大事な心がけ。 

February 07 [Wed], 2007, 18:15
どんな時も、

嬉しい。

悲しい。

ありがとう。

ごめんね。
など、

その時思ったことや伝えたい言葉は、
きちんと伝えるようにしよう。


『仲がいいから、多くを語らなくてもわかってるだろう。』とか、
『きっと伝わってるだろうな。』とかも事実あるだろう。
時にそれはそれでいい。

だけど、その関係の深さに甘んじすぎて、
言葉を発することを怠けないようにしよう。


わかりあっている事でも、深い関係でも、
当たり前のようになってる事でも、
『たった一言』言葉として発するだけでも、
大きな影響を与えるし、大きな違いがある。

完全な以心伝心なんてないんだもの。

付き合いが浅かったり、深い関係でないなら、なおさら。
伝えるという事は大事。

その時ある様々なことに取り込まれてるうちに、
伝えるチャンスを見逃したり、伝える事を怠って、
取り戻しようのない時間に後悔したくないから。

人の多くは失ってから大事だということに気付く。

過ぎた時間は、振り返る事は出来ても二度と戻ることはない。

一度失ったら二度と戻らないこともある。

明日が必ずくるとも限らない。


一瞬一瞬を大事にしなきゃ。

忘れちゃいけない。どんな時も。
常に自分に言い聞かせる日々。

shoes 

February 06 [Tue], 2007, 22:53
最近のマイブームカラーモノクロカラー

昨年は社会的にも流行色だったから、
アクセサリーや鞄やなどなど商品の品種が
増大して個人的に嬉しい環境だったの

”白と黒”の組み合わせの小物系が特にマイブーム。
←靴や時計もお気に入りに出逢うことができました
←かわいいでしょ


小物はもともとこだわる方だけど、靴にはまりだしたのは、
お年頃に読んだある本との出会いがきっかけ。

足は体の部位中で直に大地に触れる部分。
 前に進むとき、直に地に触れ自身の体を運んでくれる部分。
 だから、靴はとびっきりいいもの(=お気に入りの靴という意味)を履くの。
 いい靴を身につけると、いい風を呼び込んでくれるから、
 幸せを運んでくれるのよ。


