2.各論
新政策の重点は、@
従来の経済支援の見直しと、A
インフラの整備に置かれているが、まず、@
に関しては、2007年1月1日より導入されている
親手当て(Elterngeld)が重要である。この制度は、従来の良き母親像を根本的に見直し、出産後、比較的早期に、女性が職場復帰することを促していることから、家族政策に関する「コペルニクス的改革」と目されている。仕事と子育ての両立を図る上で重要なインフラ整備は、就学前の乳幼児(特に3歳未満)の保育に重点が置かれているが、全日制の託児所を設置する計画については、現在でも激しく議論されている。
2.1.
親手当て(Elterngeld)の導入
仕事と家庭のバランスを改善するため、従来、連邦政府は育児手当て(Erziehungsgeld)と育児休暇(Elternzeit)を拡充してきた。特に、2001年元旦に発効した規定によって、実の親による育児は容易になったが、休職に基づく収入減は育児手当てによって十分に補填されるわけではなかった。そのため、育児休暇を長期にわたり取得する女性は経済的自立性を失い、男性や国に頼る状況に追いやられた。
このような状況を改善するため、ドイツは、「親手当てと育児休暇に関する法律」を制定し、スウェーデンの成功例をモデルにした親手当てを導入した。これによって、従来の育児手当て(Erziehungsgeld)は廃止されているが、出産前に働いていた者に対する経済支援は拡充される。つまり、出産・子育てを理由に休職する親には、休職前12ヶ月間の手取給料の67%(ただし、1800ユーロを上限とする)が国より支給される(第2条第1項参照)。なお、従来の所得が1000ユーロ未満の者については、その額に応じて、最高100%まで引き上げられる(第2条第2項)。また、出産前に所得が無い親には300ユーロの支給が保証される(同第5項)。
すでに一定の年齢未満の乳幼児がいる場合は、10%(少なくとも75ユーロ)上乗せして与えられる(第2条第4項)。また、新たに子供が生まれた場合には、それぞれにつき最低額(300ユーロ)が支給される(同第6項)。
なお、新制度は両親が重病や重度の障害を理由に育児を行えない場合等に関し、受給者の範囲を3親等まで拡大している。そのため、出生児の祖父母、おじ、おば、また、兄弟も対象になる。
親手当ての支給期間は1年間であるが(なお、申請により、親手当てを半額にし、給付期間を2倍にすることができる)、両親がそれぞれ育児休暇を取るときは、14ヶ月に延長される(例えば、母親だけではなく、父親も育児休暇を取るときは、両者を併せて14ヶ月となる)[1]。なお、各親にはそれぞれ2ヶ月の期間が留保されているため、一方が親手当てを取得しうる期間は、通常、12ヶ月までであるが、その範囲内であれば、双方で自由に分割することができる(例えば、母親8ヶ月、父親が4ヶ月と分けることができる。なお、双方が育児休暇を取るこのケースでは、どちらかがさらに2ヶ月間、親手当てを取得しうる)。親手当てを取得している期間中であれ、パートタイムおよび期限付き雇用に関する法律(Teilzeit-
und Befristungsgesetz (TzBfG))に基づく権利や、最高3年間の育児休暇を取得する権利は従来どおり保障される。
親手当ての給付を希望する者は、州の所轄官庁に書面で申請しなければならない(なお、インターネットによる申請も認められている)。出生後、直ちに行う必要は無いが、過去に遡って支給されるのは、申請から3ヶ月までである(第7条第1項参照)。
連邦政府は年間40億ユーロの予算を想定しているが、これは従来の育児手当ての予算規模を約10億ユーロ上回る(参照)。より大規模な支援策によって、出産・子育てを理由に休業し、所得を失うことから生じるリスクが軽減されるだけではなく、父親の育児参加(育児休暇の取得)も容易になる。また、手当ての支給額が12ヶ月ないし14ヶ月に制限されていることから、ドイツ政府は、両親の職場復帰が奨励され、特に女性の経済的自立性が保障されるとしているが、これによって法定の育児休暇期間(3年)の完全利用が妨げられるのではないかと危惧されている。その他にも、@
従来の所得に関連付けた経済支援では高所得者が優遇されることになるため、国は大卒者の出産を奨励しているとの印象を与えかねないこと、A
300ユーロの最低支給額は、低所得者ないし所得の無い学生にとって魅力的ではないこと、また、B
親手当ての額(つまり、出産前の所得)を増やすため、なるべく出産時期を遅らせ、最終的には、出産を見送らざるをえない者も生じうるとの批判がある。それゆえ、親手当てが出生率の向上に貢献しうるかどうかは定かではないが、立法者は、短期間で(2007〜2009年)効果は出ないと捉えている。モデル国であるスウェーデンでも、親手当ては、本質的に、出生率の回復よりも、女性の雇用率の上昇に寄与しており、労働市場政策としての性質を有している。
2.2. 養育費控除
