日本の「信じられる連続性」

フィナンシャル・タイムズ2009年9月2日(水)07:09

(フィナンシャル・タイムズ 2009年8月31日初出 翻訳gooニュース) FT国際コラムニスト、ギデオン・ラックマン

世界的な景気後退が昨年始まった時、日本の経験は欧米にとって恐ろしい教訓になると言われていた。未曾有の経済危機を前に米国や欧州連合(EU)が正しい政策を実行しなければ、欧米も日本のような「失われた10年」を経験し、そのあとも日本のように何年も経済成長率が伸びないおぼつかない状態が続いてしまうのだと、当時よく言われていた。

その日本はここへきて30日の選挙で、50年以上続いた自民党長期政権に決別し、民主党を与党に選んだ。おかげで今や欧米では、新しい「日本がたり」が繰り広げられている。いわくこれは「政治的な革命」なのだとか。あるいはこれで日本は何年も続いた停滞の日々に別れを告げられる、これは日本にとって大きなチャンスなのだとか。

しかしどちらの「日本がたり」も、間違っている。民主党は実は、そこまで大きく日本を変えたりしないだろうし、そうするべきではないからだ。というのも過去20年間の日本の物語は、欧米の論調が言いたがるほど惨めなものでは決してなかったのだから。

確かに1990年に資産バブルが弾けてからというもの、日本経済はのろのろとしか成長せず、株式市場は下落、財政赤字は恐ろしいほどの額にふくれあがった。けれどもこうした困難があったにせよ、日本はその後もずっと正気で、安定していて、豊かで、エキサイティングな国であり続けた。政治的にも文化的にも、そして経済的な意味でさえも、日本は欧米にとって警鐘どころではない。むしろ長く苦しい時代をどうやって乗り越えるかのヒントとなる、日本は見事なお手本なのだ。

相対的な経済停滞が続いている間ずっと、日本の有権者が繰り返し自民党を与党に選び続けたことは、多くの外国人を当惑させた。それは日本がある意味で民主的な国とは言いきれないからだ――などという意見もあった。しかし日本は変わろうとしていた。変わろうとする意志はあった。たとえば日本はあの派手で華やかな小泉純一郎氏を信任したのだ。おかげで小泉氏は2001年から2008年にかけて、日本を以前よりも自由市場主義的な方向へ引っ張ることができた。そして日本は今度は、小泉氏ほどアメリカ流に傾倒していない、鳩山由紀夫氏と民主党を選んだのだ。

しかし日本が変化を選ぶとき、それは常に一定範囲内での変化にとどまるものと相場は決まっている。たとえば欧米の発想からすると、ひどい不況は過激な政治運動を引き起こしかねないという懸念がある。アメリカ政治の論調は時にそれぐらいヒステリックだし、欧州では極右や極左の政党が票数を伸ばしているから、心配するだけのことはある。しかし20年近くにわたる苦しい時代を経ても、日本は一度たりとも、過激主義に浮気することはなかった。

というのも(外国人はなかなか認めようとしないが)、日本は実は言われているよりはずっと上手に、厳しい経済状況に対応してきたからだ。たとえば英「エコノミスト」誌はたびたび、日本の「人をがっかりさせる才能は見事なものだ」などと書いてきた。確かに外国人投資家にとっては、日本の株式市場はここ20年ほど、がっかりする場所だっただろう。なにせバブルのピークには3万9000円をつけていた日経平均株価が、今は1万500円かそこらなのだから。日本人はそのほかにも、いわゆる「死に体」企業をもっと情け容赦なく処理しようとしないとか、いつまでも「終身雇用制度」のような古くさい慣習にしがみついていると、外国人からやたらと非難されてきた。

しかし日本は景気後退の最もひどい社会的影響のショックをなんとか和らげようと努力してきたのであって、その努力はちゃんと成果を出した。確かに先週には世界不況のせいで日本の失業率が過去最悪の5.7%になってしまった、これは大変なことだという論調の見出しが各紙を飾った。しかし5.7%というのは過去最悪と言っても、米国やユーロ圏の9.4%に比べればかなりマシな数字だ。確かにおそらく、公式の失業率の背後には見えない失業が潜んでいるのだろうが、それは欧米でも同じことだ。

日本人は自分たちの職を必死で守ろうとした。だから労働市場はやや硬直的だったし、経済成長はその代償を払う羽目になった……が、それは耐えられないほどの大きな代償ではなかった。学者たちが息せき切って「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと論文を次々と書いていた時代はとっくの昔に終わった。それでも、日本経済は停滞していると20年間言われ続けながらも、日本は未だに世界2位の経済大国なのだ。日本の大企業は未だに、世界で有数の競争力を誇る製品を作り続けている。たとえばトヨタ自動車は、プリウスのように、ハイブリッド自動車の開発で世界をリードしてきた。

そして東京という街はとてもではないが、慢性的な不況に陥っている国の首都とは思えない。東京のレストランはパリよりもたくさんミシュランの星をとりまくったし、フィナンシャル・タイムズのスタイル専門家、タイラー・ブリュレはひたすら東京のあちこちを歩き回っては、最先端のデザインを見つけてくる。日本がいかにスタイリッシュな国か、世界的な評価は正しいのだ。いわゆる「失われた10年」の直後に、日本が2002年のサッカー・ワールドカップを主催した時には、実に明るく、実に温かい歓迎ぶりで世界を迎え入れてくれた。共催国・韓国の薄気味悪い愛国主義とは、嬉しいほどに対照的だったのだ。それに日本人は、サッカーもできる。日本代表は2004年のアジア杯決勝戦のため北京入りして、そして無事に生還してきた。

もちろん日本にも問題はある。平均寿命はひたすら伸び続けていて、人口は減り続けている。日本人の5人に1人は65歳を超えているのだ。民主党は年金の支給額や育児手当を増やすと約束している。加えて減税も。どうやったらその計算が成り立つのか、よく分からない。今の米英は、自分たちの公的債務が国内総生産(GDP)の80%に達してしまいそうだと心配しているのだが、日本の公的債務は200%に近づきつつある。

日本は確かに高齢化社会の問題に取り組もうとしているが、その対策の一部ははっきり言って気持ちが悪い。たとえば日本は、お年寄りの世話をする介護ロボット開発で、世界の先頭を走っている。介護ロボット「よりそいイフボット」は、報道を信じるなら「宇宙服を着て、天気の話をしてくれて、歌を歌い、ゲームをする」のだそうだ。

笑っている場合ではない。アメリカやヨーロッパは今や、バブル経済のその後の惨状に直面し、財政赤字の拡大や団塊世代の大量退職に直面しているのだから。むしろ敬意をこめて日本を見つめるべきだ。日本こそ、自分たちの未来の姿かもしれないのだから。


フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。

(翻訳・加藤祐子)

 

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