-主人公の言葉。

その頃は”幸せはなんたるか?”を特別考えるわけでも、
知るわけでもないけど、漠然と”幸せ”という言葉に憧れて。
本を読み終えて、早速靴を買いにいったんだっけ。

その時から、靴はお守りみたいなものに。

お気に入りの靴を履くとなんか嬉しくなる。

体が軽くなる感じ。

足にちゃんとフィットして履き心地がいいと、
地に足ついてちゃんと歩いてる気がする。
何より前に進みたくなる。気持ちも体も。

靴が可愛いってだけで外に出るのが楽しみになる。

ステキな靴は自身をステキにしてくれる。
靴に負けないようにしゃんとするから、
自分もステキになった気がするの。

靴で幸せになれるかは今でもよくわからないけど。
でも、好きな靴を履いてるとき、気持ちがいい方向に向くから、
靴は私にとって大事なお守りなのです。

Reunion 

February 05 [Mon], 2007, 22:47
昨年の秋の友人の結婚式で偶然再会した、高校の同級生。

独特の雰囲気のある子で。
何気にちょくちょく話をして、深くもなく浅すぎもせず
絶妙な距離感のある関係だった。

偶然SNSでも繋がってリンクは張ったけど、
やっぱり付かず離れずの距離関係。

お互いの存在や動向はそれなりに知ってるけど、
特別会話をするわけでもないって感じ。

だけど突然、その子からメールが来た。

ハートブレイクして。
”もう恋愛で傷つくのは嫌だ”と言っていた。
”幸せになりたい”と。

その子からまさかそんなメールをもらうと思っていなくて。
そういう時に思い出してもらえたのは嬉しかったけど、
正直結構ビックリした。

でも、そういう距離感でいた相手に話してくるっていうことは、
よっぽど苦しいんだろうな。寂しいんだろうな。

返事を書こうと思うけど、何をどういっていいかわからなくて。
当人でないぶん、彼女の辛さ全部わかってはあげれないから。

彼女の辛さを軽減できる言葉が見当たらない。
簡単に発言したくない。

傍にいれたらな。
一緒にやけ酒したり、泣いたりできるのに。
愛する人の代わりにはなれなくても・・・
彼女の寂しさを少しでも軽く出来たかもしれないのに。

こういうとき、近所さんみたく、すぐには行けない
物理的距離がありすぎる事実が悔しい。

Trifling wish 

February 04 [Sun], 2007, 15:25
カーテンを開けてみたら、眩しすぎるほどの日差し

”わっ”思わず目をつぶっちゃった。

電気をつけなくても部屋は”ぱぁぁ”っと明るくなって。
つられて気分も明るくなっちゃう。

すっごいポカポカして、気持ちいいから、
ゴロゴロして光合成してみたりして、
贅沢に時間を使ってみた。

こういう時間は特にすき

”んー”って伸びをしたり、穏やかな時間に浸りながら、
ぼーっとしてたら、ふと、昔観た恋愛映画を思い出した。

シチュエーションはこんな休日
普段は忙しない二人だけど、その日だけは時間も気にせず、
一日中ベットでのんびり幸せそうにしてるワンシーンがあって。

音楽聴きながら、各々で本読んだり、フルーツ食べたり。
一緒に映画見たり、たわいもない会話して笑ったり、ふとキスしたり。

あの二人のあまりに幸せそうな表情を思うと、
ちょっとだけ、さみしくなっちゃった。

いいなぁ。
時間も物理的距離も気にしなくていいようになったら、
いつか、そんな風に休日を過ごしたいな。

baby 

February 03 [Sat], 2007, 16:48
赤ちゃんってすごい。

その場にいるだけで、みんなが優しくなる。

赤ちゃんが笑うと、その場のみんなも笑顔になる。

大人が人を一人動かしたり、変える事は容易ではない。

それを、言葉も行動も自由にできない赤ちゃんは
仕草1つでいとも簡単に人を変えたり、動かしたりするのよね。

すごいなぁ。
つくづく感動する

Moment 

February 02 [Fri], 2007, 21:50
山に囲まれた奥道後の温泉地にて。

昨日の冬将軍の猛威とは違って、
静かにしんしんと降る雪

みるみる木々や山々が白く色づき、
見渡す限りが雪国の景色。

とても、きれい

久々に四季を感じる場景。


が降るさまをみるのが好き。

風に乗って各々が様々に揺れながら地に着く
その舞うような姿が好き。

可変的かつ不規則な動きに見入ってしまう。
いつまで見ても飽きない不思議な動き。

雪の降るさまでも特に好きなのは、
もうすぐ降り止むっていう時の
1つ1つの雪がはっきり見えて
はらはらと落ちてくる時の雪

落ちてくる途中で消えたり、わずかに手のひらに届く
微妙に消えるか消えないか位の感じがすき。


ただ静かに舞い降りて、ただ静かに消えていく
純白の輝きと刹那の儚さにそこはかとない”美”を感じる午後。

Butterfly of inversion 

February 01 [Thu], 2007, 19:01
冬将軍とお抱えの吹雪の軍勢が猛風の唸りをあげながら
急ぎ足で通り過ぎ、窓の外はほんの一瞬、白界と化した。

しばらくすると、何事もなかったかのように陽が射してきて
さっきまでの灰色の世界の面影は微塵もなくなった。

あまりに暖かそうなやさしい夕陽だったので、
休憩がてら外に出てみると、冬将軍到来の足跡
残すかのようにできた小さな小さな水溜りを発見。

顔が映らないように覗き込んでみると、そこには
夕陽やもこもこした雲が詰まったミニマムな世界があった。

”在りのままの形”を投影するだけの、反射の世界

全く同じものが二つになり、映し出すモノの
色や形の質も変わらない。

だけど、決して触れることはできない空間。

また、その向かいの小さな世界には、実世界(人間がいる世界)に存在する
”生(=自発的・能動的な創造や”事象”及び”動”に付随するもの)”が
存在していない。

”音”はもちろん、”暖かさ”や”冷たさ”などがないのである。
(”事象”及び”動”に付随するものの例で言うと)

