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2009/8/27 Thursday

市場の自由競争の神話：規制緩和が招いたモラル・ハザードと金融危機

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経済

- nakaoka @ 11:21

経済学は市場で自由な競争が行われることで資源の最適配分が行われると教えています。その前提条件は、競争者が等しい情報を持ち、特定の競争者が市場の支配力を持たないことです。ですが、こうした前近代的な前提条件は現実には存在しません。必ず情報の偏りが生じたり、市場での競争者の間に交渉力に歪みがあるものです。そうしたことは大企業と中小企業、機関投資家と個人投資家などで見られますが、同時に労働市場でも顕著に見られます。個人個人の労働者には賃金交渉力はないのです。どんな安い賃金でも、働かなければ生存できない労働者は受け入れざるを得ないのです。だからこそ、労働組合の団結権と団体交渉権が認められたのです。市場での自由競争のモラルを求めることは不可能なのです。ですからこそ、様々な規制が必要なのです。アメリカに始まった金融自由化は、深刻な金融危機を招きました。その背後には明らかにモラル・ハザードが存在したのです。今回、どのようにしてアメリカの金融自由化がモラル・ハザードを生み、金融危機につながったかを説明します。

市場原理主義がもたらした危機
今年の２月６日、民主党のバーニー・サンダース上院議員は激しい口調で母校のシカゴ大学を批判する演説を行った。同大学が主に財界から２００万㌦を集め、「ミルトン・フリードマン研究所」の設立を決めたからである。同議員は「私と上院の同僚は現在、規制緩和のイデオロギーと金融機関の経営者の満たされることのない強欲によって崩懐した金融制度の修復に努めているところだ」と、規制緩和のイデオロギーを支えた自由主義者フリードマン批判を展開した。

１９９１年に成立したレーガン政権は、「規制緩和」「自由競争」「市場主義」「自己責任」を旗印に、ルーズベルト大統領のニューディール政策以降作り上げられてきたアメリカ経済の枠組みを大胆に変えてきた。そのレーガン革命を支えてきたのが、自由競争を唱えるフリードマンの経済学であった。その思想は“市場原理主義”ともいえるもので、政府の市場介入を拒否し、アダム・スミスの“見えざる手”によって均衡が保たれると主張した。だがサンダース議員は、金融危機で「都合が悪くなると市場原理主義者はもっとも強力に政府の介入を支持する立場に変わってしまった」と批判を続けた。

サンダース議員は、２００８年９月のリーマン・ブラザーズの倒産に始まった金融危機の根因は市場原理主義者が主張する金融市場の過剰な規制緩和にあったとし、フリードマンに代表される市場原理主義者に厳しい批判の刃を向けたのである。

金融業界のご都合主義を示す例がある。アメリカが不動産ブームに沸き立っていた２００４年、ベア・スターンズ、リーマン・ブラザーズ、メリルリンチ、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーのアメリカを代表する投資銀行の幹部がSEC(証券取引委員会)を訪れた。彼らはSECに対して自己資本対債務比率の引き上げを求めたのである。当時、投資銀行は自己資本に対する債務比率は最大12倍までと決められていた。大手投資銀行の要請を受け、SECは同比率の引き上げに応じた。その結果、たとえばベア・スターンズが33倍、メリルリンチが40倍まで比率の拡大が認められた。いわば自己資本比率の緩和措置といえるものであった。投資銀行は借入を増やすことで巨額の利益を上げた。だが皮肉なことに、今回の金融危機でそれが災いしてベア・スターンズも、メリルリンチも、リーマン・ブラザーズもいずれも金融市場から姿を消す結果となった。

その時、大手投資銀行を代表してSECに行ったのは、ゴールドマン・サックスのCEO(最高経責任者)で、後にブッシュ政権の財務長官となり、金融危機の処理に当たったハンク・ポールソンであった。ポールソン前長官は自分が蒔いた災いの種を自ら刈り取らなければならなくなったのである。ポールソン財務長官は政府資金を使って巨額の資本注入を行うことで金融機関の救済を図ってきた。それはオバマ政権にも引き継がれている。

巨額の公的資金による資本注入で金融危機は大きな峠を越えたかに見える。大手金融機関は軒並み政府資金の返済を進め、ゴールドマン・サックスは今年の第2四半期の決算で収入は四半期ベースでは過去最高の１３８億㌦に達し、純益は27億㌦になったと発表した。ただ英『エコノミスト』（７月15日）は「ゴールドマン・サックスの業績回復は市場回復によるものではなく、競争相手がいなくなったからだ」と、同社の回復を冷ややかに見ている。多くの中小銀行は依然として巨額の不良債権を抱え、存亡の瀬戸際に立っている。一部の金融機関が危機を克服したからといって、金融危機が終焉を迎えた訳ではない。

