山口二郎の二律背反 - 理念のない民主党に構想の提起など不可能
広辞苑で「政党」の意味を調べると次のようにある。「共通の原理・政策を持ち、一定の政治理念実現のために、政治権力への参与を目的に結ばれた団体」。手持ちの広辞苑は第二版補訂版で1977年に発行されたものだ。現在、第六版が出ているが、「政党」の語義が同じかどうか気になる。ネットで使うYahooの国語辞典は小学館の大辞泉の提供だが、「政党」の語は少し異なって説明されている。「共通の政治的主義・主張をもつ者によって組織され、一定の政治的利益や政策の実現のために活動し、政権獲得をめざす集団」。どこが違うか。30年前の辞書では「理念の実現」が政党の要件だったが、現在の辞書ではそれがないことである。「理念」の代わりに「主義・主張」が要件になっていて、微妙に政党の定義が変わっている。理念が政党の要件ではなくなった。政党とは何かを説明する際に、理念の存在を必須の要件としなくなった。どうして政党の言葉の意味はこのように変わったのだろう。私はこの質問を山口二郎と後房雄に発してみたい。特に、政治から理想が消えたと嘆いている山口二郎に訊きたい。結論から言えば、日本の政党から理念を剥ぎ取ったのは、他ならぬ山口二郎と後房雄の主導した「政治改革」である。
「政治改革」の前後で日本語の「政党」の意味が変わった。「共通の理念の実現を目的とする政治集団」という意味から、「共通の主義・主張を持って政権獲得をめざす集団」に変わった。言葉というのは面白い。長く生きていると言語の変容というものに直に接する。言葉は時代に合わせて変わり、現実のありのままを映し出して表現しようとする。現在の日本語の政党の定義に理念の要件を入れると現実にそぐわないのであり、目の前にある政党の姿を正しく表現できなくなるのだ。具体的に、民主党という政党があって、この政党には共通の理念などなく、だから理念を政党の要件にすると、民主党という実体が政党の言葉で説明できなくなるのである。定義と現実に齟齬が起きる。この定義はおかしいということになる。だから、言葉の意味の方を変えたのだ。われわれの世代は元の定義に慣れ親しんでいるが、今の若い世代には政党が理念を持つ必要など特に感じてはいないだろうし、政党というものは政権獲得だけを使命にした集団であり、主義主張というのは単なるスローガンのことだと理解しているに違いない。それが若い世代の政党に対する一般認識であり常識だと思うが、政党に理念がないと嘆く山口二郎は、その原因を作った張本人が自分であるという自覚はあるのだろうか。
9/3の朝日新聞（21面）に、「民主党は大丈夫か」という選挙の論評を寄稿している山口二郎は、民主党に対してビジョンを持てと注文をつけている。「数値目標だの財源だのを過度に強調すれば、政治家が本来持つべき構想力がしぼんでしまい、官僚の発想に近づくことになる。官僚批判が売り物の民主党にとって、何とも皮肉な現象ではないか。今の閉塞感を打破するためには、大きな社会ビジョンを提起することこそ、政治家の使命である。（略）社会保障に限らない。国土の姿、環境政策のあるべき方向、多くのテーマについて、２１世紀のビジョンを語ることが求められている」。サービス政策より構想を前に出せという注文は、山口二郎は選挙戦のときからずっと民主党に言っていた。しかし、皮肉なのは民主党ではなくて山口二郎の「政治改革」なのではないのか。構想の土台になるのは理念である。理念のない政治集団にどうして構想を打ち出すことができるのだろう。民主党に参加している政治屋たちは、政権を獲得するという共通目標は持っていたが、社会理念を共有した集団ではそもそもなかった。理念の共有など必要なく、小選挙区制の下で多数を取って政権交代を実現すればよいと指南したのが、政治改革学者の山口二郎と後房雄であった。民主党は最高幹部の間ですら、憲法についての考え方さえも一致してないのだ。
憲法改正を認めるかどうか、９条改正を是認するかどうかは、日本の政治において決定的な対立軸であり、政治家の基本的立場を分ける根本問題である。政治家の理念が問われる問題である。同じく、派遣労働を認めるかどうか、労働法制に対して規制強化なのか規制緩和なのかも決定的な対立軸であると言える。自民党はこの点ではほぼ全員の政治家が同じ立場に立つ。ところが、民主党はそうではなく、幹部の前原誠司は憲法９条改正に「賛成」なのは無論のこと、集団的自衛権も「見直しすべき」の立場であり、さらには日本の核武装についてまで「今後の国際情勢によっては検討すべきだ」と言っている。長島明久に至っては、安保政策で前原誠司と同じだけでなく、製造業への派遣について「禁止すべきでない」と明言している。小泉勉強会に参加していた玄葉光一郎は、最低賃金時給千円について「企業の経営を圧迫するので反対だ」の立場である。こういう中堅幹部がぞろぞろいる状態で、構想を持てとか理想が低いなどと民主党に言っても、そもそも組織の出自から無理ではないのか。共通の理念など脇に置いて、小選挙区で勝てる勢力を作ろうとして利害打算で結党したのが民主党であり、自民党の経世会から分かれて流れ込んだ連中や、社会党から崩れてきた連中が、そのまま憲法問題を棚上げにして野党第一党を維持してきたのが民主党であった。その指南役が山口二郎である。
