神魔万象
それは1000年前より続く深い深い闇の因縁。
魔界より現れし凶雄、魔王マステリオン。地上世界の四部族、聖龍、獣牙、飛天、鎧羅を手玉に取って互いを争わせ、力を疲弊させたところで自らが率いる魔界の軍勢、皇魔族による地上世界征服を目論んだ悪の権化。
だが、マステリオンは時の四部族王の『央覇封神』によりその肉体を四散させ、消滅させ得なかった邪悪な魂は、至宝『聖龍石』に封印され、中央宮殿の奥深くに安置されることとなった。
その後、それまで独立を保ってきた四部族は、聖龍王サイガを皇帝に立て『神羅連和国』として統合し、幾年にわたって平和を維持していった。
それから1000年、部族間による血の融合も進み、かつての四部族の肉体的特長もほとんど消えうせてしまった時に、神羅連和国を揺るがす大事件が発生した。
神羅連和国の中心部である中央大陸に大地震が発生し、中央宮殿最深部も少なからぬ損害をこうむってしまった。
その際、かつてマステリオンを封じた『聖龍石』がある封印の間の結界にほころびが生じ、その間隙を縫って皇魔族の残党が『聖龍石』を奪取し魔界へと持ち込んでしまったのだ。
かつて皇魔族と死闘を演じた大魔道ライセンらが語ったマステリオンの恐ろしさに、中央評議会と神羅連和国皇帝テラスはマステリオンの復活を阻止するため、『聖龍石』の奪還をかつての四部族王の血をひくリュウガ、タイガ、ショウ、シズク、オウキの5人に命じ、『聖龍石』が置かれていた跡に現れた異次元の扉より魔界へと派遣した。
「よいな皆のもの、命令じゃ。
絶対生きてわらわの元に帰ってくるのじゃぞ!」
テラスに励まされ地上世界から旅立っていく5人。その姿が扉の奥に消えていくまで、集まった全員が声援を送り手を振っていた。
「みんな、無事に帰ってきてほしいものじゃ…」
「ご心配には及ばないでしょう。歳は幼くても彼らはあの伝説の四部族王の血をひく戦士たち。必ずや任務を達成し、我らの元に戻ってきてくれます」
節目がちに呟くテラスに、1000年前の戦いを知る大魔道ライセンが優しく声をかける。
だがその時、もしライセンが自分よりはるかに背が低く、かつ巨大な冠によりよく視認できないテラスの表情を目に入れていたら、戦慄と衝撃を受けていただろう。
テラスは、笑っていた。その幼い顔を邪悪に染め、口の端を釣り上げながらクスリと静かに、誰にも悟られないように笑っていた。
何故か、風も吹いていないのに王衣の衣擦れの音がした。気がした。
2章〜蒼と紅
5人の『光の戦士』が魔界へと旅立った後、神羅連和国内での地震活動、原生モンスターなどによる襲撃被害は収まるどころかますます拡大の一途をたどっていた。
特に、明らかに皇魔族と思われる異形の怪物の目撃報告も各地で起こっており、それらの事態に対処するため聖龍、獣牙、飛天、鎧羅地域を治める各公爵は中央大陸から自治域へ帰還して対応していたが、1000年間の安息に浸っていた民は暴力に対抗する能力を著しく喪失しており、時折現れる皇魔族に対しては全くの無力といってもよかった。
これら皇魔族の脅威に対抗するため、テラスは中央大陸の虎の子とも言える魔道官と魔法戦士を各地域へ救援として出すことを言い出した。
「陛下、それでは万が一中央大陸に皇魔族が来襲した場合、防ぐ手立てがなくなってしまいますぞ!」
高級官史たちが泡を食ったのも当然といえる。もし魔道官たちを大陸全土にくまなく派遣すれば、中央大陸は文字通り丸裸となってしまうのである。
「案ずるな。四方を海に囲まれたこの大陸は侵入しようとする輩がいようとも発見はたやすい。それに、例えここが襲撃されてもこの宮殿は簡単に落ちはせぬ。救援が駆けつけるまで時間を稼ぐことは出来よう」
「し、しかし…、万が一、陛下の御身に何かがあったら…」
なおも慌てふためく官史たちに対し、テラスは凛とした表情で応えかけた。
「それに…、各地の力なき民が苦しむさまを見るのは見るに耐えぬ。わらわは、自分の身よりもまず、民の安全を考えたいと思うのじゃ」
この一言で、会議室内部に尊敬と感動の空気が渦巻いた。テラスのまず第一に民の身を安んじる姿に出席している全員が心を打たれたのだ。
「流石は陛下だ」
「幼くして既に王者の品格を備えていなさる」
「まさに上に立つ者の鏡だ」
そのような声があちらこちらで発生している。中には涙を流すものすらいる。
言うまでもなく、満場一致で魔道官たちの各地域への派遣は決定した。
「………、ふん」
盛大な拍手が鳴り止まぬ中、テラスは何故か氷のような冷たい醒めた…、侮蔑の眼差しを彼らに向けていた。
沢山の喧騒が鳴り響く中央宮殿の通路を、二人の女性兵士が歩いていた。
一人は聖龍地域出身者の特徴である群青色の直髪を腰まで伸ばし、細面の顔に切れ長の瞳が神秘的な雰囲気を思わせ、長身でしなやかな体に聖龍地域出身の証である青い鎧を着込んでいる。
もう一人は紅いショートボブの髪で、大きくてクリクリした目と笑いを絶やさない口が人懐っこさをかもし出し、多少発展途上とも思える体には飛天地域出身の証である赤い鎧を着込んでいる。
彼女達の名前はキキョウとカルマイン。先の会議室にもテラスの後ろに立っていたテラスの親衛騎士である。
聖龍地域と飛天地域の出身者らしく、魔法の扱いにも長けており中央宮殿に配属されている親衛兵士でも有数の力を持つ魔法戦士である二人は『蒼鳳のキキョウ』『紅凰のカル』と並び称され、互いの歳も近く仲も凄く良かった。
まあ、傍目には凛々しい姉になつく元気一杯な妹にしか見えないのだが。
「すごかったよねーテラス様。あれでこそ皇帝って感じがするもん。普段はあんなに小さくてかわいいのに、いざとなったらあんなに凛々しいなんてね〜」
「カル、少しはしゃぎすぎですよ。我々は陛下の矛であり盾なのです。もう少し、節度を持った態度を取らないと陛下にも恥をかかせることに…」
「あ〜、ダメダメ。いつもそんなにかしこばってるとボクおかしくなっちゃうよ。たまにはこうしてはめを外さないと」
「たまに羽目を入れている、の言い間違いではないのかしら?」
「う〜、それはひどい!」
歩きながら漫才を繰り広げる二人に、すれ違う人間は「やれやれ、またか」と苦笑している。
中央大陸でも屈指の戦士でありながら、そういうことを微塵も感じさせない普段の行動から二人の人気は高く、王宮兵士団の中には隠れファンクラブもあるらしい。
「とにかく、多くの人材が出て行ってしまうこれからは、私達親衛兵士団が陛下をお守りする要となるのよ。今まで以上に気を入れて、任務に励まないとね」
「もちろん!皇魔族だかなにかわからないけれど、ボクたちがいる限り、テラス様には指一本触れさせないんだから!」
勇ましくガッツポーズを決めるカルマインをキキョウは大事な妹を見るような優しい目つきで見ていた。
☆
魔道官たちが各地に散っていき、宮殿内部が急に寂しくなった翌日、キキョウとカルマインはテラスに呼び出され、テラスの部屋の前に来ていた。
「陛下は中にいらっしゃるのか?」
「はい。先程よりお二方が来るのをお待ちになっておられます」
扉を守る二人の兵士にテラスの存在を確認した後、キキョウは目の前の大きな扉をノックした。
「テラス様、親衛騎士キキョウ、並びにカルマイン、ただいま到着いたしました」
「うむ。入るがよい」
兵士が扉を開き、二人は部屋の中へ入る。謁見の間ならともかく、テラスの個室に入れることなど例え親衛騎士とはいえ滅多にあるものではない。小奇麗に片付けられた部屋は豪華な調度品や装飾品で飾り立てられており、一見華美溢れる仕様になっている。
が、二人はその部屋の中に、一種空虚な空気を感じ取っていた。
本来テラスほどの歳なら遊びたい盛りである。まだまだ玩具や人形をその手一杯に持っていたいであろう。絵本とかもあっていいはずである。
が、この部屋にはそのようなものは一切無く、年齢に不相応な本が本棚一杯に並べ立てられている。
思えば、キキョウもカルマインもテラスの心からの笑顔というものを親衛騎士に任命されてからほとんど見たことが無かった。
そりゃ笑顔ならいくらでも見たことがある。しかし、それらの殆どは儀礼的な作り笑いや、時折見せる寂しそうな笑顔だったりするのだ。
(あの小さい体で皇帝の重責を担っているのだからな。しかし、残酷なものだな…)
(こんな息が詰まりそうな部屋に一人っきりなんだもん。かわいそう…)
テラスに本当の、心からの笑顔を作ってもらいたい。テラスを守る身として、二人はよくそのことを考えていた。
テラスは何か調べているのか、キキョウたちに背を向け机に向っていた。
「テラス様、ボクたち二人に何の御用でしょうか?」
カルの問いかけに、テラスは背を向けたまま答えた。
「うむ。数多くの兵士達がこの中央大陸から出て行ったであろう。彼らの行く道、どうなるかと考えていてな…」
「ご心配なさらずとも良いでしょう。彼らはいずれもその腕に覚えのある兵(つわもの)です。必ずや陛下のご期待に答えてくれることでしょう」
「そうじゃな。『あやつら』ならわらわの想いを汲んでくれるじゃろうて」
「もちろんですよ!世界中で悪さしている連中、み〜んなやっつけてくれますって!」
「うむ。せっかく各地に分散させているのじゃ。集まる前に一つ一つ潰していかねば、な」
「皇魔族というのが徒党を組むのかはわかりませぬが…、確かに数多く攻めてこられると脅威となるでしょうな…」
「まあ、数多くやって来てもボクたちがいればなんてことないですけれどね」
「そうじゃろうな。だからこそ魔道官どもを中央宮殿から遠ざけたのじゃからな。おぬしらだけでも厄介だというのに、さらに数がいては…」
おかしい。何か話がかみ合わない。
陛下は一体、何の話をしているのだ?大陸各地に向った者たちのことを話しているのではないのか?
