2009-09-04 07:36:08

正社員の解雇規制を緩和・撤廃して得するのは誰か?

テーマ:ワーキングプア・貧困問題

 「正社員の解雇規制を撤廃すれば公平な社会になる」とのコメントが寄せられています。これは、一部の財界御用学者らが繰り返している言説と同じです。


 たとえば、城繁幸氏は『Voice』誌4月号の「労働組合は社員の敵」と題した論文で、「そもそも日本の正規雇用は、『解雇権濫用法理』と『労働条件の不利益変更の制限』によって事実上いかなる解雇も賃下げも不可能であり、バブル崩壊後は維持不可能な代物だった。非正規雇用の拡大とは、総人件費を抑制したい経営サイドと、既得権を死守したい労組が共に進めてきたもの」、「正社員の保護規制を緩和し、現在は非正規側にすべて押し付けられているコストカット圧力を労働者全体で分かち合うべきだ」と書いています。まさに、大企業・財界発の「正規vs非正規」「労労対立」をあおる「分断支配」言説です。


 そもそも、この主張の前提となっている「日本の正規雇用は…いかなる解雇も賃下げも不可能」というところを読んで、「そうだ、そうだっ!」と納得する労働者は存在するのでしょうか?


 総務省の「就業構造基本調査」によると、正規雇用労働者は、1995年の3,779万人から2009年の3,386万人へ393万人減り、派遣などフルタイム型非正規労働者は、1995年の176万人から2009年の567万人へ391万人増えました。


 とりわけ、500人規模以上の企業の正規雇用労働者は、小泉・竹中構造改革によって、2001年春からたった1年の間に125万人がリストラされています。解雇規制が強すぎて首切りが不可能なはずの日本の正規雇用労働者が、今の「派遣切り」の10倍近い人数となる「正社員切り」にすでにあっているのです。


 現在進行中の経済危機においても、2008年10月から今年9月までに、「正社員切り」(100人以上の事例のみ)は、4万3366人で、そのうち製造業の「正社員切り」が2万3235人と半数以上を占めています。(厚生労働省の8月18日時点での調査)


 厚生労働省の雇用均等室には、女性の正規雇用労働者から、年間3,710件(2008年度)の妊娠・出産による解雇にかかわる相談が寄せられ、育児休業の取得による解雇など、いわゆる「育休切り」の相談は1,100件を超えています。「妊娠を告げた時点で解雇される」という事例なども増えていて、この現実のいったいどこから、正規労働者の解雇規制が強すぎるなどという主張が出てくるのでしょうか?


 城繁幸氏は、「正社員の保護規制を緩和し、現在は非正規側にすべて押し付けられているコストカット圧力を労働者全体で分かち合うべきだ」と書いていますが、これもまったく事実と違います。


 就業構造基本調査で、男性正規雇用労働者の30~34歳の年収を見ると、250万円未満が1997年の5.4%から2007年の10.2%に、300万円未満が11.3%から20.3%に増えています。また、1,000人規模以上の大企業の男性正規雇用労働者(30~34歳)も、年収300万円未満が3.9%から6.4%に増えています。30~34歳だけでなく、どの年齢層でも低所得が増大しています。


 さらに、日本の正規雇用労働者を襲うのは、過労死・過労自殺です。過労死の労災請求件数は、1999年の493件から2007年の931件と2倍近く増加し、過労自殺の労災請求件数は、1999年の155件から2007年の952件と6倍以上も増えています。(厚生労働省「脳・心臓疾患及び精神障害等の係る労災補償状況」各年度)


 2001年度から2007年度の数字(前述の厚労省資料)で、職業をホワイトカラーとブルーカラーに大別すれば、過労死の労災認定件数はホワイトカラー(1136人、53%)のほうが多くなっています。さらに過労死を一般の過労死と過労自殺に分けると、過労自殺は過労死よりさらに高い比率でホワイトカラー(644人、63.9%)に集中しているのです。(※過去エントリー参照→このままでは仕事に殺される - 過労死・過労自殺を強制する経団連会長・副会長出身企業13社


