ってきて、
不思議なほど落ち着かせた。

親友が亡くなって、間もなく自分が生死に関わる交通事故や、
それはもう一気に色々ありすぎて、
落ち込んでいられる状況じゃなかった。

意識が戻った時は、何かが吹っ切れて。
事故後は、
とりあえず普通の生活が出来る為のリハビリで精一杯で。

家族や友達の励ましがあって、心配かけたくなくて、
目の前の事をただ、一生懸命こなす事に注力した。
回復した後は、とにかく色々な事を精一杯楽しんで過ごしてた。
そうでなきゃいけないと思った。

だけど、どこかでずっと引っかかってた。
何度も夢に見て、ふと、何度も思い出して。
完全に立ち直ったんじゃなくて、非日常すぎた環境に手一杯で、
それ自体にきちんと向き合う状況がなかっただけだったんだと、
完全に乗り越えてたわけじゃなかったんだと、初めてわかる。

どっか無理してたんだなぁ。
その事実を受け入れると、凄く心が軽くなった。

彼女が『その子の代わりになる位の存在になるから。』
ぽそっと言ってくれた。
もう充分大事すぎる存在だよ。比べられない。
本当にありがとう。
私も貴方にとってそういう存在になるわ。
そうありたい。
ここへ連れて来てくれた二人も本当にありがとう。

落ち着いて、今度は４人ではしゃいだ。
皆でみんなの名前と思いを書いたり、ドラえもん書いたり、
思いっきり走った。携帯でムービー撮ったりもした。
寒かったけど、寒さなんか気にならなかった。
むしろ、暖かかった。

笑った。ベタな青春して。
笑った。ただ楽しくて。
笑った。みんなに出会えた事が嬉しくて。
笑った。自分がここに在れてることの幸せを感じて。
笑った。前を向くために。前に進むために。

気がつくと耳鳴りが止まっていた。

最後にもう一度見た海。
吸い込まれそうな広く深い漆黒の海。
刺すような風の冷たさとは裏腹に、それはとても穏やかに優しく在った。