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【ウルトラクイズ体験記】
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【30】ニューヨークの空へ/決勝前 |
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9月20日。朝7時過ぎに目が覚める。体調は言うまでもなく完璧だ。
午前中はテレビを見たり、持ってきた問題を見たりして過ごす。
ツアコンの柳原さんが買ってきてくれたボリュームたっぷりのシュリンプ・サンドで昼食。
遠藤さんに借りたスーツに着替え、13時過ぎに出発。ハドソン河畔のリバティ・ヘリコプター・ツアーズへ。
ヘリポートで待っている間は、スタッフの萩原津年武さんと話をすることができた。萩原さんは第1回から担当しているウルトラの大御所で、ウルトラの歴史を知り尽くしている人だ。
ヘリの撮影はとても楽しいものだった。
萩原さんと僕、廣田さんと大西さん、カメラマンが3機に分乗し、マンハッタンの上空を飛ぶのだが、いろんな角度から撮るために、同じコースを何度も何度も回る。
エンパイア・ステート・ビルが、ツインタワーが、名前のわからないたくさんのビルが、そして自由の女神が、すべて一望の下で、飽きることがなく、あっという間の40分だった。
このヘリは観光客用なので誰でも利用でき、$55、$69、$119と3つのコースが設けられているが、僕らのコースは$300くらいの値打ちはあるのではないだろうか。
ヘリから降りると、いよいよ決勝の舞台・プリンセス号に乗り込み、別々の部屋で待機。
僕の入った部屋は、机と椅子が一つずつあるだけの、小さく寂しい部屋だった。
大西さんは何をしているんだろう、たぶん「お勉強」をしているんだろうなあと思ったら、僕もじっとしてはいられず、スーツケースから問題を引っ張り出した。
思えば、今回の旅で最も多くの問題を持ってきたのが大西さんと僕だった。もちろん全部は覚えられなかったし、的中した問題はほとんどなかったが、たくさんの問題を持っているというだけで精神的にどれだけ楽になったことか。だから、僕に問題を提供してくれた人たちには心から感謝している。
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【31】暮れゆくマンハッタンで/ニューヨーク・決勝(1) |
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午後7時。
マンハッタンに陽が落ちようとしている。
26121人の頂点を決める戦いが、今始まる。
7・大西 肇(34)
機内第2位。正解率82.1%。平均勝ち抜け順位3.0。
勝てば関西クイズ愛好会から4人目のチャンピオン。
14・田中 健一(22)
機内第1位。正解率84.8%。平均勝ち抜け順位2.9。
勝てば東大クイズ研究会から初のチャンピオン。
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実力はほぼ互角。どちらが勝つとしても、接戦になるのは間違いないだろう。
下の部屋で待機していた2人は、両サイドからデッキへ。
2台の早押し機、福澤さん、スタッフ、ブラスバンドが目に入る。
大西さんと握手を交わし、席に着く。
「まずは大西さん。ずばり、心中はいかに?」
「ここまで来れるなんて夢にも思いませんでした。でも、スペイン旅行に家内と2人で行く予定だったんですけれども、ウルトラの予選に通りまして、一つの文句も言わずに『行ってらっしゃい』と言ってくれた家内のためにも、頑張りたいと思います」
「そして、田中健一君です。今、どんな気持ちですか?」
「やっとここまで来て、もうせっかくここまで来たんだから、ここで負けて帰るなんていう、そんなもったいないことはできないと思います」
「ずばり、自信のほどは?」
「勝ちます」
続いてサンフランシスコで書かされたウルトラチェックについて聞かれる。
「あなたはあといくつ勝ち進めると思いますか?」という質問に、僕は「ニューヨークまで行きます」、大西さんは「ニューヨークまで行って負けます」と書いていたのだ。
これはもう大西さんの予想を的中させるためにも、僕が勝ってあげなければ。
早押しハットを装着。
「ボタンに手を置いて」
いつもならここで一旦ストップするが、今日はそのままクイズが始まる。
「今、頂点を目指す二人の魂が、寄る辺なく震えております。いくぞ、第16回アメリカ横断ウルトラクイズ、ニューヨーク、決勝!」
1問目。
「ニューヨークの国連本部がある土地を寄付した実業家は誰?」
タイムオーバー寸前、知らないけど思い切って押す。
「カーネギー」
ブー。
後で知ったのだが、この問題は大西さんが昨日買ったガイドブックに載っていたそうで、危ない危ない。福澤さんの嘘つき!
結局、大西さんが正解した御当地問題はたった1問。サンフランシスコの「アルカトラス島」だけだった。
2問目。
「今年終身刑を宣告されたジョン・ゴッディをドンとする、全米/最強……」
知っているのに、出てこない。
いきなりマイナス2ポイントだ。
今までクイズをやっている間だけは決して気を緩めなかったのに、今日はなぜか心に油断が生じている。
落ち着け、と自分に言い聞かせ、深呼吸する。
あと12問なんて気が遠くなりそうだが、1つずつ積み重ねていくしかない。
舌をもつらせながら「ライ麦畑でつかまえて」「サンクトペテルブルグ」と連取し、なんとかふりだしに戻す。これからが本当の勝負だ。
「同じ種類の動物の体は、寒い地方に棲むもの/ほど大きい……」
「ベルグマンの法則」
やっと1ポイントだ。僕が5問連続で解答権を取るなんて信じられないが、大西さんも「いつもの調子では押せんかった」そうだ。
「同じ種類の動物の体は、寒い地方に棲むもの/ほど大きい……」
「ベルグマンの法則」
やっと1ポイントだ。僕が5問連続で解答権を取るなんて信じられないが、大西さんも「いつもの調子では押せんかった」そうだ。
G5の「G」の意味を間違い、今度は大西さんが水面下に潜ったが、次の「クエール」(ポテトのスペルを間違えた副大統領)を答え再浮上。
すかさず福澤さんが質問する。
「では大西さん、ポテトの正しいスペルを言ってください」
「P−O−T−E、えーと……」
おいおい、それローマ字やん!