話の対象が変な『ずれ』を起こしているのではないか?なぜ陛下は我々に背を向けたまま話し続けているのだ?!
「あの…テラス様?なんだか話がこんがらがっているような感じがしているんですけれど?」
「そうか?」
「陛下!こちらを向いてお話をしてください!」
「なぜじゃ?」
「今の陛下の言動、なんともいえぬ違和感がございます。こちらを向き、私達の顔を見て、お話していただきたく思います!」
「そうか…。わらわと面と向って話がしたいと申すか…。ならば…」
テラスは椅子に肘かけに手を当て立ち上がると、ゆっくりと振り向いた。そこには…
「あれ…?」
「へ、陛下…?!」
振り返ったテラスは笑っていた。
歳相応の屈託の無い、満面の笑みを浮かべていた。
だが、その笑顔にキキョウとカルマインは怖気を感じた。
あれほど見たかったテラスの本当の笑顔。だが、それは笑顔というにはあまりにも空々しかった。
精緻な職人が丹精こめて作り上げた笑顔の仮面。本物と寸分の互いも無く、並べても違いがわからないほどのもの。
しかし、仮面は所詮仮面。外面だけを取り繕うとも決してその内面を映し出すことは無い。
今テラスが浮かべている笑顔はまさに仮面だった。その内面に存在する恐ろしい『なにか』を、笑顔という仮面で隠している。あまりにも鬼気迫る完璧すぎる笑顔だった。
「どうしたのじゃ二人とも。わらわの顔になにかついておるのか?」
笑顔を浮かべたまま、半歩、一歩とテラスは二人に近づいてきた。本能的な危機感が二人に警告を出す。
((早く逃げなきゃ!逃げないと取り返しがつかないことになる!!))
が、二人は逃げられなかった。手が、脚が、全身が恐怖でガタガタ震え、逃げるどころか歩くことすら適わなかった。
「なにをしておる。わらわと顔をあわせて話すのではなかったのか?口をつぐんだままでは、何を言いたいのかわからぬぞ?ん?」
あくまでも笑顔を崩さず、テラスは二人に向って話し掛けた。
「あ、あの、あのあのあの…」
何か話さなければいけない。でも、何を話せばいいんだ?喉の奥に粘っこいものが引っかかって言葉が全然出てこない!
「陛下、陛下は、陛下は………」
陛下に感じた違和感、あれは陛下の言動だけだと思っていた。でも違った。ここにいる陛下、その全てが何か違う。
「おうおう、そんなに震えて…。何がそんなに恐ろしいのかのう…」
テラスは、足がすくんで動けないカルマインの前に立つと、腰に手を回してギュッとカルマインを抱きすくめた。
「きゃうっ?!テ、テラス様??!!」
「ふふふ…、こうしておるとわかるぞ。鎧越しとはいえ、おぬしの鼓動が…。ドキドキ、ドキドキ…
早鐘のように鳴っておるわい。可愛い奴よ…」
突然抱きしめられたカルマインは、恐怖と戸惑いですっかり頭が混乱してしまい、何も抵抗できず眼をぱちくりとさせていた。
「テ、テラス様。なんでこんな……。こんなの、おかしいよぉ…」
「何がおかしいものか。可愛い部下が震えておるのじゃ。不安を取り除いて上げなければ、のう…」
何も出来ずに顔を引きつらせているカルマインに、テラスは小さな両手を頬に添えて優しげな微笑を投げかけた。
その光景『だけ』をみれば、微笑ましい光景と見えなくもない。
だが、キキョウに比べればかなり小柄なカルマインでも、テラスに比べればその身長は頭一つ分以上高い。それなのにテラスは、カルマインの頬に手を添えつつ、同じ目線の高さにいる。
細い目を恐怖で目一杯見開き、キキョウがその疑問に対する回答を指摘した。
「へ、陛下………。あ、あ、脚が、宙に、浮いて………」
そう、テラスの脚は床を離れ、カルマインと同じ目線のところまで浮いていた。
「それがどうかしたのか?皇帝が浮いていてはいけないのか?のう、カルマインよ」
目の前のテラスはあいも変わらず仮面の笑みを浮かべ続けている。その口元がニヤッと半開きになったとき、カルマインの神経はついに限界に達した。
「ぃ……ぃ………いやあああああぁぁぁぁっっ!!!!!」
テラスに顔をつかまれたまま、カルマインは喉の奥の奥から魂を揺さぶるような悲鳴を迸らせた。
「離して、離して!!近寄らないで、ひいいぃぃっ!!」
そうつれないことを申すな。どうせもうおぬしらは逃げられぬ…
笑顔を浮かべているテラスの瞳がうっすらと見開かれる。その瞳の色は…金色をしていた。
「き、貴様………、陛下ではないな、化け物!!本物の陛下を、どこに隠したのだ!!」
目の前の陛下は偽者…。キキョウはそう思うことで恐怖を押さえ込み、腰に下げていた細剣をスラリと引き抜いた。
剣は抜いたと同時に青い光を帯び始め、所々から放電を始める。魔法戦士であるキキョウの得意技である『魔法剣』である。
「わらわが…偽者じゃと、いうのか?」
笑顔は変わらず…、しかし、その下に隠した邪悪な本性を徐々に身に纏い始めたテラスは、カルマインを突き飛ばすとキキョウに相対した。
「当然だ!我々の皇帝陛下は、そのような邪悪な『気』を纏っていたりはしない!」
「ふふ…、主君に手を出す飼い犬には、少し躾が必要じゃの…」
テラスが両手を広げると、その掌に黒い光が集まってきた。最初は霞のような黒だったが、次第に濃さを増していき、最後には完璧な『黒』が顕現していた。
しばしの静寂の後、キキョウは裂帛の気合と共に剣を振り上げた。
「食らうがいい!必殺、『面漸沈逸(めんぜんちんいつ)』!!」
振り下ろした剣から溢れた稲妻が、四方八方に飛び散りテラスに襲い掛かった。
が、テラスの手から溢れた黒い光は迫ってくる稲妻を飲み込み、こともなげに消滅させてしまった。
「なんだと?!」
「キキョウよ…、この世に『黒』で塗りつぶせないものなど存在せぬぞ…。例え、稲妻であろうともな…」
「バ、バカな…。私の、渾身の技が…」
「では、おぬしを躾ける番じゃ…。受けよ『慈哀の光』を」
キキョウの前にかざされたテラスの掌から、一本の黒い光がキキョウめがけて放たれ、避ける間もなく腹部に直撃を受けたキキョウは、そのまま壁際まで吹き飛ばされた。
「ぐはっ!!」
全身が砕けたかのような衝撃が体を貫き、キキョウはたまらず床に倒れ伏した。
「おやおや…。少しやりすぎたかのう…。壊してしまっては元も子もないからのう…」
あくまで笑顔を浮かべたまま、だが先程までの笑顔とまるで違う、まるで子供が無力な虫を嬲って楽しむような、残忍な笑みをテラスは浮かべていた。
「くそぉ………、化け物め………、陛下を、どこに隠した………」
「なんじゃ、まだわらわを偽者と思っているのか?わらわは正真正銘、本物のテラス…」
「やーっ!!」
その時、それまで倒れていたカルマインが突然立ち上がって剣を抜き、テラスめがけて突っ込んできた。
キキョウと同じようにその剣に魔法の力…真っ赤な炎を纏っている。
「くらえっ!『面奔逸通(めんほんいっつう)』!!」
「下がりおれ下種が!!」
だが剣が命中する直前、テラスの両目が禍々しく金色に輝き、振り下ろしてくる剣をむんずと握り掴むとそのまま剣を握りつぶしてしまった。
「えっ?!ボクの剣が!!」
「わらわに剣を向けるとは、身の程をわきまえよ!!」
素手で剣を壊すという常識外れの所業に驚くカルマインに、間髪いれずにテラスの掌から発した『慈哀の光』が叩き込まれた。
「うぐぁっ!!」
鳩尾に『慈哀の光』の直撃を受けたカルマインは、そのままキキョウの横まできりもみしながら吹き飛ばされ、受身も取れないまま床に叩きつけられた。
「カ、カル!!」
「やれやれ………、こうも噛み付いてくる飼い犬では野良とあまりかわらぬのう…、くくく…」
目を爛々と輝かせ、薄笑いを浮かべてテラスはキキョウとカルマインを見下ろしていた。
「くっそぉ…、化け物めぇ…」
「おまえが…、おまえが本物の陛下であって、たまるものか…」
あくまでも目の前のテラスを偽者だと決め付ける二人に、テラスは自嘲めいた笑みを向けた。
「やれやれ。どうしても信じられぬか。まあ、やむを得ぬかのう。確かにある意味わらわは以前のわらわとは違うからのう……
もう一度申しておこう。わらわは間違いなく本物のテラスじゃ。ただ………」
その瞬間、テラスの全身からおびただしい瘴気が溢れ出てきた。
「仕えるべき主を見つけ、その身を相応しい姿に替えたがの………」
瘴気を身に纏ったテラスは、二人の目の前でその姿をおぞましく変貌させ始めていた。
その健康的な肌色は血も通わぬ青に染まり、頭部にある一対の角は先を鋭く尖らせつつ大きさを増し、背中からは纏った衣を引き裂いて竜を思わせる羽が、腰からは粘液を滴らせた異形の尻尾が生えてきた。
「今の『私』は皇魔族の長、魔王マステリオン陛下に仕える忠実な下僕、魔隷テラス…。
この地上に存在する皇魔族を、束ねる者…。ウフフフフ…」
派手に痛めつけられて身動きが取れない二人に、皇魔族の本性をあらわにしたテラスはゆっくりと近づいていった…
☆
私は悪い夢を見ているのか。
ほんの数秒前まで陛下の姿をしていた者が、異形のモノに姿を変えている。
小さい体に毒々しいまでの瘴気を纏い、昔絵本で呼んだ悪魔そのものの容貌をして、私達の前に佇んでいる。
本当にこれは陛下なのか?なぜこんなことになっているのだ?!