 正規労働者にも非正規労働者にも、解雇・低処遇・過労死・過労自殺を強制しているのは、大企業・財界にほかならないのです。


 それから、「確かに日本には解雇規制の法律はないが、解雇されても、裁判に訴えれば解雇されないのが日本の正社員だ!」などと主張される方がいるかも知れませんので、念のため、労働政策研究・研修機構研究員の濱口桂一郎氏のブログから「クビ代1万円也」と題したエントリー の一部を以下紹介しておきます。


 実際に中小零細企業の労働者がどれだけ簡単に「おまえはクビだ」といわれているかは、その中の一部(とはいえ、裁判に訴えるなどというとんでもないウルトラレアケースに比べればそれなりの数に上りますが)の人々が労働局や労働基準監督署の窓口にやってきて相談している状況を見れば分かります。


 それらのうちかなり少数のケースが助言指導や斡旋に移行するのですが、それで解決にいたったケースでも、その水準というのは大企業の人々からするとびっくりするくらい低いものです。


 20万円、30万円なんてのはまれなケースで、大都市あたりでも6万円、8万円といった解決金がごく普通に見られます。月給の一月分にもとうてい届きません。


 一番ひどいのはクビの代金1万円というのもありました。それも何件か。


 しかもそういうのに限って、クビの原因が限りなくブラックだったりするわけです。解雇規制をなくせばブラック企業が淘汰されるどころか、現実に限りなく解雇自由に近い状態が(労働者保護面における)ブラック企業をのさばらせている面もあります。(※濱口氏のブログからの引用はここまで)


 ちなみにヨーロッパ諸国には解雇を規制する法律がきちんとあります。たとえば、フランスでは、解雇されたものには多額の補償金が支払われ、55歳未満の解雇手当は、賃金の最大26カ月分。勤続1年未満でも10カ月の解雇手当を支給。55歳以上の人には手当のほかに、年金支給開始の60歳まで、賃金の65%が会社から支払われます。


 加えて、下のグラフのように、日本の賃金は世界的に見ても低く抑えられています。


  ▼時間当たり賃金 製造業

  (労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2009」より)

    ※日本の数字は2007年

すくらむ-賃金


     ▼先進国の労働分配率(国際通貨基金IMFの調査より)

すくらむ-国際比較


(byノックオン)

コメント

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1 ■無題

育休を取ろうとしたら解雇された人は、あくまで自分の権利を知らなかっただけじゃないでしょうか?権利の上に眠る者は保護されないのは一般的だと思いますが。もし自分の権利を知っていれば、その権利を行使してもらえるもんはもらった上で、自分に有利な時にやめれば良かったと思います。
解雇予告にしろ解雇されてから権利を主張するのではなく、予告された時点で主張していればもう少しマシな方向に進むと思います。
解雇規制を撤廃すれば企業も人を雇いやすくなり(役に立たなければすぐにクビにできるから)労働市場にも流動性が生まれて、適材適所で労働力を供給できるようになり日本経済もより効率的になり豊かになると思います。また流動性が高まって初めてブラック企業は淘汰されていくと思います。流動性がなくては賃金裁定も行えない。残業して有給も取らないのに日本の賃金基準が低いのも効率が悪いからだと思います。
しかし中小企業と大企業では公正な取引は難しいと思うので、そこは独占禁止法で規制していくしかないと思います。

2 ■無題

自分の中での既得権益は大企業の正社員だけです。中小企業の正社員は倒産リスクが高いからです。
法律で面倒な規制がある正社員をクビにする労力をかけるよりは非正規社員をクビにした方がより合理的だ、との理由から非正規社員が自分の能力と関係ないことで不利益を負わされるのは事実です。
人間はインセンティブにより行動するものなので、健全な競争こそがインセンティブになるのが市場原理だと思います。

3 ■無題

>自分の中での既得権益は大企業の正社員だけです。中小企業の正社員は倒産リスクが高いからです。

この手の主張を見るたびに思うのですが、それならば大企業の正社員になればよいのではないですか?
彼らは彼らなりの対価(リスク)を払って大企業の正社員になっており、その状況を維持するにも何らかの対価(リスク)を払っているわけです。そこのロジックをすっ飛ばして「大企業正社員は既得権益!」と息巻いてみたところで判官贔屓でしかありません。

正しい主張は公平さに基づくべき、と思いますがいかがですか?

