Twitterを「Winny」で検索していたところ、コンテンツ学会企画の津田大介氏の講演(「コンテンツビジネスと著作権-最新動向(仮)」)があったようで、数人の人がそれをTwitter中継しているのを見かけた*1。それらの内容からすると、津田氏はWinnyに対して浅薄な理解しかしていないように見受けられたので、どういう理解をしているのだろうかと、「Winny 津田大介」でWeb検索してみたところ、今年の1月に出鱈目な著作権問題評論を展開していたのを見つけた。
津田大介:著作権っていまモーリーさんが仰ったみたいに、実は著作権ってすごくそういうときに「悪用」って言ったらおかしいけど、利用されやすいんですね。たとえば、明確に日本の法律でコンピューターウイルスを作成したのって、どういう罪に問われるんだろうって時に、結構微妙なんですよ。
モーリー:ふーん。
津田大介:コンピューターウイルスって、作者は明らかに被害を及ぼしているわけじゃないですか。ウイニーを使った情報漏えいウイルスを作ったりコンピューターに破壊活動を行わせるようなウイルスを作ったときに、その作者はどういう罪状でどういう対応をしてどういう署名*2をして起訴までいこうかと考えたときに、逮捕までいくのが結構大変で、そういうときに一番わかりやすかったのがウィニーを使ってるとどうしてもいろんなところにアップロードをしまくるという特性があるので、あれは非常に著作権侵害なりやすいツールなんですね、法律的にも。そこでウイルス作者を著作権侵害で逮捕したりするんですよ。ほんとに結構そういう例っていうのは結構あって、本来それは著作権侵害ではなくてもっと悪いことしてるよねみたいなときに、そういう著作権侵害っていうのが都合よく使われている。
モーリー:別件…
津田大介:別件とまでは言わないですけど、やりやすい方法で著作権が利用されて逮捕されたりとか、逮捕じゃないけれどそうやって一部から脅される口実に使われたりということがあって、本来的な著作権の使い方とは違うんですよね。あれってもともと創作者が経済的利益や人格的利益を守るためのものなのが、方便としてそういうふうに使われてしまっているというのが非常にぼくは歪んだ状況だと思います。
津田大介氏にインタビュー 著作権の現在について(2), Posted by i-morley, 2009年01月16日
ウイルス作者が起訴されたといえば、2008年1月逮捕の事件しかまだない。この件について、津田氏はようするに、「ウイルス作者もWinnyで(アニメ等の)ファイル共有をやっていたので逮捕された」という意味のことを言っている。
もう少し詳しくすると、「警察は、ウイルス作者を逮捕するにあたって、当該ウイルス作者がWinnyで(アニメ作品等の)著作物のファイル共有をしていた(他のWinny利用者らと同様の行為として)ため、それら(アニメ作品等著作物)の公衆送信権侵害(という、ウイルスとは全く無関係の事実)で逮捕したのだ」ということ*3。
それは全くの出鱈目だ。
この事件で罪とされたのは、著作権法113条6項(罰則は119条2項1号)の著作者人格権侵害である。*4
この事件の判決は次のようなものだった。
本件は,被告人がした名誉毀損(判示第1)と,著作物であるアニメーション番組の静止画情報を,自己が作成した感染者のパーソナルコンピュータのハードディスク上の情報を破壊するなどの機能を有するコンピュータウィルスに添付した上,ファイル共有ソフトである「Winny」により自動公衆送信し得るようにして,著作権(公衆送信権)を侵害するとともに,著作権者の名誉又は声望を害する方法により著作者人格権を侵害した(判示第2)という事案である。
被告人は,平成18年1月ころから,
(中略)
アニメーションの画像等が感染者のパーソナルコンピュータのモニター上に表示されれば,感染者が動揺したりその画像に注意を惹かれるなどして対応が遅れ,コンピュータウィルスを機能させることができると考え,平成18年8月ころから,アニメーションの画像にコンピュータウィルスを添付したものを,上記と同様に動画ファイルに偽装した上,Winny等で自動公衆送信するようにもなり,判示第2の犯行に及んだ。以上のとおり,判示第1の犯行は,(略)。
