記者の目

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記者の目:皇太子さまと話せなかった子どもたち=真鍋光之

 天皇、皇后両陛下や皇族方が、行く先々で人々に声をかける「お声がけ」に関して、残念に思う出来事があった。皇太子さまが7月末に奈良市の福祉療育病院を訪れて障害のある子どもたちと懇談した際、関係者が時間通り事を運ぼうとし過ぎ、皇太子さまと一部の子どもたちが話す機会を無くしてしまったのだ。皇太子さまと触れ合う場にいながら、声をかけられることなく皇太子さまを見送らざるを得なかった子どもたちの気持ちを考えると胸が痛む。

 私は3月6日のこの欄でお声がけのことを取り上げた。内容より、日程を消化することに重きを置く関係者の姿勢を「事なかれ主義」と批判したが、今回また繰り返され、残念と同時に憤りを感じる。宮内庁、自治体、施設などの関係者は、お声がけを「する側」だけでなく、「される側」の立場にもなって訪問計画を練るべきだ。

 皇太子さまは7月29日、奈良市の東大寺福祉療育病院を訪れた。同病院には重症心身障害児ら66人が入所している。リハビリテーション室には約20人の子どもたちが待っていた。施設関係者に案内されて入室した皇太子さまは、理学療法や器具を使ってリハビリしている子どもたちに「上手にできるようになりましたか」などと話しかけ、時折握手をしながら励ました。

 車いすの子どもたちは5、6人ずつ2列に並んでいた。皇太子さまと話した1列目にいた11歳の女の子は「やさしく話しかけていただいてうれしかった」と声を弾ませた。

 ところが、皇太子さまを案内していた施設関係者は、時間を気にして2列目の車いすの子どもたちを紹介せず、皇太子さまを促してそのまま部屋を出てしまった。結局、車いすの子どもたちを含め部屋にいた10人近くが皇太子さまと話せなかった。皇太子さまは心残りだったに違いない。

 施設関係者は皇太子さまを時間通り案内しようと懸命で、結果的に懇談は予定の時間内に終わった。トラブルもなく、懇談は順調だったといえるのだろうが、私は皇太子さまと話せなかった車いすの子どもたちが、無言でその背中を見つめる光景を見て、ため息が出た。これでは何のために子どもたちがその場で待っていたのかわからない。関係者は肝心の子どもたちの気持ちをよく考えていなかった。

 天皇陛下は99年11月の即位10年の記者会見で、福祉問題に強い関心を寄せていることへの質問に対し「障害者や高齢者、災害を受けた人々、あるいは社会や人々のために尽くしている人々に心を寄せていくことは、私どもの大切な務めであると思います」と述べ、さらに「訪れた施設や被災地で会った人々と少しでも心をともにしようと努めてきました」と心情を表した。

 皇太子さまも01年2月にあった41歳の誕生日会見で「皇室として大切なことは、国民と心をともにし苦楽をともにすることだと思います」「(公務の)根底にあるのは、天皇、皇后両陛下が常になさっているように、国民の幸せを願っていくことだと思います」と述べている。両陛下や皇太子さまはその言葉通り、訪問先で人々に丁寧に対応をしてきた。

 皇太子さまは奈良市であった全国高校総合体育大会開会式のあいさつで急きょ、中国・九州北部豪雨での犠牲者、遺族、被害者らに対する気持ちを盛り込み、お見舞いを述べた。そして高校総体に参加した選手だけでなく、運営に携わった高校生らを励ました。

 そのような姿を見ているだけに、同病院での対応が惜しまれる。周りの関係者が、皇太子さまが声をかけやすいように配慮すべきだった。

 天皇、皇后両陛下は7月にカナダと米国ハワイを訪問した。特に忘れられないのは、トロントの小児病院で皇后さまが「ゆりかごのうた」を歌ったことだ。「絵本の朗読では短時間にたくさんの子どもたちに励ましの心を伝えられない」という皇后さまの気持ちに、カナダ側と、宮内庁をはじめとした日本側関係者が応えて実現した。皇后さまの歌声は放送を通じて病院内にも流れて感動を呼んだ。

 訪問計画を立てる上で最も大切なことは「いかに時間通りに事を運ぶか」ということではないだろう。「どうしたら両陛下や皇族方が行く先々で人々と触れ合い、心を通わせることができるのか」という気持ちを忘れないことだと思う。

 警備上のこともあり簡単にはいかないこともあるだろうが、その実現に知恵を絞ることが「人々に心を寄せていく」「国民と心をともにし苦楽をともにする」という両陛下や皇太子さまの気持ちに応えることにつながると信じている。(東京社会部)

毎日新聞 2009年9月4日 0時04分

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