反射とはいえ確かに存在する空間なのに、
そこは”有”でありながら、生というものは”無”であるのだ。


よくよく考えたら、不思議な違和感を覚える。

黒い蝶が小さな鏡の上を横切った。
向こうの空間にいる蝶は、確かに黒い蝶。
でも、ただ、ただ”在る”だけ。

自己意思で動くことはない。
同じものでありながら、選択の自由すらないのである。

決められた動きしかできない。
決められた形でしかいられない。

なんて窮屈な世界なんだろう。
考えると面白いなぁ。

現在の社会的風潮として、常に新しさや斬新さを求める傾向があるけれど、
実は個々の勝手な固定概念で当然と認識している多くの事象の中に
それらって多くある気がしてならない。

当然”の中に隠れてる深い謎・・・。
どんなことが発見できるかな
すっごいことがわかったりして。

あーワクワクしてきた。

日常にもっとなぜを探してみることにしよう。

New meeting 

January 31 [Wed], 2007, 23:09
いつもお世話していただいてるAMさんに
招待を受けて4人で飲みにいってきたん。

普通に父と娘位の年の差があるんだけど。

でも、今日あった人達は”おじさん”っていう感じじゃなくて、
半分が初めて会ったにも関わらず、接しやすくてほんとに
お父さんと話してるみたいな親近感を覚えた。

優しい雰囲気に包まれて、それはもう温かく楽しい時間だったの。
松山では久しぶりの”ほっ”とした時間。
面白い事もいっぱいあった。

本日の新しい発見
カラオケで歌ってる時に皆何故か歌ってる人の前で指揮者をすること。
しかも、知らない人であっても、その人の前で指揮者しちゃってて、
気がついたら、すっかり仲良くなってしまってること。

でも、音楽のノリについていけない時は、放置であること。(笑)

たわいのない会話。気の許せる仲間だから故の発言。
この時間を一緒に共有できたことが素直に嬉しかった。

今度はデュエット歌えるようになっておこう。
もっと仲よくなれる気がするから。

”会うは別れの始めなり”
そういってたAMの言葉が頭に残る。

物理的に離れることになったとしても、
繋がりが切れないような関係を築いていきたい。

強く、そう思った。

good morning. 

January 30 [Tue], 2007, 5:35
自他共に認める、朝はほんっとダメな子ですが、
今朝はほんっとに珍しい早目覚め

いつもと違って何故かものすごく
目覚めのいい朝だったことに、ちょっとビックリ

だって、いつもこういう時間に起きるときは
悪夢を見て飛び起きたり、体がものすごく
しんどすぎて目が覚めるかのどっちかだから。

貧血気味かつ超低血圧なこともあって、
朝は起きるのが辛い憂鬱な日が多いだけに。

こんな朝を迎えられた今日は
なんか”いいこと”あるのかなー
思わずそう思ってしまう朝。

ちょっと一日が楽しみな朝

Reason for kiss. 

January 29 [Mon], 2007, 23:20
ちょっとセクシャルなお話。

”SEX”は生存本能で、男女が行う諸事。

この行為なくして子孫形成はムリで。
子孫残していかなきゃいけないし、この行為はまぁ理解できるとして。

kiss

物心ついたときには、いつの間にか
キスは恋愛感情を持つ相手とする行為という認識ができていたけど・・・。
(愛情を深める行為というか。最近は愛があろうと無かろうとするようだけど。)

そもそも、なんでキスってするんだろう

いつからキスってするようになったんだろう

初めてキスしたのは誰だろう

どのような経緯でキスってするようになったんだろう

世界中の人がするということは、キスも生存本能的な感じで、
何も知らなくても体が知ってる的な自然行為なんだろうか

大抵の人は行為の順番的に、”キス→SEX”っていう認識があると思っていて、
なんでかなぁって考えてたら、ふと思いついた。

”SEX”=”子孫形成”とすると、
”キス”=”子孫形成相手の選別手段”なのかもしれない。
これだと、殆どの世界中の人がキスをする理由も納得がいく。

いきなり子孫形成しても、子供ができたら取り返しがつかないわけで。
本能として、より優秀な子孫を残すことを前提としたとき、
優秀な遺伝子を確実に選別する為の、何かしら試験を要するのでは?と考える。

そういう選別の手段の1つに”匂い”とかもよく言われるけど、
”kiss”もその中の1つなんかなぁって思ったりする。

みんなはどう思う

昔からの素朴な疑問。
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