また,判示第2の犯行は,上記のとおり,被告人が,自己の作成したコンピュータウィルスが思惑通りに機能することを企図したものであって,その経緯や動機にも酌量の余地はない上,その態様も,上記同様動画ファイルに偽装するなど巧妙であるし,この犯行も被告人が繰り返していた同様の犯行の一端であることからすると,この犯行の犯情も悪い。著作権者らは,被告人に勝手にアニメーションの画像を用いられて自動公衆送信され,その著作権が侵害されただけでなく,同画像をコンピュータウィルスに添付されアニメーション番組の名前を冠したウィルス名が付されるなどして悪用されて,同著作物の社会的な評価が傷つけられるなどしており,著作権者らの憤りも強く,同犯行も軽くみることはできない。
以上の諸点に照らすと,被告人の刑事責任は重く,被告人に対し,罰金刑を選択することはできず,懲役刑を選択するのが相当である。
しかし,他方で,被告人が,本件の捜査の過程で,判示第1の被害者やその家族の被った被害や迷惑を知り,今では被害者らに申し訳ないことをしたと反省し,また,判示第2の犯行についても反省の態度を示し,今後はWinnyを利用せず,コンピュータウィルスを放流することもしないと誓っていること,(略)など,被告人のためにしん酌することができる諸事情もあるので,社会内で更生する機会を与えるのが相当であると判断し,刑の執行を猶予することとした。
京都地裁 平成20年5月16日宣告 著作権法違反,名誉毀損被告事件 判決要旨(量刑理由)より
津田氏は冒頭のインタビュー(引用部最後の段落)で、「本来的な著作権の使い方とは違うんですよね。あれってもともと創作者が経済的利益や人格的利益を守るためのものなのが、」と言っているが、この事件はまさに、「創作者の人格的利益」が毀損されたものであって、津田氏はまるっきり事実を取り違えて話していることがわかる。
しかも、この事件のウイルス作者は、公判の被告人質問で次のように述べたと報道されている。つまり、アニメや映画などの著作物をWinny等でダウンロードする人々に対して(怒りを覚えたのか)ダウンロードをやめさせるつもりでやったのだという。
(略)被告は被告人質問で、「ネットの掲示板を見て、ウィニーの利用者は遊び半分で映画やアニメを無断でダウンロードしていると思った」とウィニー利用者への不信感をにじませた。さらに、「映画やアニメがウィニー上で無断でダウンロードされることが続けば、(テレビ局は)映画やアニメを放送しなくなってしまうと思った」と述べた。
(略)被告はテレビで放映されたアニメや映画を録画して観賞する趣味があり、今後もこの趣味を楽しむために「ウイルスを散布して(ウィニーでの違法ダウンロードを)阻止しようと思った」と動機を話した。
(略)「映画などを取り込んでいる人のほうが悪いと思っていた。今は、アニメ画像を(たとえ)1枚でも無断で使ったことを悪く思っている」と反省の弁を述べた。
「ウィニー利用者懲らしめる」 ウイルス作成の(略)被告、身勝手な動機, 産経新聞, 2004年4月17日
「アップロードする人が悪い(ダウンロードする人は悪くない)」という津田氏(やMIAU)の立場と対照的なわけだが、それはともかく、こういう動機でそうしたというのだから、このウイルス作者自身が、鑑賞する目的でアニメや映画をダウンロードしたり、ましてや共有状態にして放置したなどという事実はなかったに違いない。*5
それなのに、津田氏は、「ウィニーを使ってるとどうしてもいろんなところにアップロードをしまくるという特性があるので、あれは非常に著作権侵害なりやすいツールなんですね、法律的にも。そこでウイルス作者を著作権侵害で逮捕したりするんですよ」と、ありもしないことを憶測で言い、被告(現在は判決が確定して執行猶予中)が憎んだであろう人々と同類にしてしまっている。
事件当時、新聞各社が連日たくさんの記事を書き、たくさんの新聞社が社説を出したし、公判中にも上記のように報道が続けられていた。著作者人格権侵害で起訴されたことは、起訴時にスラッシュドットのストーリにすらなっており(「ウイルス頒布の院生、著作者人格権侵害で起訴、名誉毀損容疑で再逮捕」)、「ウイルス 起訴」でWeb検索するだけで見つかる。津田氏は、ジャーナリストなのだから事件の情報ソースに当たる役割もあるはずだろうし、なにより著作権問題を専門とするのだから、非常に珍しい著作者人格権侵害罪での刑事事件が起きたなら注目してしかるべき(この事件における著作者人格権の意義についての論評さえ期待されるところ)であり、それに気づかなかったなどとはあり得ない話だ。
言うまでもないことだが、根拠をろくに確認することなく思い込みで評論することは避けるべきである。たくさんの純真な人々が敬慕して話に耳を傾けてくれる状況ならだ。「政治に文句を言う」のは結構だけども、ありもしない事実を流布して人々に錯誤した不満を募らせるようなことをするべきではない。