レーガン政権に始まる市場原理主義の政策、すなわち規制緩和と金融市場の関係が明確に分析されない限り、本当の金融危機の終焉はないのである。

戦後のアメリカの金融市場は、大恐慌の教訓から１９３３年に成立したグラス・スティーガル法によって設定したルールの枠組みに従って運営されてきた。グラス・スティーガル法の基本は銀行業務と証券業務の分離にあった。レーガン政権以降の歴代政権のもとで行われた金融市場の規制緩和は、戦後の金融レジームを根底から変えるものであった。１９８７年、FRB(連邦準備制度理事会)は重要な決定を下す。銀行に地方債や住宅抵当証券などの引受業務と、引き受けた証券を一括して転売することを認めたのである。それは銀行の証券業務への参入を実質的に認めたことを意味していた。当時、シティグループの副会長であったトーマス・セオバルドは、銀行はもう大恐慌以前のような愚かな行動はしないと主張していた。

すなわち、ルーズベルト大統領は市場に規律を課すためにSECを設立し、SECは効果的に市場を監視していること。投資家の市場に関する知識は増え、投機的な行動に走らないこと。非常に洗練された格付機関が存在し、リスクの評価が行えるようになっていることを指摘して、銀行の証券業務への進出の正当性を主張した。

だが、サブプライム・ローンに始まる金融危機は、セオバルド副会長の主張をことごとく裏切った。SECは効果的に機能せず、投資家はリスクを無視して投機に走った。また格付機関もその無能さを露呈してしまった。格付機関はリスクを評価するどころか投機を煽る役割を担ったのである。

FRBは３対２の票決で銀行の証券業務への参入を認めたが、ポール・ボルカー議長は反対票を投じた。同議長は、商業銀行に証券引受業務を認めると、引受手数料を稼ぐために貸出基準を引き下げ、証券市場での地位の強化を図るだろう警告していた。ボルカー議長が懸念したように、銀行は次第に証券業務に依存する体質に変わっていった。さらに低金利が銀行の証券業務依存を強化することになっていく。

そして１９９９年に戦後の金融業務の規範となったグラス・スティーガル法は「金融サービス近代化法」に取って替わられる。もはや商業銀行業務と投資銀行業務、証券業務、保険業務の間に存在していた垣根は取り払われ、市場原理主義者が主張する自由競争の新しいパラダイムが成立したのである。

その後も相次ぐ規制緩和が行われ金融市場の構造が変わっていく。サブプライム・ローン問題は、１９８０年代以降続けてきた規制緩和の累積効果の一端にすぎないのである。様々な金融証券商品が誕生し、金融業界では証券業務が収益の柱となっていく。資金の貸し手と借り手の間の距離が広がり、伝統的な金融は姿を消し、証券市場優位の金融システムができあがっていく。銀行業務はもはや第2バイオリンの役割でしかなくなっていく。

証券化が進むことで証券市場を代表する市場ルールである「格付け」と「時価会計」が大きな役割を担うようになっていく。投資家は資産のリスクを評価できず格付けを唯一の手がかりに投資を行っていった。また、金融機関の財務内容は時価会計を通して評価されるようになる。金融市場は分断され、資金の貸し手も、資産の保有者も、投資家も市場を通して間接的にしかお互いを評価できなくなってしまった。

金融危機後、格付機関に対して厳しい批判が行われたのも、当然のことであった。「時価会計」見直しの議論が沸き上がった。08年10月に成立した「問題資産救済法」の第１３２条で「SECに時価会計適用を中断する権限を付与する」という内容が盛り込まれている。同法の指示を受け、09年３月に金融会計標準委員会は「新しい公平な時価会計の指針」を発表し、時価会計主義の見直しを提案している。共和党議員は、時価会計こそが金融危機を招いた要因であると主張している。

いずれにせよ規制緩和の中で牧歌的な金融業務は存在しえなくなったのは事実である。たとえば伝統的な住宅ローンの場合、住宅金融機関が満期までローンを保有することで資金の借り手との間で安定した関係を維持した。しかし住宅担保証券が一般化すると、もはや金融機関と住宅ローンの借り手の間には長期的な関係は存在しえなくなる。多くの住宅ローンは一括され、投資家に転売される。投資家も住宅ローンの借り手に気を配る必要はなく、格付機関の評価を頼りに投資を継続していった。そして銀行も投資銀行も最大限にレバレッジを効かせて、短期的な利鞘稼ぎに奔走し、労せずして巨額の利潤を上げることができる仕組みができあがった。誰も借り手の信用度とリスクを真剣に評価しようとしなくなった。リスクは次々と投資家の間で転嫁されていった。そして、なによりも長期のリスク評価よりも、短期の利潤が重視されるようになったのである。