4 ■無題

特をするのは労働者ではないのでしょうか。
結果として雇用が流動化しますので、新しい仕事につきやすくなります。
フランスの様に、解雇規制を強化した結果、企業が採用をしなくなったことと同じ論理です。


ちなみに、解雇は要件が揃えば出来るし、そもそも会社が倒産したことが原因による解雇もあるため、批判の対象が検討違いでは。
ただ、言葉尻を取り上げているだけの様に見えてしまいます。

また、実質の正社員の賃金が下がっている事と、正社員の解雇規制を緩和することで雇用流動化されることの間には直接の関係がありませんし、また、本エントリでは言及されていません。


労組は、解雇規制を強くする事で、失業率が低下すると考えているのでしょうか?
また、法律的には解雇規制されていても、労働者が権利を知らずに解雇をされる事も多い現在の状況では、既に解雇規制をいくら強化しても意味が無い事は自明だと思うのですが、どう思われるのでしょうか。

5 ■無題

>彼らは彼らなりの対価(リスク)を払って大企業の正社員になっており、

別に全ての大企業の正社員を既得権益と言っているわけではなく給料分の仕事ができない(やらない)大企業の正社員のことです。
その対価(リスク)とは勉強や学歴に当たると思いますが、企業はその学歴競争を勝ち抜いてきた人は仕事ができるとの前提で雇いますが、学校の成績が良かったから仕事ができるとは限らない。
雇ってみて費用対効果が悪いと思っても解雇できない。その付けは中小企業や非正規に回されるそこが問題だと思うのですが…

>その状況を維持するにも何らかの対価(リスク)を払っているわけです。

仕事ができない(やらない)社員は何の対価も払えないと思います。
労働組合は失業率低下などよりも正社員の利益を守るために活動していると思います。

6 ■無題

>その対価(リスク)とは勉強や学歴に当たると思いますが、企業はその学歴競争を勝ち抜いてきた人は仕事ができるとの前提で雇いますが

そこまで分かっているのなら、正社員になりたければ若いうちに勉強しろ、ということも分かりませんか?やるべき時にやることをやらなかったのに後でどうこう言う権利は無いでしょう。

>雇ってみて費用対効果が悪いと思っても解雇できない。

解雇できないにしても、冷や飯食わされるくらいの対応は受けるでしょう。どの程度の待遇を受けるかは各企業の采配なので、部外者が口を挟むことではありませんね。

>その付けは中小企業や非正規に回されるそこが問題だと思うのですが…

そう思うなら最初から大企業に入れるように努力するべきでしょう。自分が不遇なのは他人のせいだ、と足を引っ張る発想はいかがなものでしょう?

>仕事ができない(やらない)社員は何の対価も払えないと思います。

先に書いたように、それをどう判断してどう処遇するかは各企業が決めれば良いことです。

>労働組合は失業率低下などよりも正社員の利益を守るために活動していると思います。

労働組合の活動費はどこから捻出されているかご存知ですか?正社員の給料からです。
スポンサーの利益に沿った活動を行うことの何が間違っているのでしょうか。

7 ■大企業はねぇ

>さぼさん
「見合った仕事をしない」連中、というご指摘は判りますが、

大企業とは 【目立たない】 事が第一で、陰ではこそこそ立派な仕事をしている人も沢山います。ですが目立つ所には、『しゃしゃり出たいガキ』 と 『袖の下、田園調布jに家が建ち』 しかいないんでそういう御感想を持たれるのでしょう。若いというのは素晴らしい事です。

でも中小だろうと派遣だろうと、搾取の構造はある訳で、とりたてて大企業のみを毛嫌いするのは不合理的です。というか、この世は搾取するか、されるか、二つに一つですから、搾取する側に回ればよろしい。それはそれで茨の道と悟るでしょう。

8 ■無題

>そこまで分かっているのなら、正社員になりたければ若いうちに勉強しろ、ということも分かりませんか?やるべき時にやることをやらなかったのに後でどうこう言う権利は無いでしょう。

そんな不確実な学歴より仕事の能力で報酬を決めたほうが効率的だ。仕事に使えない学問の勉強ばっかりやってる国が繁栄するとは思えない。
だからシンガポールに負けた。

>そう思うなら最初から大企業に入れるように努力するべきでしょう。自分が不遇なのは他人のせいだ、と足を引っ張る発想はいかがなものでしょう?