(おわり)
ついでに別件について。検索していたところ、「ぐだぐだPodcast 第33回:tsudaさん登場回後編」というポッドキャストがあった。終盤で津田氏が、「tsudacchi(津田大介名言集)」というTwitterアカウントについて、友達が作ったという話の流れで、「で俺最初はそれパスワードも知っていたんで、さすがにそれは名言じゃないなっていうのを自分で消したんだけど、消したら、パスワードを変えられていて、」と述べている*6が、このような発言には気をつけるべきである。「パスワードを知っていた」というのが、仮にアクセス権者から何らかの理由で知らされたものだったとしても、当該パスワードを使用する段階で「利用権者の承諾を得てするもの」であったと言えなければ、不正アクセス禁止法3条(2項1号)違反である。この法律の法益は、目的が「アクセス制御機能により実現される電気通信に関する秩序の維持」とされているように、社会的法益であるので、利用権者に被害感情があるか否かは関係がない。そういった行為が安易に真似されることのないよう、その時点で利用権者の承諾を得て入力したものであったとわかるように話す必要がある。
上記の点について、津田大介氏が釈明をしている(「Posted at 12時30分」)。
ようするに、発言の方向性が概ね正しければ、その論拠として最大限強烈な題材を持ってくるにあたって、その題材が実は曖昧な記憶に基づく事実でない捏ち上げで、実際にはそこまで酷い話ではないのであっても、発言の方向性が概ね正しければ「事実誤認をしていたとは思えない」という。*7
これが日本のジャーナリストの職業倫理なのか。
ありもしない虚偽事実を吹聴された元被告の名誉はどうなるのか。*8
そもそも、あの事件は、名誉毀損や著作者人格権侵害が甚だしく、それらのみで十分に処罰するに値する犯情があると判決で示されている。判決ではウイルスそのものの被害(ウイルスを誤って実行した人々の被害)については触れられていない。そういう事件が、ウイルス作者であることと関連付けられて大きく報道されたのは、当時、ウイルス罪新設の刑法改正案が国会で店晒しになっていることに対する世間の苛立ちがあり、それをマスコミが汲み取って世論形成を促すのにも(弊害なく)活用できるものだったからで、そうだからといって、当該事件におけるウイルスを用いた名誉毀損や著作者人格権侵害の罪の判断が不当だなどという理屈は、非論理的である。
*1 たとえば、A氏による中継、B氏による中継、C氏による中継。
*2 引用時註:「証明」の誤入力?
*3 でなければ、「ウィニーを使ってるとどうしてもいろんなところにアップロードをしまくるという特性があるので」という部分が意味をなさない。ウイルス作者は自らの意思で積極的にウイルスをアップロードしていたわけで、そのことは自明だからだ。
*4 この事件では、著作権侵害の他に、当該ウイルスの呼び名にされた人物に対する名誉毀損の罪でも起訴された。
*5 実際、2008年1月27日の日記で調べた際には、ウイルスのファイルばかりがキー発信されている様子だった。
*6 ちなみに、30分50秒から「もう先進ユーザーって名前じゃなくなった。今は『インターネットユーザー協会』。最初は『先進ユーザーの会』って言ったら『お前らが先進ってなんだ』『俺らを馬鹿にしてるのか』みたいなことを言われて、でーなんか、『はいはい先進ユーザー様』みたいな書かれ方したんで、もうやめよーぜーって言ってやめたら、『お前らが俺らの代表面すんな』みたいなこと言われて、じゃあどっちにすりゃいいんだと。もう、めんどくせーなーっていう。」という発言もあった。それは、どちらもMIAUの実態ないし理念を直接的に表現した組織名になっていなかったからだろう。思うに、「インターネットフリーダムユーザー協会」という名前でどうだろう。「フリーダム」の本来の意味でも、あるいは近年の日本での狭められた意味でも、ちょうどしっくり来るのではないか。
*7 本来ならば別の正しい案件を例示するべきで、そのときに、今回の「ウイルス作者逮捕のために、無関係なファイル共有行為で逮捕した」という(架空の)例示ほど、強烈なインパクトを聴衆に与えることができたか、ということを考えた方がいい。
*8 実際、当該記事のはてなブックマークコメントを見ると、事実を取り違えた信奉者が湧いてきている。