子供のいる家庭の負担を緩和することは、ドイツ憲法(基本法)上の要請であり、連邦憲法裁判所の度重なる判断にも促され、税法上の優遇策が導入されているが、2006年4月制定の「租税による経済成長と雇用の促進に関する法律」[2]に基づき、所得税の養育費控除は拡充されることになった。現在、仕事のために、第3者に子供の世話を委託しなければならない親は、実際にかかった費用[3]の3分の2(ただし、子供1人につき、年間4000ユーロまで)を控除しうる[4]。対象となる子供は14歳までであるが、障害のある子供については制限が無い(所得税法(EStG)第4f条第1文)。なお、子供が両親と同居している場合は、両親とも働いていなければならないが(同条第2文、第9条第5項)[5]、両親とも仕事をしていない場合であれ、それが障害、長期の疾病または教育を理由にしているときは、同様の優遇措置が受けられる(第10条第1項第8号)。また、一方の親のみが労働に従事している場合であれ、3歳以上、6歳未満の子供の養育費については税控除が受けられる(第10条第1項第5号)。それゆえ、幼稚園に通う年齢の子供については、双方の親が仕事をしているかどうかを問わず、養育費の負担が軽減される。
子供が一方の親とのみ同居しているケースでは、その親の労働のみが問われるが、仕事をしていない場合であれ、前述したケース(子供が両親と同供している例)と同じように、例外が認められる。
2.3.インフラの整備
仕事と家庭(育児)の両立には、前述した経済支援よりも、インフラの整備がより重要となる。とりわけ、日中、子供を預けることのできる施設の拡充は、仕事との両立を図る上で欠かせないが、従来、ドイツ(旧西ドイツ地域)では、子育ては家庭で行うべきとの考えに基づき、このような施設は普及していない。学校入学前の幼児を対象にした保育施設の普及率はEU内で最低水準にあり、また、学校も正午には閉まってしまう。そのため、約3分の1の両親にとって、子育ては過重負担になっていると指摘されている。
もっとも、近時は、学校教育の全日制化が進められていることは前述した通りである(参照)。子供の学力低下が指摘される昨今、この試みは仕事と子育ての両立支援だけではなく、学校教育の充実化という側面を持ち合わせている[6]。なお、育児・教育施設の拡充は国(連邦)ではなく、州や地方自治体の権限・責務であるが、連邦政府も特に財政面で支援している(参照)。さらに、連邦家族省(BMFSFJ)は、州や地域と協力しながら、3歳未満の幼児(つまり、幼稚園入園前の子供)を対象にした日中の保育施設を整備・拡充する方針を打ち出しているが、朝から晩まで子供を第3者に預けることの是非、また、財政負担のあり方について様々な議論を惹き起こし、少子・高齢化そのものよりも大きな社会問題となっている。
議論の対象となっているのは、3歳未満の子供の3人に1人に日中の保育施設を保障するため、2013年までに施設数を75万に増やすとする連邦家族省(BMFSFJ)の計画であるが、このプランによれば、新たに設置しなければならない施設数は50万にも達する。提案理由として、連邦家族省は、確かに、国は国民の家庭生活や出産・子育てに介入すべきではないが、約90%の女性は第1子の出産前に働いており、国は現代的な家族の要請に応える必要があることを挙げている(参照
)。もっとも、この政策は、子育ては家庭で行うべきとする伝統的な子育哲学を大きく変えるものであり、保守派の強い反発を招くことになった。特に、カトリック教のWalter
Mixa司教は、連邦家族省の計画は子供の利益に反するだけではなく、若い女性を企業の労働力と位置づけており、女性を「産む機械」(Gebärmschine)になりさげてしまうと痛烈に批判した。批判は与党内からも発せられ、子供を国に預けることを奨励する新政策は、旧東ドイツ体制の復活につながると非難されている。なお、連邦家族省の計画に従い、全国に50万箇所の託児所が新たに設けられるにせよ、国内全域をカバーしうるわけではなく、3人に1人は利用しないか、または利用しえないとされている。つまり、普及率が著しく高くなるわけではないが、それでもなお厳しく批判されているのは、家庭より保育施設の方が良いとする観念の定着が危惧されているためとされている。
国内の有力メディアのDer
Spiegel
は、与党CDU(キリスト教民主同盟)内の議論は神経質になっているが、一般的には、連邦家族省(BMFSFJ)の立案は行き過ぎと捉えられていると報じている(Der
Spiegel 2007, Heft 9, Seite 52)。このような状況下、Merkel首相(CDU)の動向が注目されていた。キリスト教を信奉する保守系の首相は、当初こそ現代的な改革に態度を留保していたが、現在は連邦家族省の提案を支持している。また、2007年4月2日、連邦、州、地方自治体は、連邦家族省の提案に従い託児所を拡充することで合意した。もっとも、資金問題はまだ解決していないため、計画は実行に移されていない。連立与党のSPD(ドイツ社会民主党)は、子供手当てを1人あたり、10ユーロ削減し、託児所の設置に充てる案を提出しているが、同じく左派政党からは、保育施設を増設する代わりに、子供手当てを削減するのは、中間層に不利であるとして批判されている。また、von
der Leyen
連邦家族相の属するCDUも、ある家族が他の家族のために保育費を支払うのはおかしいとして、子供手当ての削減に反対し、一般財源からの支出を提唱している。なお、前述したように、保育施設の整備・拡充は州や地方自治体の管轄事項であるため、連邦が支出すべきではないとする見解もある一方で、国家予算の配分をめぐり、東西ドイツ間で対立が生じている。つまり、旧東ドイツ地域では、西側に比べ保育施設が整備されているが、従来、この問題に十分に取り組んできた州が全く予算を得られないのはおかしいとし、計画の実施に必要な財政問題に譲歩していない。
2.4.