「お前は…、本当に、陛下なのか…」
「フフフ、そうよ。私はテラス。あなたたちが仕えている、『神羅連和国皇帝だった』テラス。
でも、そんな肩書はもう知らない。私は陛下のお力で生まれ変わったの。本当にやるべきことを、見つけることが出来たのよ…
そう、この地上の人間どもを抹殺し、私たち皇魔の世界を築くということをね…。アハハハ!」
テラスは盛大に笑った。それは、先程まで仮面のような笑みとは違う明らかに感情のこもった…
満面の狂気を孕んだ、凄絶な笑みだった。
「な、なんてことだ…」
「テラス様ぁ………、どうして、こんなことに…」
「「皇帝陛下、どうなされました!!」」
その時、中の喧騒を知ったのか、テラスの部屋の入り口を守っていた二名の兵士が扉を開けて飛び込んできた。
「こ、これは!!」
目の前には倒れている二人の女兵士、大穴のあいている壁、破れた絨毯とカーテン、そして皇帝の姿形をした皇魔。
「に、逃げなさい…。あなたたちに、敵う相手じゃない!」
「早く出てここで起こったことを伝えて!!テラス様が、化け物になっちゃったって!!」
必死に兵士に脱出を勧める二人。しかし、兵士達は足でも竦んでいるのか、その場から動こうともしない。
「どうしたの?!早く!!」
「ちょうどいいところに入ってきたわね。二人とも、その女達が動けないように捕まえていなさい」
「「はっ!」」
「「え?!」」
キキョウとカルマインは面食らった。この兵士達は今のテラスを見ても逃げないどころかテラスの命令に反応している。
「な、なんで?!」
「あなたたち、今の陛下の姿がわからないの?!」
「「……………」」
二人の声にも、兵士達は全く反応を示そうともしない。
「キャハハハ!、無駄よ。そいつらには私の命令は絶対なんだから。なぜなら…」
テラスが手をかざすと、二人の兵士の鎧が突然膨張し吹き飛んだ。
いや、それは鎧だけではなかった。装身具が、服が、皮膚が風船のように膨らんで弾け、その下から全身白尽くめで一つ目、大きな掌に長い金色の爪をはやした怪物と、黒尽くめで一つ目、丸太のような腕を持った怪物が姿をあらわした。
「「クゥエッケッケッケ!!」」
怪物は長い爪をカチカチと鳴らしながら、ペタリ、ペタリと二人に近づいてきた。
「こいつらは既に、私の下僕にすり替わっているんだから。どう、かわいいでしょ。
もっとも、普段は人間の皮を被せているからこの姿を見ることはできないんだけれど、それももう少しの辛抱…」
「イ、イヤアアアァァ………ァ」
人間の皮を内から破って出現した怪物にカルマインの精神は耐え切れず、一瞬白目をむいたかと思うと頭を傾けバサリと崩れ落ちてしまった。
「もうこの宮殿の兵士、魔道士のいくらかは私の手で皇魔族と入れ替わっているわ。
邪魔な魔道官連中も外へ追い出したし、もうすぐここは私達の手に堕ちるのよ…」
「な…。魔道官たちを各地に派遣したのは、各地域の皇魔族を殲滅させるためでは…」
「なに?そんなこと本気で信じていたの?フッ、バカじゃないの?!」
キキョウが発したしごくもっともな質問に、テラスは鼻を鳴らしてを笑いながら答えた。
「ここを手薄にするために決まってるでしょ。この中央宮殿こそ、地上世界の中心であり、魔界と一番近いところ。ここさえ抑えておけば、魔界からいくらでも皇魔を送り込むことが出来るのだから!」
そうだ。迂闊だった。光の戦士たちが通った異次元の扉は魔界へ通じる道。言い換えればそこを通して皇魔族が乗り込んでくるのことも可能なわけだ。
「ちょっと考えればすぐにわかることなのに、バカなあいつらは私がちょっと人間のことを気遣う演技をすればコロッと騙されちゃうんだから。ああおかしい!アハハハハ!!」
なんてことだ。先の会議室でのことは、すべて演技だったというのか。まず民のことを第一に考える。あの言葉には私も少なからず感動を覚えた。
しかし、それが全て嘘だったなんて!
「大体あの時のあいつらの態度、空々しくって思わず皆殺しにしちゃうところだった。
陛下の身になにかあったら?ですって。自分の身に何かあったらの言い間違いよね、あれってさ。
ここを守る魔道官や魔法戦士が根こそぎいなくなるもんだから、自分が殺されるんじゃないかってビクビクしちゃって。本当に下種な連中よ。人間ってさ」
違う。名前は覚えていないがあの宮廷官史は本当に陛下のことを大事に思っている人だ。
「違います!あの方は、本当に陛下の身を重んじて…」
「違うものか!あいつらは、私のことなんてなんとも思ってはいない!ただ、担ぎやすいお御輿ぐらいにしか思っていないのよ!
面倒な責任は全部私に背負わせて、自分達は影から利用することしか考えていないのよ!
