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失職自分も見失う2009年05月05日
3月上旬、地裁浜松支部1号法廷。林啓治郎裁判官は、細身の男性(42)に向かって繰り返し尋ねた。 「(執行猶予になったとして)生活費はあるのですか」 男性は昨年12月、ラーメン店で天津チャーハンとギョーザ、ネットカフェで利用料とビーフカレーの代金を支払わずに逃げたとして、詐欺の罪に問われていた。 生まれは北海道。自動車会社や貴金属販売などを経て、04年に派遣会社に登録。昨年4月からスズキ磐田工場に派遣されていた。派遣会社の用意したアパートで暮らし、繁忙期には手取り約20万円の給料をもらっていた。 ■ しかし、「百年に一度」と言われる経済危機が、男性の暮らしを変えた。 スズキは昨年10月に08年度の営業利益予想を当初より約3割減の1千億円に修正。約850人いた派遣社員は昨年末までにいなくなった。 男性は11月末で職を失った。派遣会社からは「仕事がある時に連絡する」と言われたが、連絡は来なかった。パチンコでカネを増やそうとして、あっさり負けた。そのままアパート退去期限の12月20日を迎えた。 クリスマス・イブ。居場所がなく、午後10時半ごろ、袋井市内のネットカフェに身を寄せた。翌日午後2時までの利用料、途中で食べたビーフカレー代、合わせて5300円を払わず逃げた。 26日夜。今度は同市内のラーメン店に入り、天津チャーハンとギョーザを食べた。携帯電話をかけるふりをしながら店を出て、代金1280円を払わずに逃げた。携帯は料金不払いで通信をストップされ、時計代わりに持っていたものだった。 「このままでは犯行がエスカレートして人を傷つけてしまうかもしれない」 墜(お)ちていく自分が怖くなり、その日のうちにJR袋井駅前の交番に自首した。所持金はわずか14円だった。 3月17日、懲役1年6カ月、執行猶予4年の判決が下された。林裁判官は「動機は身勝手で短絡的」とする一方、母親からの送金などで弁償していることや、就職先を探す努力をしたことを「くむべき事情」とした。 男性は終始、感情を表面に出すことがなかった。だが、初公判の終わりにたった一度だけ、声を詰まらせた。 「(ラーメン店とネットカフェで)従業員が責任をとらされていないか。自分みたいな人が増えたのではないかと考えたりしました」 ■ 静岡労働局によると、昨年10月から今年6月末までの、県内の非正規労働者の失業見込み者数は全国で3番目に多い7986人。うち7割弱の5316人は派遣労働者だ。「景気の調整弁」としての雇用のあり方に批判も集まるが、経営者側には肯定論が根強い。 スズキの鈴木修社長は「小泉内閣の時に議論しなくて、今になってああでもない、こうでもないと言っている。こんなことになるとは思っていなかったのでは」とした上で、「若い人は様々で『おれは派遣がいい』という人もいる。今はえり好みしているから職がない状況だ」。 ヤマハの梅村充社長は「将来的に国内の労働人口が減ることを考えると雇用形態はフレキシブルであるべきだ」とした。 ◇ 05年郵政選挙で当選した現職の衆院議員の在職日数が、戦後憲法下で2位に浮上した。当時、有権者は小泉改革に喝采を送り、自民党は圧勝を果たした。小泉氏が総理の座を退いてから3年。総選挙が刻一刻と迫る中、改革が残したものを報告する。 ■労働者派遣法 86年に通訳や秘書など専門職に限り施行された。その後対象業種が増やされ、小泉政権下の04年には製造業への派遣が解禁された。国際競争力の強化と雇用確保を理由に、派遣労働の規制緩和を求めてきた経済界の声に応えた形だ。 厚生労働省によると、企業の雇用調整で職を失う派遣労働者は昨年10月から今年6月までに12万5339人に上るとみられる。
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