別に私は大企業に入りたいわけではない。足を引っ張ってるのは流動性が低いおかげで適正な給料の値が付いていない大企業の正社員では?能力があるのならなおさら解雇規制はいらないのでは?今の給料が実際の能力より低ければ逆に給料は上がると思いますが。解雇規制に反対するのは自分の給料と働きに自信がないからだ。

>労働組合の活動費はどこから捻出されているかご存知ですか?正社員の給料からです。スポンサーの利益に沿った活動を行うことの何が間違っているのでしょうか。

別にそのことを避難していない。アダム・スミスの神の見えざる手のように各自が自己の利益を追求していけば豊かになると思うから。ただ労働組合が正義の味方みたいになってるのでその本質は違うと主張しただけ。

>でも中小だろうと派遣だろうと、搾取の構造はある訳で、とりたてて大企業のみを毛嫌いするのは不合理的です。というか、この世は搾取するか、されるか、二つに一つですから、搾取する側に回ればよろしい。それはそれで茨の道と悟るでしょう。

搾取は否定していません。搾取する側もされる側も双方メリットとデメリットがある。中小企業の下請け構造を見るかぎりは健全な競争だとは思えないだけです。労働市場も株式市場と大して変わらないんじゃないかと思う。だから流動性が必要かなと。

9 ■無題

>そんな不確実な学歴より仕事の能力で報酬を決めたほうが効率的だ。

仕事の能力が学歴より不確実だと仰る客観的な根拠を教えていただけますか?

>仕事に使えない学問の勉強ばっかりやってる国が繁栄するとは思えない。

学問を仕事に活かせるかどうかは個人次第でしょう。もっとも活かせるだけの学力があることが前提になりますが。
さて、世の中が全て現場作業だけで成り立っているとお考えのようですが、現実には現場が難しいことを考えなくてもすむような研究があることを知っておいたほうがいいですよ。

>だからシンガポールに負けた。

因果関係が不明です。
ついでに言えば、日本は世界的に見て学歴社会ではありません。ウソだと思うならば中国でもアメリカでも行ってみれば分かりますよ。

>足を引っ張ってるのは流動性が低いおかげで適正な給料の値が付いていない大企業の正社員では?能力があるのならなおさら解雇規制はいらないのでは?今の給料が実際の能力より低ければ逆に給料は上がると思いますが。

さほど貰っているわけではありませんが、別に貴殿に給料の心配をされるほど少ないわけでもないかなあ、と。
また、流動性を連呼されていますが、そんなにしょっちゅう人員の入れ替えがあったら仕事がやりにくくて仕方ないです。全ての仕事が個人で完結できるならばそれでも良いのかもしれませんが、現実問題としてそうではないので。

>ただ労働組合が正義の味方みたいになってるのでその本質は違うと主張しただけ。

それはその通りだと思います。労組は単に正社員の権益を守るためだけの団体です。それ以上でも以下でもないので善悪なんてものはありません。

10 ■無題

さて、さぼさんの主張は流動性が上がれば役に立たない正社員がクビになって、そこに能力がある人が入ってくる、ということだと認識しておりますが本当にそうでしょうか?

そもそも、なぜさぼさんの言うところの「役に立たない正社員」が正社員として雇用されて、「能力がある(しかし正社員ではない)人」が正社員雇用されなかったのでしょうか?
日本ほど新人が有利な社会も珍しい(新卒にはチャンスがある)のですが、なぜ流動性が低い(「給料分の仕事ができない(やらない)大企業の正社員」でもクビにならない)のに、「能力がある(しかし正社員ではない)人」が現在、正社員ではないのでしょうか?

給料分の仕事ができなくてもクビにならないにもかかわらず辞めたか、新卒のチャンスを活かせなかったか、ということですよね。
前者ならば自ら辞めた結果は自ら負うべきですし、後者ならば例え流動性が高くなったところで正社員にはなれない(チャンスを活かせないのに能力があると言われても…)ことでしょう。

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