今までだって、ずっとそうだった!私がやりたいことは何一つやらせてもらえず、こんな狭い部屋に閉じ込めて、他の人間がやることなすこと、全て私に押し付けてくる!」
キキョウを睨みつけながら口角泡を飛ばして怒鳴るテラスを前にして、キキョウはあることに気が付いた。
自分をにらむテラスの瞳。金色に染まったそれは明らかな狂気を孕んでいるが、その奥には激しく燃える怒気が含まれている。
恐らく陛下は何者かに精神を歪められ、操られているに違いない。
しかし、それで狂気は生み出すことは出来ても、怒気を生み出すことは出来ない。
「なら私は一体なんなのよ!自由なんて許されず、世界のことだけを考えさせられる!人間らしく生きることも出来ず、ただただ他人のためだけに生き続ける。
お前は人間じゃない。お前は我々に都合のいい人形だ。ってね!!」
これは陛下がずっと心の中に燻らせ続けてきた怒気だ。今まで抑えに抑えてきたそれがきっかけを得て爆発したのだ。
「だったら私は人間をやめてやる!自由に生きられない人間なんかやめて、私の手で、私が自由に生きられる世の中を作って見せると、マステリオン陛下に誓ったのよ!!」
陛下をここまで追い詰めたのは、我々なのかもしれない。
だったら、その責任を、命を以って…
「おいシロカゲ、カルマインを持ち上げるのよ」
テラスの声に反応した化け物…シロカゲが突っ伏しているカルマインの腕を掴み釣り上げた。
完全に気絶しているカルマインはがくりと頭を下げ何の抵抗もしない。
「へ、陛下、なにをなさるおつもりで…」
「私の気持ちを汲むことも出来なかったお前達にも罪はあるのよ。だから、お前の目の前で…」
テラスの長い爪がギラリと光る。
「こいつを散々に嬲った挙句に、ボロ雑巾のように殺してあげるのよ!!」
ぶん!と唸りを上げて爪が振り下ろされ、服はおろか纏った鎧までもが熱いナイフを当てたバターのように切り裂かれその未発達な裸体が露わになる。
「な!や、やめてください!!」
キキョウはやめさせようともがくが、自分を掴んでいる怪物…ムラカゲのせいで指一本動かすことができない。
「ケケケケケ!!」
「このおぉ、離せぇ!!」
「フフフ、私より年上なのに、私より胸が小さそう…。乳首の色もきれいなのね…」
テラスの爪が、カルマインの左胸に伸びた。スゥッと爪を胸に這わすと、紅い筋がゆっくりと浮き出てきて、そこから血がじわっと染み出してきた。
「どう?キキョウ。綺麗でしょ、小麦色の肌に真っ赤な血。あなたみたいに白い肌だったら、もっと綺麗に映えるんでしょうけれどね…」
「陛下………お願いですからやめてください…。なんなら、私が代わりになります。なんだってします。この一命を取られても構いませんから…」
大粒の涙を流し、必死に懇願するキキョウだが、テラスは残酷な笑みを浮かべると言い放った。
「ダメよ。これはお前に与える罰なんだから。自分が先に死んで苦しみから早く解放されるなんて思わないことね。
ああ…、こんなに血が溢れてきたわよ…。滴り落ちてきそう…」
乳首辺りで出来ている血溜まりを、テラスはぺろりと長い舌で舐め上げた。
「んっ………」
気絶しているはずなのだが、カルマインの顔がわずかに歪み、うめき声が漏れ出でる。
「やめてぇ…」
カルマインにそんなことしないで。そんな顔をさせないで。
「あら、こいつ気絶しているのに感じているのかしら?こんな可愛い顔をして、舐められるだけで感じるなんて。本性はとんでもなくいやらしいのかもね」
「やめて…」
そんなことない。カルマインはそんなはしたない子じゃない。
「なんだったら、殺す前にシロカゲに相手させてあげようかしら。絶頂にイくときにあの世へ送るの。きっと死んだことにも気づかないかもね」
「やめ…ろ…」
そんなの許せない。あんな化け物をかわいいカルマインが咥え込むなんて、絶対に許せない。
「両手両足切り落として、逃げられないようにしてから、前と後ろを一緒に責め上げるの。
痛みと快感で頭壊れて、バカになっちゃうかしら?」
「やめろ…」
そんなこと、絶対にさせない。化け物には私のカルマインを壊させない。
「シロカゲ、まずは両手を握りつぶしなさい。その後は両足、それから引きちぎるのよ」
「ケケケェッ!!」
シロカゲが両腕に力を込めた。それを見たとき、キキョウは声を張り上げた。
やめろおおぉっ!!
私のカルに手を出すなぁっ!!
カルに手を出していいのは、私だけだぁ!!
まだ自分が小さい時、王立小学校で出会ったカルマイン。よくなつく子でいつも私の傍をついてきた。
よく私の真似をして、後を追うように同じ士官学校に入ってきて、同じ親衛騎士に受かって、私と同じくらい力をつけたカルマイン。
あれは私のものだ。あれは私が作ったんだ!
あれの創造主は私だ!あれを守るのも壊すのも私だ!私だけに許された権利だ!!
「離せぇ!!あれは私のものだ。私のものだぁっ!!」
長い髪を振り乱して絶叫するキキョウを、テラスは満足げに眺めていた。
「おお怖い怖い。そんなに取り乱しちゃって。そんなにこの子に手を出したいの?」
ニタニタと笑うテラスを見て、キキョウは次第に冷静さを取り戻してきた。
そして、自分が口走った、あまりにも背徳的な言葉と思考に目の前が真っ暗になった。
「あ………、わ、………私は………なにを………」
息を切らし呆然としているキキョウの顔を、テラスの指がつい、と持ち上げた。
「ウフフ、あなたがまさか幼馴染にそんな思いを持っていたとはねぇ。気絶していたから良かったけれど、そんなことをカルマインが聞いていたら、あなたのことをどう思うのかしら?」
そんなこと、言うまでもない。
絶対に拒絶するに決まっている。自分が他人に自分のものだ、なんて言われてそれを受け入れる人間なんているわけが無い。
『キキョウって、ボクのことをそんな風に見ていたんだね!最低だ。幻滅だよ!もう顔も見たくない!!』
空耳に違いないが確かにキキョウの耳には聞こえた。自分を罵る、最愛のカルマインの声が。
「なんだったら起こして言ってあげましょうか?こいつはあなたのことをモノとしてしか見ていない最低人間だって」
「ひっ?!」
キキョウの顔が恐怖に引きつる。
そんなことをされたら絶望だ。カルマインが、私のカルマインが私の手から離れていってしまう。
「や、やめてぇ!!そんなことされたら、そんなことされたら!!」
自分は絶望のあまり、自殺してしまうだろう。
「フフフ、その取り乱した顔かわいいね。でもね、こう考えてみてもいいんじゃない?」
テラスはキキョウに近づき、静かに、しかしはっきりとした声で囁いた。
カルマインを、本当にあなたのモノにしてしまえばいいんじゃないのかしら?
最初は、言っている意味がわからなかった。
カルマインを私のものにする。私のモノにする。私だけの物にする…
「そ、そんなこと…、できるわけない…」
「できるわ。私の力があればあの子の身も心も、あなたのモノにすることが出来る…」
身も心も、私の物にすることが出来る…
その言葉はキキョウにとって堪えがたき、離れがたき誘惑の言葉だった。
「ほ、本当、なの………」
ごくりと喉を鳴らし、キキョウは問い掛ける。
「本当よ。あなたが…」
テラスの尻尾がキキョウの眼前にひょろりと伸びてきた。よく見ると、先端が黒い光で満たされている。
人間を皇魔に堕落させる、魔性の光が。
「皇魔の力を受け入れれば、ね…」
テラスはさもおかしそうに呟いた。
「皇魔の力を…、受け入れる?」
「そう。皇魔族には禁忌も観念も存在しない。ただ、己の思いの向くまま行動すればいい。
あなたが皇魔族になれば、あなたを括り付ける人間の禁忌は存在しなくなる。あなたの思いのたけを、ありったけカルマインにぶつけることが出来るのよ」
なんということだ。目の前の陛下だったものは、私に人間を辞めろと言ってきている。
「バカな…。私は栄えある中央宮殿の親衛騎士。そんなバカな真似が出来ると…」
「だったら、カルマインは永遠に手に入らないわよ」
「!!」
それもそうだ。自分に向けられた不逞の思いをカルマインが容認するなど絶対にありえない。言った瞬間、今まで築き上げてきた二人の関係はなだれとなって崩れ落ちてしまうだろう。
もちろん、このことを告白しなければこれからも今までどおりの関係は続けられる。だが、それはキキョウの想いが永遠に叶わないことも意味しているのだ。
「もう人間の論理、倫理を口にするなんてやめなさい。あなたが人間である以上、あなたが本当に手に入れたいものは永遠に手に入らないのよ」
テラスの言葉一言一句がキキョウの心にドロドロと張り付いてくる。それは無垢の外面を覆い隠し、一枚、また一枚と重なり続け、心を真っ黒に染め上げていく。
「わ、わたしは、わたしは………」
キキョウの声は続かない。ある一言、その一言だけ言ってしまえばキキョウはカルマインを手に入れることが出来る。
だが、心の最後の堰はまだ決壊しない。その最後の一言を、言う決断が付かない。
「欲しくないの?カルマインが。欲しくないんだったら…、私達が取っちゃうからね…」
「うっ!」
でも、その言葉がとどめになった。
私のカルマインを取られる。そんなことは許さない。あれは私のものだ!!
……………、う、受け入れます!皇魔の力を………
カルマインを、手に入れられる力を!!
「本当にいいのね?人間やめてもいいのね??」
「ええ!あの子は私のもの!その髪も肌も目も手足も心も、私が守ってきた私だけのもの!ほかのだれにもやらない!やるものか!!
あの子を完全に私の物に出来るなら………、私は人間をやめる!」
もうキキョウは己の黒い情念を隠そうとはしなかった。自己の欲望の成就のために全てを捨て去る覚悟を決めていた。
「ウフフフ…、よくできました。じゃあ皇魔の力をたあっぷり注いであげるから、まずは服を脱ぎなさい」
「わかりました。テラス様…」
テラスを『陛下』と呼ぶのをやめたキキョウは、ムラカゲから開放された手で、鎧の留め金を外し始めた。
やがて、一糸纏わぬ姿になったキキョウの腰に黒い光を溜めた尻尾がうねうねと近づいてきた。
「いらっしゃい。皇魔の世界に…」
「はい……」
自分の太腿の谷間に尻尾が潜りこんでいくのを、キキョウは自分でも驚くほど冷静に眺めていた。
☆
ぅぁ……、ぁぁ………
遠くからうめき声みたいなものが聞こえる…
あれ?なんか聞き覚えのある声が…
あれって、キキョウの………
?!