その他の措置
(1)
窓口の一本化、ホームページの開設
前述したように、出産・育児を支援するため、従来より様々な公的措置が実施されているが、窓口が一本化されていないため、非常に分かりにくくなっている。また、連邦、州、地域の政策やその他の支援策が十分に調整されていないため、期待通りの効果が得られていないとの批判もある。フランス、ルクセンブルクやベルギーなどの周辺国の例にならい、管轄機関ないし政策を一本化する必要性はすでに指摘されているが、ドイツ連邦政府は、州の権限を考慮しながら、改善するとしている。なお、様々な家族支援策の内容を国民に知らしめるため、連邦家族省(BMFSFJ)は、2005年秋より ホームページ を開設している()。
(2)
子育てと両立可能な大学教育
女性の大学進学や長期間にわたる大学教育が出生率低下の一要因になっていることは前述した通りであるが、このような状況を改善し、子育てをしながら教育を受けることを可能にするため、ドイツ連邦家族省(BMFSFJ)は、大学だけではなく、後述する「家族のための地域連合」に環境の整備(特に、大学近辺に託児所を設けること)を要請している。
(3)
家族のための地域連合(Lokale
Bündnisse für Familie)
ドイツ政府は、仕事と家庭の両立支援が地域に与える影響力にも注目している。つまり、保育施設の増設は新たな雇用を生み出すだけではなく、母親の職場復帰を容易にするため、地域経済を活性化する。また、中小の市町村は、子供のいる家庭の都市部集中を抑えるためにも、家族に有利な環境を整える必要があるが、このような点を考慮し、連邦家族省(BMFSFJ)は、2004年、「家族のための地域連合」(Lokale
Bündnisse für Familie)を立ち上げ、地域の公的機関、政治・経済界、教会や福祉団体などが協力し、地域独自のニースに応じたプロジェクトを策定・実施することを支援している。すでに多数の地域連合が組織され(連邦政府によると、2006年末までには少なくとも600の連合が国内に設けられる)、保育施設の設置やフレキシブルな学校教育制度の導入を試みているが、各連合の組織や政策は、連邦家族省のホームページ でも紹介されている
。
(4)
家族のためのアライアンス(Allianz
für die Familie)
また、連邦家族省(BMFSFJ)は、経済界、労働組合、財団および学術の各分野の代表者で構成される「家族のためのアライアンス」(Allianz
für die Familie)を2003年中旬に発足させ、家庭と仕事の両立に重点をおき、様々な試みが実施されている。その例として、フレキシブルな労働時間制度を持った雇用・賃金契約モデルの作成や、保育施設の開業時間の調整などが挙げられる。
(5)
企業ネットワーク『成功要因としての家庭』(Unternehmensnetzwerk
"Erfolgsfaktor Familie)
さらに、連邦家族省(BMFSFJ)はドイツ商工会議所(DIHK)と共に「企業ネットワーク『成功要因としての家庭』」(Unternehmensnetzwerk
"Erfolgsfaktor Familie) を発足させ、仕事と家庭の両立促進に関心を持つ企業・組織間のネットワークを構築している。
近時、ドイツの生徒の学力低下が問題視されており、半日制という特殊な教育システムの見直し、また、全日制の利点(単に教育の充実化だけではなく、子供の社会性や、いわゆる食育の発展など)が指摘されている。この点について、ドイツ連邦政府のホームページ を参照されたい。
|