「日本版オリーブの木」だの、「第三の道」だの、これまで数多くの言葉を使って、民主党の「基本構想」なり「基本路線」なりは国民の前にプレゼンテーションされてきた。だが、いずれの言葉も簡単に減価償却されて陳腐化し、２年も経たずに忘れられて看板が捨てられてきたのである。その「努力」の結果、民主党はこうして政権を獲得した。今さら山口二郎が、民主党に構想だの理想だのを求めるのは、滑稽であり笑止であり噴飯である。「政治改革」の思想と根本的に論理矛盾している。著書『政治改革』の中で、社会党を教条主義政党でイデオロギー政党だと罵倒し、その無用を宣告したのは山口二郎だった。仮に山口二郎が民主党に対して理念や構想を要求するのなら、おそらくその場合は社会民主主義を基軸にするのだろうから、右翼で新自由主義の前原誠司や長島明久や玄葉光一郎は党から排除しなくてはならないはずだ。右翼で新自由主義の分子の民主党からの排除を堂々と勧告すべきだろう。さらにまた、社民主義の旗を掲げて活動している社民党と民主党の関係について言及しなくてはならないだろう。先ずは、山口二郎本人が、民主党の構想とやらを具体的に提示したらどうなのか。口先だけで構想を持てだとか理想が低いなどと小言を垂れるのではなく、隗より始めよで範を示せ。民主党が掲げるべき構想の叩き台を自ら提案せよ。新自由主義者で右翼の政治家がそれに乗れるかどうかを確かめてみよ。
朝日新聞や山口二郎は、日本における二大政党の時代の始まりを祝福しているが、私は二大政党制が確立したとは思わない。単に民主党が自民党をリプレイスしただけであり、今後、現在の自民党は二大政党制の野党にはなれないだろうと予想する。何度も繰り返しているとおり、自民党は民主党に対して政策の対立軸を立てられないからであり、そもそも自民党は二大政党制を志向して誕生した政党ではないからだ。現在、朝日新聞を筆頭にして、自民党に対して「小さな政府」路線で民主党との対立軸を立てろという声が盛んに上がっている。この議論の正当性は単にマスコミの範囲でのみ確保されるもので、例えば自民党の総裁選で地方組織に票を渡し、地方県連に政策論争に参加させたなら、間違いなく「小さな政府」路線は拒否されるだろう。今度の選挙で自公政権が敗北したのは、何より有権者が小泉竹中の構造改革と断絶する意思を示したからである。この民意はすでに２年前の参院選より明らかな趨勢となっていて、今回あらためて駄目押しされたと言ってよい。小泉改革で組織を壊滅状態にされている自民党の地方県連が、小泉改革の継承である「小さな政府」路線を支持するはずがない。手厚い社会保障や地方への公共事業を求めているのは、地方の従来の自民党支持者なのである。「小さな政府」で「成長戦略」などと言っているのは、単に法人税を減らしたい大企業の代弁に過ぎない。
「小さな政府」を掲げる新自由主義政党は、マスコミ政党として勢力を維持することしかできず、結局のところは「みんなの党」に毛の生えた程度の規模以上に拡大を図れない。「小さな政府」の路線と言うのは、社会保障の政府支出を削減して、国民に医療や介護や年金や教育の自己負担（自己責任）を求める政策である。法人税と所得税を減税して消費税を増税する政策である。今後、自民党は民主党との対立軸の設定に悩み、悩みながらすぐに参院選を迎えることになる。最終的に対立軸は定立できないだろう。自民党が掲げたい政策は全て民主党が政権与党として掲げ、有意味な政策選択肢を提供できないからである。衆院選と同じく財源論くらいしか言えない。右翼路線を強調すれば衆院選の二の舞になる。また、民主党以上に社会保障を重視した政策を出せば、左に寄って社民党に接近することになる。自民党には指導者がおらず、資金も次第に枯渇する。選挙戦術の巧者もいない。政策の対立軸が立てられず、指導者がおらず、資金が細って行く自民党を支えるのは、唯一、二大政党制を主張するマスコミであり、マスコミとアカデミーのプロパガンダで植物人間化した自民党は生き残る。だが、それも一年で終わりで、来年の参院選の前後に自民党は分解の運命を余儀なくされるに違いない。予算委員会で自民党の議員はどのような質問をするのだろうか。彼らの質問は、マスコミの支持は受けても国民の支持が得られる質を保持するとは到底思えない。二大政党制の時代が始まったのではなく、擬似二大政党制が破綻して、日本における二大政党制の欺瞞が明らかとなったのだ。日本のマスコミとアカデミーは、政党が理念と構想を掲げてエッジを利かせようとすると、すぐに教条主義だのイデオロギー政党だのと決めつけて貶めにかかる。現実主義的でないと非難を投げつけ、イデオロギーは捨てて政権を目指せと言う。そして言うとおりに理念を捨てて右から左までの寄り合い所帯で政権を取ったら、今度はビジョンがないと駄目だと言う。都合がよすぎないか。