「中国名は『南天群星』/……」
「サザンオールスターズ」
大西さんに本来の調子が戻ってきたようだ。僕は南十字星かと思ってしまった。
僕が「エルミタージュ美術館」を取り、大西さんは誤答、正解で2−1。
ここでマンハッタン橋の下を通過する。
「自然現象で、ストロンボリ式/、ブルカノ……」
「噴火」
過去に作った問題とまったく同じ振りで、会心の押しができた。
「多くの古墳から出土されるガラス製の丸玉の一種で、昆虫の目に似て/いることから……」
「勾玉?」
ブー。
「正解は『蜻蛉玉』であります」
何やそれ? 知らん知らん。また2−1。まさに一進一退の攻防だ。
大西さんが「近衛文麿」を捻り出し、僕は「慶長」が捻り出せず1−2。次の「キャッチャー」を取られて1−3となった時、「負け」という言葉が頭にちらついた。
一体どうしたんや。ニューヨークまで来ただけで満足してるんやないか。確かにヘリコプターにも乗れた、自由の女神にも会えた。罰ゲームもない。でも、ここで負けたら一緒なんや。ドームで負けても、ここで負けても、敗者には変わりないんや。しっかりしろ、フィラデルフィアでのあの集中力はどこへ行った。今ならまだ間に合う。ここまで来て負けるわけにはいかんのや!
自分にそれだけのことを言い聞かせるだけの余裕は、まだ残っていた。
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【32】我が人生最高の時/ニューヨーク・決勝(2) |
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ようやく本来の自分を取り戻した僕は、「ニクソン」「テレビ」「慢性疲労症候群」と3連取し、4−3と逆転。
大西さんが「ハンドボール」を取って一旦追いつかれたが、「なでる」「ノイマン」と取って6−4。
2人とも誤答がなくなり、テンポがグンと良くなった。
「傘」は取られたものの、「スカッシュ」「狩り」(上野の西郷さんは何をしに行くところ?……『カルトQ(犬)』の対策で得た知識だ)を取り、8−5。
あと2つだ。
「1つ1つの積み重ねです」
福澤さんの言葉に応えるかのように、大西さんが「明日葉」「谷啓」と連取し8−7。簡単には引き下がってくれない。
でも、もう僕は落ち着いていた。大西さんが取れる問題が2問続いたんや、次は自分向けの問題が来る。そう信じて次の問題を待つ。
「化石が菊の形に似ていることから/『菊……」
「アンモナイト」
あと1つだ。あと1つ答えれば、十年来の夢がかなう。
「さあ、田中君がいよいよリーチ、9ポイント。ひとつ表情を引き締めました。深く息を吸う大西さん、心中はいかに?」
「晩年の夏目漱石が好んだ言葉、『自我を捨てて、自然にゆだ/ねて生きる……」
僕のハットが上がる。
「ミニラ田中」
「則天去私!」
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
「やったぁ〜」
「新チャンピオン誕生。スーパージャストミーーート!」
大西さんと握手。負けてもいつもの笑顔で祝福してくれる大西さんを見ると、涙が溢れてくる。
あまりにも嬉しすぎて、何がなんだかよくわからない。
「どんな人間にも、一生のうちに数分間、主役になれる時がある」
そんな誰かの言葉を思い出す。
大西さんが貸してくれた手ぬぐいで涙を拭き、解答席から下りる。
高橋靖二チーフプロデューサーから優勝旗の授与。
ミスニューヨークから花束の贈呈。
そして恒例のシャンパン・ファイヤー。
下戸の僕にはとても飲み干せる量ではない。
スーツを貸してくれた遠藤さんは「頭からかけてもいいよ。クリーニングに出せばいいんだから」と言ってくれていたが、さすがにそれはできなかった。
「苦い?」
「はい」
「まずは、おめでとう」
「ありがとうございます」
「激しい戦いだったね」
「そうですね」
「こんなことを言っては失礼かもしれないけど、ミニラ田中が初めて、涙を浮かべて……」
「みっともないから、泣かないつもりだったんですけど、自然に涙が出て来て……」
「どうだい、このニューヨークで頂点を極めた今の気持ちは?」
「もう、こんな嬉しいこと、僕の人生の中で、二度とないかもしれません」
勝ったら何を言おうか、どんなアクションをしようかといった心の準備はまったくしていなかったから、これが精一杯の受け答えだった。
そもそも、この嬉しさを言葉でなんか言い表せるわけがないのだ。
「解答席にずっと座ってるんが罰ゲームみたいなもんやなあ」
後から大西さんがそう言ったほどインタビューは長く、テレビに映っている以外にもいろんなことを聞かれた。
プリンセス号はゆっくりと自由の女神に近付いていく。
「女神はどんな表情をしてる?」
「目が悪いんで、ぼんやりとしか見えなくて……」
「じゃあ、もっと近付いてあげよう」
でも、女神がかすんで見える理由は、決して目が悪いせいだけじゃなかった。
そして、一緒に旅をした仲間たちのことを思い出していたら、また新たな涙が溢れてきた。
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