<ぶんか探訪>「大大阪」の残り香惜しむ――江弘毅さんと行くダイビル本館

 
              
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<ぶんか探訪>「大大阪」の残り香惜しむ――江弘毅さんと行くダイビル本館

2009/08/13配信

重厚な雰囲気のエントランスホールで、「ここに立つと昔にタイムスリップしたような感じになる」と話す江さん(大阪市北区)
重厚な雰囲気のエントランスホールで、「ここに立つと昔にタイムスリップしたような感じになる」と話す江さん(大阪市北区)

大正末期、大阪が日本一の都市になった「大大阪時代」に建てられたダイビル本館(大阪市北区)。往時の栄華をとどめるモダニズム建築の傑作も、取り壊されることが決まっている。同ビルに事務所を構える関西の名物編集者、江弘毅さんに案内してもらった。

 「このエントランスホール、ええ雰囲気でしょう」。江さんは吹き抜けの天井を見上げながら目を細める。2階まで吹き抜けになった玄関ホールは竣工(しゅんこう)当時の趣のまま、荘厳なたたずまいを今に伝える。一歩、ホールに足を踏み入れると、大正時代にタイムスリップしたような感覚に襲われる。

 目を見張るのが2階天井の照明。格子状に細かな装飾が施された天井から、オレンジ色の温かい光がホール全体を優しく包む。1階天井部分の白い照明と不思議なコントラストを生み出している。2階テラスの手すりにも巧みな彫刻が配され、空間に彩りを添える。

 「これもまだ現役なんですわ」と、江さんが指さしたのは、ホール脇に立つ真ちゅう製の郵便ポスト。ピカピカに磨かれていて、中央部分には「私設郵便函」の文字。各階の差し入れ口から投函(とうかん)された郵便物がこのポストに落ち、それをビル内の郵便局の局員が定期的に集配しているという。

 ダイビル本館は、大阪の人口が東京のそれを抜いて日本一の都市になった大大阪時代を象徴する代表的な建物で、1925年(大正14年)に大阪商船(現商船三井)の本社ビルとして建てられた。設計は数々の近代的建築物を手掛けた渡辺節。同時期に東京の旧丸ビルなども設計したが、次々に取り壊され、渡辺の現存するビルは数えるほどしかない。それだけに、この建物の歴史的価値は高い。

1925年に建てられたダイビル本館
1925年に建てられたダイビル本館

 外観も見ようと、江さんと一緒に外に出た。内装と同様、贅(ぜい)の限りを尽くしている。ネオロマネスク様式の建物とされる。華麗な彫刻が施された円柱や角柱が随所に使われ、外壁には全面に焦げ茶色のれんがタイルが張られている。近代的な高層ビルが立ち並ぶ中之島かいわいで、レトロな外観はひときわ異彩を放つ。

 ダイビルへの江さんの思いは人一倍強い。情報誌の取材などでよく訪れたという。3年前、編集プロダクションを設立した際、入居したのもこのビルだった。「こんなビルで働きたいと思っていたので、ダイビルの部屋が空いていると聞き、2つ返事で決めた。ここしかないと思った」と笑う。「140B」という会社名も、事務所の部屋番号から付けたほどの入れ込みようだ。

 玄関ホールの両側に広がるショッピングアーケードは当時としては珍しい欧州風で、ガラスのショーウインドーが軒を並べる。ただ、テナントは8月末までに退去しなければならないため、ほとんどの店舗は既に閉じている。軒先には閉店を知らせる紙が張られ、行き交う人もまばら。


 江さんは8月末までこのビルで仕事を続け、その後、対岸の堂島浜のビルへ転居する。「ひいきにしていた喫茶店も閉じ、櫛(くし)の歯が欠けるようにテナントがいなくなる。ほんま寂しいわ」。惜別の念は深い。

 最近の近代的ビルは、IDカードをかざして入るタイプが主流。どこか無機質で気取った感じがする。「その点、ダイビルは出入り自由で近所づきあいができる。実際、テナントに入っている仕事仲間とよく廊下で立ち話をしたり、喫茶店で打ち合わせをしたりした。このビル自体が、人が触れ合う街場みたいなもの。ごちゃごちゃした雰囲気の方が落ち着いて仕事ができる」

 ビルを所有するダイビルによると、早ければ年内にも取り壊すという。モダニズム建築がまた1つ消えても、江さんの脳裏にはいつまでもその美しい姿が刻まれるだろう。
(大阪・文化担当 高橋敬治)

 こう・ひろき 1958年大阪府岸和田市生まれ。情報誌「ミーツ・リージョナル」(京阪神エルマガジン社)の創刊にかかわり編集長。退職後、2006年に仲間と編集プロダクション「140B」を設立、取締役編集責任者に。著書に「街場の大阪論」(バジリコ)など多数。
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