都会の「限界集落」と呼ばれる戸山団地にも、政権交代を求める風が吹いた。年金、医療、そして介護。老後の安心が揺らぐ中で、初めて民主党に1票を託した人も少なくない。「切り捨てられた」という静かな怒りを受け止めることができるのか。新政権は重い課題を背負っている。【工藤哲、林哲平、長野宏美】
どんよりとした空から、小さな雨粒が落ちる。30日朝、団地前の新宿区立西戸山小に設けられた投票所には、50メートル近い列ができた。団地の高齢化率は5割を超え、住民の4人に1人を75歳以上のお年寄りが占める。投票所でも、付き添いの人に支えられながらつえをついて歩く人や、車いすに乗ってスロープを上る人の姿が目立つ。
「苦しい生活を強いられている国民の気持ちを無視している」。夫婦で投票に訪れた男性(70)は、何十年も自民党を熱心に支持してきたが、今回は民主党に1票を投じた。首相がころころと3人も代わった末に、麻生太郎首相が「アニメの殿堂」構想を掲げた時、堪忍袋の緒が切れたという。
1人暮らしの猪爪好子さん(85)は、選挙のたびに投票先を考える。今回は「人生で最後かも」という思いで民主党を選んだ。息子は60歳。「後の世代はいい社会にならないと困る」という。
リウマチで手足が不自由な女性(75)は、3日前に郵便投票を済ませた。体が不自由でも投票できるのはありがたいが、「何度も郵便でやりとりするので税金がもったいない」。証券会社に勤めていたことがある。これまでは、自民党を支持してきたが、今回は迷った末に、小選挙区は民主党、比例代表は自民党を選んだ。政権交代を望むが、民主党の圧勝が伝えられるのを見て「調子に乗ってほしくない」と思った。
腰を曲げ、カートを押しながら投票に来た女性(90)は、両手でハンドルをつかんで体を支えているため、傘をさすことができない。雨が強かったら、投票はあきらめようと思っていた。「どうせ変わらないでしょ。だったら今まで通り自民党に任せればいい」。民主党に投じる気持ちにはなれなかった。「なかなか出かけられないから、ついでにできることはやっちゃうの」。そう言い残すと、近くの美容院へゆっくり歩みを進めた。
「歴史に残る選挙になるでしょう? だから身ぎれいにしなくちゃって、昨日髪を切りに行ったんだ」。白髪をきれいに整えて投票に訪れた男性(89)は、やはり自民党支持者。今回も小選挙区では自民党を選んだものの、比例では初めて民主党に1票を投じた。自民党に一度政権から降りてもらうタイミングだと考えたからだ。
「後はいかによりよい余生を過ごせるかだけ」。関心があるのは年金や医療。小手先の改革では、現状は変えられないと思っている。
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([]は左から前回の小選挙区・比例→今回の小選挙区・比例の投票行動)
◆男性(63)
[共][共]→[民][民]
久しぶりの選挙でうっ憤がたまっていた。政権交代で政治家も緊張感を持てる
◆男性(68)
[自][自]→[民][民]
世襲構造の自民党を壊したかった。首相がころころ代わったりして情けない
◆女性(70)
[自][自]→[民][民]
どの党でも、誰がやっても極端には変わらないと思って民主党を選んだ
◆男性(73)
[民][民]→[民][民]
何十年も自民党政権が続き、おごりやひずみが露呈した。政権は代わった方がいい
◆女性(79)
[民][社]→[民][社]
政権交代してほしいから民主党に入れた。自民党は我々のために何もしてくれない
◆女性(79)
[自][自]→[民][自]
政権は代わってほしい。民主に偏り過ぎるのもよくないと思い、比例は自民にした
◆女性(83)
[自][自]→[民][民]
初めて自民以外に入れた。小泉首相に期待したが高齢者の生活は厳しくなるばかり
◆女性(84)
[自][自]→[民][民]
自民一筋だったが、ここ数年貧乏人は医療、年金などの面で裏切られ続けてきた
◆男性(86)
[共][共]→[民][民]
今の与党は国民を幸せにしない。庶民の気持ちが分かってくれそうな民主に期待
◆男性(88)
[民][民]→[民][民]
鳩山さんは政治家らしい顔つきになってきた。問題は出てくるだろうが頑張って
毎日新聞 2009年8月31日 東京朝刊