「キキョウ?!」
「あら?目が醒めたの?」
カルマインが目を開いたとき、そこには異様な光景が広がっていた。
「あああぅ…………、あああっ!!」
全裸の姿のキキョウが床を這いずり回り全身から汗を噴き出して悶えている。
「キキョウ?!どうしたの!!ねえ、キキョウ!」
カルマインの声にも全く反応を見せず、キキョウはただただ床を転げ回り続けている。
「もう少し待っていなさい…。すぐ終わるから…」
「テラス様!テラス様がキキョウをこんな風にしたの?!だとしたら、絶対に許さないから!」
「確かにキキョウを今のようにしたのは私。だけれど、これはキキョウが望んだことなの。
キキョウは自ら望んで、こうなったのよ」
「ウソだ!あのキキョウが自分でこんないやらしくなるなんて、信じられるか!」
カルマインは信じられなかった。友であり姉のような存在のキキョウが、こんな痴態を自分の目の前でさらすことが。
「見なさい、キキョウのあの顔…。キキョウは今、この世の天国を味わっているのよ」
確かにキキョウの顔はこれ以上ないほどに蕩けている。しかし、それははたして天国といえるのか。
「あう!あぅぅ………ぁ………」
やがてキキョウはうめき声を上げることすらなくなり…、ぴくりとも動かなくなった。
そして、その直後、不意にキキョウの体から黒い『もや』のようなものがもくもくと湧き上がってきた。
それはまるでキキョウの姿を隠すかのように濃度を増し、数秒もたたないうちにキキョウの全身は『もや』の中に見えなくなり、やがて『もや』は内へと凝縮していき、1分も経たないうちにカルマインの前には一個の真っ黒な『卵』が出来上がっていた。
「キ、キキョウ!しっかりしてキキョウ!!」
得体の知れない『卵』に閉じ込められたキキョウの安否を心配し慌てふためくカルマインに、テラスが微笑みながら話し掛けた。
「大丈夫…。ほら、見てなさい」
「…え?」
そう言われ、カルマインがキキョウに目を向けると…
『卵』のてっぺんにぱちりと1本のひびが入ったかとおもうと、あっという間にひびは卵全体に行き渡り、音も立てないで崩れさっていった。
その崩れ去った『卵』から現れたのは、先ほどと全く変わらない姿をして横たわっているキキョウだった。
「あ……、キキョウ!」
キキョウの無事な姿にカルマインは安堵の溜息を一つついた。
「無事……なの……?」
「ええ、無事よ。大事なあなたたちを殺すはずがないじゃない。でも、ね……」
何か含みを持った笑いをテラスは浮かべた。が、それが何かはカルマインにはわからないし、詮索する心の余裕も無かった。
「………んっ……」
その時、力なく横たわっていたキキョウの肩の辺りがピクッと動き、そのままゆっくりとその身を起こしてきた。
「…………」
キキョウは、まるで半分寝ぼけて半開きになったような瞳で辺りをゆっくりと眺め、最後にカルマインのほうを向いた。
「キキョウ!大丈夫なのねキキョウ!!
……………キキョウ?」
カルマインの声に反応しているのかいないのか、キキョウはカルマインの方に向かってゆっくりと歩み始めた。その顔に表情はうかがえず、その瞳には何も映しこんではいない。
「ねえ、キキョウ、どうしたの………」
「邪魔よ」
キキョウの右腕がカルマインの頭の上を風きり音を上げて薙いだ。
「キャッ!な、なにするのキキョウ………、ヒッ!!」
自分の左に何かが落ちる音がした。見てはいけないと心で思っても目は言うこと聞かず、
左下を見てみると………
自分を拘束していたシロカゲの頭が、そこにあった。
自分の後ろにあったシロカゲの体が、首から青い血を盛大に吹き上げてゆっくりと崩れ落ち、どう、と倒れた。
「いつまでも『私の』カルを掴んでいるなんて………、死んで当然よ」
長く伸びた爪についた青い血を、キキョウはぺろりと舐め上げた。
「キ、キキョウ………、一体、どうしたの………」
「うふふふ………、私のカル。私の………」
キキョウは薄笑いを浮かべながら、カルマインの両肩をがっちりと掴んだ。その瞳は禍々しい金色に光り輝いている。
「こ、この目………。これって、テラス様とおんなじ目………」
カルマインは直感した。これは、自分が知っているキキョウではない!
「フフフッ、よく気が付いたわね。そう、キキョウはもう私達の仲間…
さあ、あなたの生まれ変わった姿を見せなさい!」
「わかりました。テラス様…」
キキョウはテラスに向けてこくりと頷くと、先程のテラスと同じく全身から闇色の瘴気を湧き出した。
人では決して発することのできない瘴気が、キキョウの容姿をどんどん塗り替えていく。
そのこめかみからは猛々しい角がメリメリと伸び、両耳は横に長く大きく尖り始め、テラスのように肌は青く染まり、最後に尻尾が生えてきた。
それは、肌の色と尻尾を除けば1000年前に聖龍族が有していた身体的特徴と全く同じ物だ。
もっとも、その各パーツは非常に禍々しい装丁に施されており、魔界の住人にふさわしいものとなっている。
はあぁ………。どう、カル?私の新しい体………
まるでカルマインに見せ付けるように、皇魔の姿になったキキョウは体を艶かしくくねらせていた。いつも自分に厳しい態度を取ってきたキキョウを知っているカルマインにしてみれば信じられない光景だ。
「そ、そんなぁ………。キキョウまで、化け物になっちゃったよぅ………」
目の前で起こった出来事に絶望の涙を流すカルマインに、近づいきたキキョウは優しく髪をなでた。
「そんな顔をしないの…。あなたが怖がることなんて、なんにもないんだから…」
この声、いつも自分を諭してくれるキキョウの声。
「これからも、あなたを守ってあげる。例え姿形は変わっても、私のあなたへの思いは一緒…」
頭の後ろに廻った手がギュッと締まり、カルマインの頭がキキョウの双丘へぽふと埋められる。
その肌は血が通っていないような冷たさだったが、柔らかさは以前と変わってはいなかった。
「いつまでも、私がついていてあげる。あなたにずっとついていてあげる」
「キキョウ………」
「あなたをいつまでも、私の傍に置いておいてあげる。変な害虫がつかないように、ずっとずっと、目の届くところに……」
心なしか自分を押し付けるキキョウの腕の力が増し、声の方も何かに憑かれたかのように暗く、低くなっているように感じる。
「キキョウ?」
明らかに様子がおかしくなったキキョウに、カルマインは軽い違和感を覚えその双乳から離れようとするが、キキョウの物凄い力に阻まれびくともしない。
「キ、キキョウ……。苦しいよ、放して……」
「いやよ!
あなたを放したら、あなたは私の手の届かないところに行ってしまう!あなたはずっと、私の傍にいなければならないの!!
あなたを育てたのは私。私がこうなればいいと思い、その通りに作り上げた私の傑作!!
誰にもやるものか!コレは私のもの!!一毛の髪の毛も、一枚の爪も!その魂すら、私のものなのよぉ!!」
カルマインを押さえつけたまま、キキョウはずっと己の心の中に秘めてきた想いを、これ以上なく歪めた表現で吐露した。
「ボ、ボクが……キキョウのモノ?!」
それを聞かされたカルマインは、さすがにショックを隠せなかった。
今まで友として、また姉のように感じ慕ってきたキキョウが、自分に対してこんな歪んだ想いを持っていたなんて思いもしなかった。
「そうよカル!あなたは私のモノ!!あなたは決して私から離れられない!そうでなければならないのよ!!」
顔を押さえつけられているカルマインには見えないが、カルマインを見るキキョウの目には様々な欲望が張り付いている。
それは独占欲であり、支配欲であり、征服欲であり。
それまで体裁や禁忌に触れ、実行したくても果たせなかった自らの夢を叶える絶好の機会が訪れたことに対するこの上ない高揚感が、キキョウの心を暴走させていた。
「いや!!放してキキョウ!放して、放せぇ!!」
カルマインのキキョウに対する思慕の心は既に消え失せていた。いま自分を抱えているのは自分のことを『モノ』としか見ていない化け物だ。
このまま捕まったままでいると、自分の意思とは関係なく一生この化け物の所有物にされてしまう!
「放せ、放せ!バケモノォ!!!」
なんとかしてキキョウの腕を振りほどこうとカルマインはメチャクチャに暴れ、自由になっている腕と足をぼかぼかとキキョウに叩き付けた。
が、キキョウの体には傷どころか痣すらつかない。
「カル……」
自分に容赦なく拳や蹴りを叩き込むカルマインに、キキョウは酷く哀しい声を上げた。
やはりこの子は離れていってしまう。私の思いを、受け入れてくれずにいなくなってしまう。
「なんで、わからないの……?」
キキョウはギュッと押さえてた腕の力を緩め、カルマインの肩を掴むと自分の前にじっと正対させた。
「どうして、わかってくれないの……カル」
カルマインを見るその顔は、とても悲しそうに落ち込んでいた。
そんなことはさせない。カルを手放しはしない!