金融市場の構造変化に加え、超低金利によってモラルハザードが市場を覆い、金融業界のモラルの退廃も起こった。08年3月に住宅金融最大手のワシントン・ミューチャルは､役員報酬と企業の業績は連動する必要はないと発表する。利益とは無関係に役員は高額の報酬を受け取るようになる。皮肉にもワシントン・ミューチャルは08年９月に倒産を発表することになる。しかし、政府支援を受けた金融機関の役員や一部の社員に高額の報酬が払われ続ける。オバマ大統領が金融機関の役員の報酬を制限しようとしたのも、そうした金融業界のモラルの低下を憂慮したためである。だが、金融業界の激しい抵抗でオバマ大統領は役員報酬に枠をはめることはできなかった。

金融業界にモラルハザードを引き起こしたのは、FRBの金融政策であった。90年代、金融業界では“グリーンスパン・プット”という言葉が流行った。すなわち金融業界は株式などの資産市場が低迷したらグリーンスパン議長が金融を緩和して助けてくれると信じるようになっていく。そうしたモラルハザードの元では正当なリスク評価は存在せず、金融機関も投資家もリスクを無視して投資を続けることができた。市場に規律を強いるべきSECも、金融市場の急激な金融革新について行けず、また多くのスタッフは市場原理主義に囚われ、十分な監視機能を果たすことができなくなっていた。

市場原理主義者が想定したように市場は自由競争を通した自己修正能力を発揮することはなく、過剰なマネーゲームを作り出したのである。規制緩和で生まれた証券化商品は、その実態が分からないまま肥大化を続け、最終的に金融危機を引き起こした。７月15日、マイケル・バー財務次官補（金融機関担当）はエクスチェッカー・クラブで「証券化によって銀行は帳簿からリスクを排除し、引受基準とデュー・デリジェンス（リスクに対して十分な注意を払うこと）のインセンティブを低下させた」と、今回の金融危機の本質を的確に指摘している。

オバマ政権の金融市場規制の行方

09年6月18日、テレビ局PBSのインタビュー番組でティモシー・ガイトナー財務長官は「金融市場には規制が必要である。そうした良き規制が存在しなかった。規制の基本的な設計で失敗したことが戦後最悪の金融危機を引き起こした」と発言している。規制緩和はグラス・スティーガル法のパラダイムを崩してしまった。だが市場原理主義のイ
デオロギーは、同法に代わるパラダイムにはなりえなかったのである。

オバマ政権は大恐慌以来最も深刻な経済・金融危機を引き継いで発足した。最初の大きな課題は、金融市場に新しい規制のパラダイムを再構築することであった。そうした要請の答えるため、６月17日、財務省は「金融規制改革案」を発表した。その中で「過去２年間、大恐慌以来、最も深刻な金融危機に直面」し、「危機の根源は何十年前にまで遡る。その間、深刻な不況が起こらなかったことで金融機関や投資家は自己満足に陥っていた」と現状を分析し、「政府が多くの問題が金融システムの安定にとって脅威となるのを阻止するために十分な責任を果たしてこなかったのは明かだ」指摘し、新しい規制の枠組みを構築する提案を行っている。

同提案では５項目の提案が行われている。金融規制に関しては、政府内の調整機関として「金融サービス監視委員会」を新設し、市場のシステミック・リスクの判別を行う役割が与えられることになっている。「国家銀行監督官」を新たに任命して、連邦政府認可の全銀行の監督を担当することになる。FRBに金融システムに脅威となる機関を監督する権限を付与している。ヘッジファンドなどプライベート・ファンドのSECへの登録を義務化することなどが盛り込まれている。証券化市場の規制強化と格付け機関の規制強化も盛り込まれている。

消費者保護に関しては「消費者金融保護局」を新設し、金融部門を縦断する形で消費者保護を実施することになっている。また金融危機に際してFRBの緊急融資機能を強化することも提案されている。金融システムに重大な影響を及ぼす非金融企業に解散を命じる権限も設けられている。

ここでは同提案の内容の細目に立ち入ることはできないが、今回の金融危機で問題となった課題を網羅した内容になっている。ポイントは政府の監督権限の一体化と強化である。当然ながら金融業界から反対の声が上がっている。秋から本格的な審議が議会で始まるが、オバマ政権が描くような金融改革ができるかどうか疑問視する声が強い。大恐慌はグラス・スティーガル法を成立させ、新しい金融規制のレジームを構築したが、オバマ政権の改革案にはそうした大きなスケールのビジョンに掛けている感は否めない。

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