政権交代で注目が集まる民主党の鳩山由紀夫代表(62)。東大工学部を卒業後、米カリフォルニア州にあるスタンフォード大に留学した。青春を一緒に過ごした学友たちが鳩山氏の素顔を語った。【國枝すみれ】
サンフランシスコから車で南に1時間、シリコンバレーの中心地にあるスタンフォード大。ヤシの木が並ぶキャンパスで鳩山氏は70~76年、学んだ。機械やシステムが安全に機能するための条件を分析するオペレーション・リサーチ(信頼性工学)を専攻し、博士号を取得した。
71~73年にスタンフォード大に留学した同志社大の村上征勝教授(64)は、鳩山氏について「あくせく勉強している感じはなかったけど、成績優秀だった」と証言する。
村上氏は、数学の線形計画法という授業で鳩山氏と一緒だった。「試験後に答え合わせをしてみると、いつも鳩山さんの方があっていた」
運動神経もよかった。日本スタンフォード協会の中川陽一郎会長は鳩山氏より1歳年下。独身寮で部屋が隣同士だったこともあり、すぐ仲良くなった。2人は「日本人留学生は勉強しすぎる。健康管理しなくっちゃ」と考え、タッチフットボールのチームを結成。毎週土曜日にグラウンドで汗を流した。
鳩山氏のポジションはクオーターバック(QB)。QBといえば司令塔。フットボールチームはモテモテなはずだが、女の子に囲まれてましたか? 「うーん、米国人の女の子とデートしているのはみたことないな」と中川氏。
着る物も無頓着。Tシャツ、ジーパン、半ズボン、いつも同じだった。車は中古のマスタングだ。
2人は夏休みにイエローストンやグレーシャー国立公園を訪れた。旅に出て2日目にマスタングが故障し、修理したらほとんど金がなくなった。食事はハンバーガーやインスタントラーメンですませ、安宿のダブルベッドで2人で寝たこともあった。
22歳から約40年間付き合った中川氏の鳩山評は、「発想が自由。来るものはこばまず。自然体で我慢しない」。
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スタンフォード大から帰った留学生たちは80年代、国際政策フォーラム(IPF)を始めた。40歳前後の学者、官僚、産業界のリーダーが集まる勉強会。環境問題、行革、消費税、高齢化など、日本が将来直面する問題を議論した。鳩山氏も恥ずかしそうに発言していたという。
鳩山氏が突然、「国会議員になりたい。フォーラムで話したことを実現したい」と言い出したとき、学友らはあっけにとられた。
村上氏は「学者のほうが向いている」と反対した。「おれがおれがとしゃしゃりでるタイプじゃない。まじめで、常に聞き役みたいなところもあって。苦労するんじゃないかな、と思って」
鳩山氏は86年、39歳で出馬し当選する。政治家を志した動機は「工学的発想で日本の政治を改革したい」。確かに当時の発想は科学者だった。
同じスタンフォード大で学び、フォーラムの座長だった聖学院大学大学院の松原望教授(67)が話してくれた。出馬前に鳩山氏が訪ねてきて「どこの派閥から立候補したら、当選するでしょうか?」と聞いた。統計学者なら分かると思ったらしい。松原氏は「あなたの方が分かるでしょう」と答えた。結局、鳩山氏は飛ぶ鳥も落とす勢いの田中派から出馬した。
「科学者は合理主義者。論理的に考える。でも政治は非合理。鳩山さんは非合理的なところがないし、パッションもない。政治家になる人はだいたい前のめりでしょ。政治談議をとうとうとしたり、けしからん、と言ったり。自分にないものを求めて政界に入ったのかなあ」と松原氏。
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友人たちによると鳩山氏はジョークが好きだ。少し斜に構えて、冗談とも本気ともつかないことを言う。禅問答みたいになることもある。「僕、当選できますかね。大丈夫かな。誰か教えてくれないかな」と恥ずかしそうにつぶやいたりする。
学友に鳩山氏が宇宙人と呼ばれる理由を聞いてみた。
「理解されるまでに時間がかかる。こうしたいああしたいと主張しないから」(村上氏)
「これでなきゃだめというのがない。好き嫌いがない。現実に対する順応能力が高い。彼は真水みたいなんですよ。日本酒やウオツカじゃなくて、味がない水。うん、エビアン」(松原氏)
怒った顔を見たことがない、と声をそろえる学友たち。「機嫌は悪くなるけど、怒らない。人間が練れていて我慢しているのではなく、火がつかないのだと思う」(中川氏)
右翼でも左翼でもなくノンポリだった鳩山氏。松原氏はいう。「小沢(一郎)のようにらつ腕でもなく、小泉(純一郎)のように一徹でもない。強烈な政治信念はなく、政治的リーダーシップはあるとは思えない。でも役割が政治家を作る。幸運ならいい働きをすると思う」
かつて中曽根康弘元首相に「愛とか友情とかソフトクリームみたいな話ばかり」と言われ、「夏の季節にソフトクリームはいいですね」とやんわり返した鳩山氏。過去の週刊誌によれば、妻の幸さんに「国民の大好きなものだし、食べ終わっても、ああおいしかったと心に残ればそれでいいさ」といったそうだ。
親友の中川氏は「権力欲がない」ともいう。民主党を作った立役者なのに、いつのまにか代表から幹事長になっている。鳩山氏は中川氏に「会うたびに位が下がっちゃって」なんて、平気で冗談を言うのだ。
あまりあっさりしていても……細川護熙元首相のように投げ出されては困る。
「うそが言えず、悪口が得意じゃない彼は実務的な政治家には向いてない。でも、総理には向いている。民主という言葉にこだわっていた。民主主義とは何か、深く考えていた」と中川氏は話す。
スタンフォード大の先輩にあたる佐々木浩二・アドイン研究所社長(65)は、家柄がよく「金のために政治をしなくてすむ数少ない政治家」である鳩山氏なら、「同じ泥にまみれても、もまれ方が違うだろう」と期待を寄せる。
「僕、小沢さん嫌いなんだよね」。同窓生の一人によると、鳩山氏はぼそっとつぶやいたことがある。政治家になる前のことだ。それを覚えている友人は、いま小沢氏と並んで働く鳩山代表をテレビで見て思うそうだ。
「たくましくなったなあ」
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<鳩山氏トリビア>
血液型 O型
座右の銘 至誠通天
好きな本 司馬遼太郎の「竜馬がゆく」
好きな色 ワインレッド
好きなタレント 常盤貴子、中山美穂
好きなスポーツ選手 王貞治
カラオケのおはこ 「おふくろさん」
初当選したときの公約 経済並びに幸福感の地域間格差の是正
<スタンフォード大学>
1891年設立。学費は年3万6000ドル(約335万円)。卒業生にルース駐日米大使、ゴルフのタイガー・ウッズ選手らがいる。ヤフーとグーグルの創設者は同大博士課程の在籍中に起業した。
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毎日新聞 2009年9月2日 東京夕刊