「な、なにがだい……」
せっかくの逃げ出すチャンスなのだが、キキョウのあまりに哀しげな態度にカルマインは毒気を抜かれたようにその場に留まってしまった。
「カル、あなたが……」
その瞬間、キキョウの瞳がギラリと光った。
「あなたが、私の所有物だということをよ!!」
キキョウは満面に怒気を込め、カルマインを力いっぱい突き飛ばした。
「きゃあっ!!」
不意打ちということもあり、カルマインはろくな受身も取れず床に叩きつけられてしまった。全身に鈍い痛みが走り、抵抗しようにも碌に体を動かすことも出来ない。
「ふふふ……、カルの無力な姿……。見ているだけで濡れてきちゃう……」
転げ伏しているカルマインの姿に嗜虐心をそそられたのか、キキョウは眼を獣欲にぎらつかせながら太腿をもじもじと擦りあわせていた。
擦れている谷間からは透明な液が流れ落ち、尻尾がモノ欲しそうにゆらゆらとたゆたっている。
キキョウがカルマインの体を狙っているのは火を見るよりも明らかだ。
「い、いやぁぁ……、こないで!!」
恐怖のあまり腰が抜けてしまったのか、カルマインは四肢を使ってずり、ずりと後ずさっている。自分ではもっと早く逃げなければと思っているようだが如何せん体がついていかない。
その姿が、キキョウの心をさらに揺さぶってくる。
「あぁ……そそるわぁ。もうがまんできない!!」
ただ見ていることに耐えられなくなったのか、キキョウはカルマインにがばりと覆い被さってきた。キキョウの心を具現しているような冷たい体が、カルマインの肌に直接触れてくる。
「ひぃぃーっ!!やめろぉ――っ!!」
「私のモノが私に逆らわないの!!せっかくこれからあなたに天国を見せてあげようというのだから!!」
なおも暴れるカルマインを強引に押さえつけたキキョウは、そのまま下の口に尻尾の先端をぴとりと当てた。
「ひゃあっ!!」
粘膜に直接触れた氷のように冷たい感触に、カルマインは反射的に甘い声を上げてしまった。
だが、勿論そこで終わるはずがない。
「さぁ……、いくわよぉ!!」
キキョウは一瞬溜めを作った後、尻尾をカルマインの奥まで一気に刺し貫いた。
「ぎっ?!きゃあぁ――――っ!!」
前戯すらされてないカルマインのそこは異物を受け入れる準備は全くされておらず、そこに強引に割って入ってきたキキョウの尻尾は粘膜をこそぎ取り激痛を伴ってカルマインの中に埋まってきた。
当然男など受け入れたこともないそこからは、処女を失ったことによる破瓜の血がとろとろと流れ出し床とキキョウの尻尾を濡らしていった。
「い、いだいぃ!やめて、抜いてぇ!!」
「バカを言わないの。これから良くなるんだから……」
クスッと笑ったキキョウの尻尾から、黒い『もや』…瘴気が噴出してきている。それはそのままカルマインの体内に流れ込み、膣内を黒く満たしていった。
流れ込んでくる瘴気は抜ける場所がなく、完全に満たしきった後も瘴気が流れ込み続けた結果、ついにはずぶずぶとカルマインの粘膜を侵食し始め、健康なピンク色をした粘膜は時をおかずにどす黒く染まってしまった。
「いたいよぉ、いた……いっ?!」
そして、その直後カルマインの体に異変が起こった。
黒く染まった粘膜は、カルマインの体に甘い快楽の波動を送り込み、ただ痛いだけだったキキョウの尻尾の圧迫感を心地よいものとして認識させようとしてきた。
「な、なに……体が、体が変だよ………っ?!
あ、あ!あああっ!!!」
一旦、心が『気持ちいいもの』として捉えてしまったキキョウの尻尾がみるみるカルマインの体を犯し、それまで自慰ですら感じたことのなかった爆発的な快楽としてカルマインを襲ってきた。
心の奥がカッ!と熱くなり、動悸が耳で感じられるくらい早く高くなってきている。痛みは全て快感に書き換えられ、カルマインの体を侵していった。
「い…いやっ?!なにこれぇ!!
き、きも、きもぉ……気持ちいいよぉ―――っ!!」
カルマインの表情は下半身から湧き上がる快楽に見る見るうちに蕩け、瘴気によって侵食された体はカルマインの性感を無理矢理に高めていく。
「いい――っ!気持ちいいぃ!!アソコが熱いよぉ――っ!!
もっと、もっと突いてキキョウ!!ボクの中、ごりごりと擦って気持ちよくしてぇ―――っ!!」
それまで持っていたキキョウへの嫌悪感などあっという間にはるか彼方へ吹き飛び、カルマインは自ら激しく腰を振って快楽を貪り始めた。
つい今まで性交の『せ』の字すら知らなかったカルマインがまるで色情狂のようによがり狂う姿に、キキョウはこの上ない興奮を感じていた。
「うふふ……、この乱れよう、所詮人間が皇魔の瘴気に耐えられるわけがないのよ」
人を惑わし狂わせる皇魔の瘴気。普段は空気中に漂わせて人々に疑念の心を植え付けて疑心暗鬼にさせ、同士討ちを導くために用いるものだ。
それをキキョウはカルマインの心を操るため、直接体内にぶち込んだ。それも、これ以上ない濃度まで凝縮した特別製だ。
その結果、カルマインの心はあっという間に瘴気に完全に侵食され淫らに狂わされてしまった。
今のカルマインは、皇魔によって与えられる快楽を貪るためだけに生きている肉人形に成り果てていた。
「あぁ――っ!凄いぃ!!ボクのアソコ溶けちゃう!キキョウの尻尾でドロドロになっちゃうよぉぉ―――っ!!」
キキョウの眼下にあるカルマインの顔にはとうに理性など感じられず、光を失った瞳は虚空を一点に見つめていた。
「ふふふ…言ったでしょ?あなたに天国を見せてあげるって……
でも、これ以上の天国を見ることはあなたには出来ないわ」
カルマインの中をずこずこと犯しながら、ふとキキョウは冷たく言い放った。
「今カルが感じているのは人間が感じられる快楽の限界。つまり、これ以上気持ちよくなることは出来ないのよ」
「ふぇ……きもちよく……なれ、ないぃ………?!」
そのことを聞き、快感に蕩けていたカルマインの顔が見る見るうちに青くなっていく。体が求める快楽は時間を増すごとに大きくなり、今感じているものでは物足りなくなるのも時間の問題だ。
だが、これ以上の快楽を感じることは出来ないとキキョウは言った。
それはつまり、心の渇望を静めることができなくなるということである。それは今のカルマインにとって死の宣告に等しい。
「い、いやぁぁ!!もっと、もっと感じさせてキキョウ!!もっともっと、もっと気持ちよくならないとボク我慢できない!!
おあずけなんか喰らったらボク狂う!狂っちゃうよぉぉ!!」
キキョウの言うことを信じられないのか、カルマインは更なる快楽を求めてそれまで以上に腰を強く揺すり尻尾を貪欲に求めてきた。
だが、キキョウの言うとおり快楽のバロメーターはある程度までは上がるものの、カルマインの体と心を満足させるところまでには至らず、ある一地点で上昇を止めてしまった。
「ひ、ひぃぃっ!ひぎゃああああぁっ!!
きもち、きもひよくならないぃ!!どんなにごりごりしても、きもちよくならないよぉぉ――っ!!
いやぁぁっ!!ボクは、ボクはもっともっともっともっともっともっともっともっときもちよくなりたいぃぃっ!!なりたいのぉぉぉっ!!!」
どうやっても上り詰める快感の壁を突破することが出来ず、カルマインは顔を涙と涎と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら半狂乱になって叫び続けた。
「あぁ…あのかわいいカルがこんなに乱れちゃって……。なんていやらしい子なの……」
イケない苦しさから瞳を一杯に広げ舌を突き出して喘ぎまくるカルマインの頬を、キキョウは長い舌でべろりと舐めた。涙のしょっぱい味と、僅かではあるがカルマインの体から湧き出してきた瘴気の味が味蕾を刺激してくる。
(ふふ…。カルから瘴気が出てきた……。私の瘴気が、カルの体をどんどん変えていってるのね……)
カルマインの膣内がどす黒く変わった後も、キキョウは絶え間なく尻尾からカルマインの体に瘴気を送り込んでいる。もちろんそれによって瘴気はどんどんカルマインの体を侵していき、より貪欲に快楽を求める体に作り変えていっている。
そしてそれはまた、カルマインの心も黒く染め上げていっていた。今まで押さえ込まれていたより強く快感を貪る心が瘴気によって活性化されて表に現れ、性欲が暴走している状態になっており、それに伴いカルマインからも闇の瘴気が噴出してきたのだ。
「お願い!お願いキキョウ!!ボクを、ボクをきもちよくしてぇ!!きもちいいのに、きもちいいのにきもちよくなくてきもちよくならなくて心臓がバクバク、バクバクって……
あぎゃああああ――――っ!!!!きもひよくなれないぃ!!あたまがへんになるゥ―――っ!!」
キキョウの体の下で暴れるカルマインは、イケない苦しさで体をメチャクチャに暴れさせている。このままだと狂うを通り越して心が破壊されてしまうだろう。そうなってしまっては元も子もない。
(じゃあそろそろ……仕上げね)
いい仕上がり具合になったとほくそ笑んだキキョウは、息も絶え絶えのカルマインの耳元でそっと囁いた。
「もっと気持ちよくなりたい?カル。もっと気持ちよくなること、できるわよ」
「へひっ、き、きもちよくなれりゅ……?!」
もうまともに何かを聞くこともできないはずなのだが、カルマインの耳は『気持ちよくなれる』という単語を鋭く捉えた。
なにしろ、それこそ今のカルマインが心から望んでいることだ。
「なり…なりたい!なりちゃいぃっ!!きもちよくなりたいよぉ!!きもちよくなって、頭がバカになるほどイキたいよぉぉ―――っ!!」
「そうよね。でも今のカルマインでは今以上に気持ちよくなることは出来ない。
そう、人間である今のままでは」
耳元で囁くキキョウの顔が邪悪な微笑を浮かべている。
「でも、人間をやめて皇魔族になれば、今以上に強い快感を受け入れられる体になれるわ。何しろ、私がそうだったんですもの。
カルも人間をやめて皇魔を受け入れれば、きっと素晴らしい高みに上れるようになるわよ……」
「ふぇ……、こ、こうまぞくに、なれば、ぁ………」
皇魔という言葉にカルマインは少しだけ理性を取り戻した。そんな言葉をつい最近、近くで聞いたことがある気がする。
あれは何だっただろう。あれは………
だが、カルマインが思い出すよりも早く、キキョウの尻尾が放つ瘴気がカルマインの心を狂わしていった。
「あ……あはぁぁ…」
カルマインの心はたちまち獣欲でピンク色に染まり、光を取り戻しかけた瞳は再びどんよりと濁ってしまう。
何かを考えるよりも早く、この体を快感で満たしたい!思いっきりイキ狂って、なにもかも吹き飛ばしてみたい!!
