第157回
田臥勇太(バスケットボール)
人気低迷が囁かれている日本バスケットボール界にひとりの男が帰って来た。試合会場はファンで溢れ、チケットが売り切れるなど、かつてない盛り上がりを見せている。ファンのお目当てはもちろん、能代工高時代に天才の名を欲しいままにした田臥勇太だ。
173cmと体は小さいが、スピードに乗った鋭いカットインでゴールを決め、マジック・ジョンソンばりのノールックパスでアシストする。ひとりの高校生のプレイを見ようと東京体育館に1万人の観客が詰めかけたことは、日本バスケット界の語り草になっている。日本人でNBAに最も近いと言われた男がJBLデビューを飾ったのだから大騒ぎになるのは当然だ。ホットなニュースの少ない中で、田臥のトヨタ自動車入りは"事件"だった。
「ボクにはやりたいことがひとつしかない。バスケットだけなんです。だから、バスケットをやる上で何が一番いいのか。それを考えたら、ハワイにいるよりも日本でプレイする方がいいと。トヨタに入団を決めたのもプロとしてバスケットに集中できる環境が整っていたこと、そして自分のプレイを磨けると思ったからです」
'99年にブリガム・ヤング大学ハワイ校へ留学したが、2年間は単位取得やケガのためにプレイできなかった。初めて選手登録された'01年は全試合に先発出場し、MVPに選ばれたゲームもあったがチームに満足はできなかった。
「個々の身体能力はすごいですけど、戦術的なものがなく自分勝手にプレイする。それに物足りなさがありました。でも、行かなければ向こうのレベルも、自分が通用する部分もわからなかった。それに、英語を勉強できたので、トヨタではブライアン(・ヘンドリック)やチャールズ(・オバノン)とは一応話ができますからね」
話題を集めたスーパールーキーのデビューはベンチからだった。開幕から3ヵ月たった今も状況は変わらないが、コートの外から学ぶことも多い。ポイントガードは、視野の広さ、判断力、チーム戦術を把握することなど様々な役割が必要とされるポジションだ。ルーキーの田臥にとって、昨年チームを初優勝に導いたベテラン・棟方公寿は格好のお手本となっている。
「人の癖を見抜くこと、状況判断などはすごい。ポイントガードってこういう人なんだなと思いました。バスケットを始めてからスタメンを外れたことはなかったんですが、今はゲームの流れを変える、流れをキープする、どんな状況の時にも出られる準備をしています」
チェンジ・オブ・ペースを駆使した彼独特のドリブルでリズムを変え、スピードに乗ったオフェンスでゴールを奪い、何度もトヨタに勝利を引き寄せてきた。しかし、このまま控えに甘んじるつもりはない。ファンが見たいのはコートの中の田臥だ。
「スタメンでやりたい気持ちは常に持ってるし、それがないとレベルアップできない。今までは、何とかチームに貢献しなきゃと考えすぎて、自分の持ち味を忘れてました。パスをしないとオフェンスのリズムが崩れるんじゃないかと。そうしたら、小野さん(ヘッドコーチ)に「自分を出せ」って言われて、その言葉ですごくリラックスできました。これからは迷わずどんどん攻めていきます。パスもさばけて得点も奪う、それがボクの理想です」
'76年モントリオールオリンピック以来、五輪出場を逃している日本バスケット界にとってもJBLにとっても、田臥は救世主と言える存在だ。レギュラー取り、リーグ優勝以上の何かを期待されている。
「やっぱり、(バスケットを)やっている以上最高のところを目指してます。NBAでやりたい気持ちは変わってない。それに、今年はアテネオリンピックの(アジア)予選があるので、日本代表に入りたい。と言うより選ばれなきゃいけないですね。だからこそ、もっとうまくならなきゃいけないし、色々な経験を積みたい。そのために、今はトヨタの一員として優勝に貢献する。限られた出場時間の中で、どうアピールできるか。どんな状況であっても自分のパフォーマンスを見せます」
「日本人初のNBAプレイヤー」そして、「28年ぶりのオリンピック出場」のための、今は修行期間。夢を叶えるためのレベルアップを田臥はこれからも続けていく。
取材・文:福井手結子(ぴあ)/撮影:スエイシナオヨシ
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