「どう?カル。カルも皇魔族になる?皇魔になって思いっきり気持ちよくなる?それとも人間のままでいる?」
「うぁ…、キ、キキョウ……な…」
そんなの、はじめから答えは決まっている。今以上に気持ちよくなる方法をキキョウは教えてくれているのだ。それをなぜ、拒むことができるだろう。
「な…なる!ボク皇魔族になる!!キキョウと同じ皇魔になって、もっともっと気持ちよくなるの。なるのぉぉっ!!」
とうとうカルマインは、より強い快感を求めるあまり自ら皇魔に堕ちることを宣言してしまった。
「アハハハ!よく出来ましたカル!!さあテラス様、早くカルマインのここにその皇魔シッポを突き入れて、たぁっぷりと『黒い光』を注ぎ込んでやってください!!」
その言葉を聞いて口元を釣り上げて笑ったキキョウは、深く挿していた尻尾をにゅぽんと引き抜き、つんつんと先端でカルマインの陰唇を突付いて後ろで眺めていたテラスを促した。
「キキョウ、よかったわよ。あなたの責めっぷりがすごくて、私もちょっと濡れちゃったわ……。まだ間もないのに、すっかり身も心も皇魔になっちゃったみたいね……」
「ふふ…、当然ですわ。皇魔の素晴らしさを身をもって知った以上、下らない人間の心なんかあっという間に消え失せてしまいましたもの…」
二人の痴態にすっかり顔を赤らめたテラスは、黒光りする尻尾を手でこすこすと擦りながら近づき、キキョウの尻に両手をついた。
「じゃあ、カルマインの大事な孔を借りるわよ。あなたは我慢できなければお尻にでも入れてなさいな」
「はぁい……。うふふ……」
二人の皇魔は一緒にぱちりと目配せをし、テラスはカルマインの前の孔。キキョウは後ろの孔に同時にずぶずぶと尻尾を埋めていった。
あっあっあっ!!に、二本きたあぁっ!!き、きもちいい―――っ!!
初めての肛姦、しかも二本挿しにも関わらず、キキョウの瘴気で無理矢理に性感を開発され尽くしたカルマインの体は潜り込んでくる二本の尻尾の圧迫感を強烈な快感としてらえていた。
「ああん!最高だよキキョウ!テラス様ぁ!!もっと、もっと深く抉って!ボクの体メチャクチャにしてぇぇ!!」
もう皇魔に対する嫌悪も恐怖もない。なにしろこれからその皇魔に想像を絶する快感を与えられ、彼女らと同じ存在になってより深い快感を得られるようになるのだから。
「はぁぁっ!あなたの体最高よカル!!子宮の味も良かったけれど、お尻がこんなに気持ちいいなんて!
やっぱりあなたは私の作り出した傑作よ!私の体にここまで相性がいいんですもの!!」
奥まった窄まりを無理矢理押し開いて直腸の中にずぶずぶと沈み、周りの無数の襞に尻尾が擦れた時の腰が抜けそうな気持ちよさ。尻尾を包む内臓の暖かさ。その全てが心地よい。
カルマインの不浄の器官を犯し、それをカルマインが嫌がるどころか腰を振って悦びにむせび泣いている。
自分はとうとうカルマインのすべてを征服した。そんな黒い思いがキキョウの心を満たし、心がどんどん昂ぶっていっている。
「あぁう!す、凄い!カルの中良すぎる!!あっ!な、なにか!なにか込み上げてくるぅぅ!!」
それは男で言えば射精の感覚にも似たものなのだろうが、女であるキキョウには当然そんなことは分からない。だが、体の奥でどす黒いものがどんどん膨らんで出口を求め、尻尾目掛けて凝縮していっているのは理解できる。
「な、なんなんですかテラス様!こんなの、こんなの知りません!!わ、私のシッポが、シッポが熱いんですうぅぅ!!」
未知の感覚に尻を震わせ悶えるキキョウを、テラスは少し感心した目で見ていた。
「凄いわキキョウ……、あなた『黒い光』が練成できているのよ。そこまで心の奥底に暗い思いを持っていたなんて……
喜びなさいキキョウ。あなた、自分の手でカルマインを皇魔族に出来るのよ」
「わ、私が……?」
「そう。今あなたの尻尾に集まっているのは、あなたの心の中で生まれた黒い情念。それが『黒い光』になるまで練成され、外に出されようとしているのよ。
それをカルマインの体内に注入すれば、カルマインは皇魔になるわ。そう、他ならないあなたの手でね。フフフ…」
「私が…、私がカルマインを皇魔、に……。私が…、私がぁぁ!!!」
それはとても魅力的な提案だった。まさか、自らの手でカルマインを仲間にすることができるなんて思いもしなかった。
結局、カルマインに対する背徳の思いを限界まで押さえ込んだ結果、キキョウの心の中に計り知れないほどの心の闇が形成されたことで、『黒い光』を放てるまでのどす黒い心を持つことができたのだろう。
この自分の中に渦巻くものを注げばカルマインを皇魔にさせられる。そう考えただけでキキョウの昂ぶりはどんどんと高まり、それに比して尻尾に集まる『黒い光』もどんどんその濃度を増してきている。
「あ、あは!あはは!!カルゥ!
私、私あなたを皇魔にさせてあげられるのよぉ!私があなたの中にこの我慢しているものを注いだら、あなた皇魔になるのよ!なっちゃうのよぉ!!」
「うん!うん!キキョウ!!早くボクの中にぶちまけて!!ボクを、ボクを皇魔にして気持ちよくさせてぇ!!はやくぅぅぅっ!!」
キキョウが尻尾をズブズブとピストン運動させれば、カルマインもそれにあわせて腰をガクガクと揺すっている。二匹の獣の激しい交わりに、膣内を穿っているテラスも快感をコントロールしきれなくなっていた。
「も、もう二人とも激しすぎよ……。これじゃあ、私もすぐに出ちゃうじゃないの……」
「いいよぉテラス様ぁ!テラス様もキキョウも、早くボクの中に出してよぉぉっ!ボクを気持ちよくさせてぇぇ――っ!!」
「私も、私ももう限界です!カル、出すわよ。出すわよ出すわよぉぉっ!!」
キキョウは止めの一押しとばかり、尻尾を根元まで一気にズブブッとカルマインの中に押し込んだ。
「さあイキなさいカルマイン!魔界の果てまで逝き飛んで、本当の自分に目覚めるのよ!」
テラスも子宮の最深部まで尻尾を突きいれ、溜まりに溜まった黒い光をカルマインの中に注ぎ込んだ。
「「「あ!ああぁ〜〜〜〜っ!!!」」」
三人の結合部から眩いほどの黒い輝きが放たれ、三人は同時に絶頂へと達してしまった。
「あ……あは、あははぁ……」
特にカルマインは待ちに待たされた絶頂だっただけにその余韻は強烈で、虚ろな笑みを湛え完全な放心状態にあった。
その間も子宮に、直腸に当てられた『黒い光』が、瘴気とは比べ物にならない速さでカルマインの心と体を侵食していく。
キキョウとテラスが尻尾を抜いて見つめる中、カルマインの体からどんどんと濃い瘴気が噴出し始め、やがては皇魔の転生の核となる『黒い卵』へと変化した。
「うふふ……カルはどんな姿になるのかしら……」
卵が割れるまでのしばしの間、キキョウはうっとりと『卵』を見つめていた。
☆
ウフフ……。ウフフフ……
キキョウとテラスの前に、『卵』から孵ったカルマインが薄笑いを浮かべて佇んでいる。
その姿の大元は転生した皇魔族のそれなのだが、キキョウとは少し特徴が異なる。
カルマインの背中からは、かつての飛天族の身体的特徴である限りなく闇に近い黒い色をした羽が伸びていた。
また、脛から先は脚鱗で被われ、猛禽を思わせるような鍵爪を爪先に有している。
その肌は赤紫に染まって瞳は金色に輝き、腰からは粘液を帯びた異形の尻尾が顔を覗かせていた。
「どう?カル……『化け物』になった感想は」
キキョウは先ほどカルマインから散々言われた『化け物』という単語を、わざと強調して言った。
それに対しカルマインは、表情ををキッと引きつらせると少し俯き加減になって呟いた。
「うん…正直がっかり…。ボクも化け物になっちゃうなんて…、はっきり言って最低だよぉ………」
ぼそり、ぼそりとカルマインはキキョウに恨み言を言うかのように言葉を紡いだ。だが、僅かに見えるその目には面白おかしくてたまらないといった光が輝いている。
その後、暫くカルマインは無言で俯いていたが、不意に肩を震わせたかと思うと満面に冷たい笑みを浮かべながら顔を上げた。
「ククッ、なぁんちゃって!そんなわけないじゃん!
最高だよ!まるで世界がわかって見える!!自分の本当の姿を、ようやっと見つけた思いだよ!!あはははは!!」
カルマインは背中の翼をばさばさと揺らし、長く伸びた牙を剥き出しにして声高らかに笑った。それは本当に心の底から喜んでいる笑い声だったが、どこか空虚な響きも含んでいた。
「うふふっ、可愛いわよカル。その羽、その尻尾、その脚。その全部が本当にカルによく似合っているわ」
「なに言ってるんだよキキョウ。コレがボクの本当の姿。今まで何も付いていなかった人間の姿が偽者の姿なんだよ」
「ふふっ、そうだったわね……」
目の前にいる皇魔化したカルマインに熱い視線を送っていたキキョウは、カルマインにふらふらと近づくとその顔に軽く口付けをした。
「きゃっ、くすぐったいよキキョウ!」
「あぁ……なんて可愛いの……。今すぐにでも、メチャメチャにしたい……」
もう辛抱が利かなくなったのか、キキョウはそのままカルマインの体に抱きつき、所々に手を這わしていっている。
「だ、だめだよぉキキョウ……、き、気持ちいいけどテラス様が見てる……」
「あぁん!カル、カルゥゥ……」
カルマインの制止も聞かず、キキョウは欲望の本能に忠実に従いカルマインの体を弄んでいく。そして、次第にカルマインもその愛撫に体を熱くしていった。
「あぁ……キキョウ…!ボクも体が熱くなってきちゃった……
欲しい。キキョウの体、味わってみたいよぉ……」
カルマインの映えたての尻尾がビクビクと震えてキキョウの中に入りたい、入りたいと訴えている。それを見て、キキョウの股もジュンと熱く濡れ始めた。
「クスッ……。いいわよ、カル」
キキョウはその場で尻餅を突いて、両指で自らの秘部をくぱぁと押し開いた。
そこは先ほどの性交ですっかり充血し、ぽってりと熱く熟れている。
「さあ、いらっしゃい。その代わり、私もカルの中に入れさせて貰うわよ…」
「う、うん……うん!」
興奮した顔で尻尾を掴みながらカルマインはキキョウにゆっくりと覆い被さっていき、その尻尾をキキョウの中へと埋めていった。
「あっあっ!カルのが、カルのが入ってくるうぅ!!」
「うあぁっ!キキョウの膣内、冷たくて気持ちいい!!」
初めて女を貫く快感にカルマインが悦びの声をあげ、最愛の所有物に貫かれる快感にキキョウが嬌声を振り上げる。
だがやはり初めてで皇魔の体は快感が強すぎたのか、挿れたばかりだというのにもうカルマインは既に悲鳴を上げていた。
「こ、こんなの我慢できない!気持ちよすぎるぅ!ボク、ボクもうイッちゃう!!」
カルマインは腰をグーッと仰け反らせ、あっという間にアクメを迎えてしまった。
「あはぁぁ……、こ、こんな気持ちいいの、ボク初めてぇ……」
そのままカルマインは脱力し、キキョウの上にへたり込んでしまった。
「あらら、早すぎるわよカル。そんなことじゃ、全然愉しめないじゃない」
「だってぇ…、キキョウのアソコが気持ちよすぎて……ひゃっ!」
うっとりとした声で囁くカルマインが、突然ビクン!と体を振るわせた。よく見ると、キキョウの尻尾がカルマインの肛門をつんつんと小突いている。
「言ったでしょ、私もカルの中に挿れさせてもらうってぇ……」
「で、でもそっちお尻……ああぁう!!」
一瞬躊躇ったカルマインなどお構いなしに、キキョウはカルマインのお尻に再び尻尾を挿入していった。
「あ、あああ!!キキョウ!!」
「大丈夫。気持ちいいでしょ、お尻の孔も。さっき散々愉しんだんですから…」
確かに、挿れた直後からカルマインの顔は悦楽に歪み、キキョウに挿したままの尻尾もどんどん硬度を増していっている。
「あ、あひっ!お尻……気持ちいい!お尻なのに、気もちいいよぉ!!」
「あははっ!カルの尻尾、また堅くなってきたぁ!
今度はすぐにイッちゃだめよ!私が満足するまでは、腰が抜けてもやめさせないんだから!」
皇魔というよりも淫魔と言ったほうが似合う二人は、そのまま互いの体を貪り続けあった。
「うっ、うんっ!ど、どうっ、カル!」
「い、いいっ!キキョウ、いいよぉ!!」
テラスの目の前で、キキョウとカルマインはかれこれ2時間近く互いの体を貪っている。
「どう?カルマイン。皇魔族の体はとってもいいでしょ?」
「ああっ、テラス様ぁ!凄いです!!ボクこんなに気持ちいいの初めてですぅ!こんないいんなら、もっと早く皇魔族になっていればよかったですぅぅ!!
テラス様ぁぁ、ありがとうございますうぅっ!!」
ぶっ続けの交わりで全身を溢れ出した体液でぐちょぐょにしながら、カルマインは主人であるテラスに壊れた笑みを向けた。
「あなたを皇魔族にしたのはキキョウもなのよ。感謝するなら、キキョウにもしなさいよ」
「は、はいっ!!
キキョウ、キキョウ、ボクをキキョウと同じ体にしてくれてありがとうぅっ!!」
「そ、そうよっ!あなたを変えたのは私なのよ!カル!あなたは私のものよ。未来永劫、わたしものなのよぉっ!!」
「うんっ、うんっ!!ボクはキキョウのもの!ボクの身も心も、ずっとずぅーっとキキョウのものだよぉっ!!」
顔を青く染め上げ、瞳を獣欲でぎらつかせながら、互いの体に深く埋めたものをより深く感じようと、キキョウとカルマインはどちらともなく腕を絡めあい唇を吸いあった。
「そう、今はお互いの欲望をぶつけ合っているがいいわ。これからあなたたちにも、たっぷりと働いて貰うんだから、ね…」
「ええ、わかっていますわ!人間共を、くびり殺すの、ですよねっ!!」
性交で顔を蕩かしながらも、キキョウの瞳が人間に対する殺意でギラリと光る。
「ああっ!ゾクゾクしちゃうぅっ!この手が、牙が、足の爪が疼くのぉっ!!
人間を早く刺したい、貫きたい、引き裂きたいってぇぇっ!!」
それはカルマインも同様で、猛禽のような脚から生えた爪をがちがちと鳴らし、辛抱できなくなったのかキキョウの肌にその牙を思い切り突き刺した。
「はあぁっ!カルゥゥゥッ!!」
「うあぁ!やっぱ牙で刺すの気持ちいい!でも、でも刺すだけでなく牙で、爪で切り裂きたい!やわな人間の体をバラバラにしたいよぉ!!」
髪の毛を振りかざして悶えるキキョウとカルマインに、テラスは冷たい視線を向けた。
「そう。そんなことは苦も無く出来ること。今の地上の人間の力では、私達皇魔に敵うものなど存在しない…」
そこまで言って、テラスはギリッと唇を噛む。
「でも、中にはいる。1000年前の戦いを知り、今日まで生きてきた奴らが………」
まずはそれらを片付けなければならない。殺すにしろ堕とすにしろ、こいつらのようにはいかないだろう。
「アナンシ」
「はいはい、テラス様………」
いつの間にかテラスの後ろに、中級皇魔族のアナンシが立っていた。
「お前は1000年前の戦いを知っているのよね。何しろ実際に戦っていたのだから…
なら、今生きている連中のことも知っているわけなのよね」
「そりゃあもちろん、知らないこと以外は全部知っているよ。ケケケッ」
なんかバカにされているような気がしないでもないが、構わずテラスは話を続けた。
「なら、知っている事全て言うのよ。そうすればやることもやりやすくなるんだから。
あんたたちも手伝って貰うからね!聞いてる?!」
相変わらず肌を重ねあっているキキョウとカルマインにテラスは鋭い目を向けた。
が、二人とも主人であるテラスに顔を向けることもなく生返事で返してきた。
「き、聞いてますよテラス様ぁ!!」
「任せてくださいよぉぉっボクたちにああっ、イイのぉそこぉっ!!」
本当に聞いているのか聞いていないのか…、テラスは多少呆れ顔でやれやれと首を振った。
2章終