あるきっかけで、あるダウンロード違法化反対家の人の、自宅のものと思われるIPアドレスを知ってしまった。知ることができたのは、2007年と2008年のいくつかのある日におけるIPアドレスである。そのIPアドレスを手元のWinnyノード観測システムの接続ログと突き合わせてみたところ、5回の日時において、WinnyノードのIPアドレスとして観測されていたのを見つけた。
それらのIPアドレスがソースとなっていたキーを抽出し、16日の日記の方法で視覚化したところ、図1のとおりとなった。
他の区間でどうだったかを調べたいところだが、2007年の部分と2008年の部分では、ISPが異なっており、ポート番号も「4857」と「3857」という具合*1に違っていた。
一般的に個人宅に割り当てられるIPアドレスは時々変化しており、それを追跡することは通常、簡単でない。仮にポート番号が一定だとして、ISPとポート番号の組で1つに絞り込めるかというとそうではなく、数人ほどの人々が同じISPで同じポート番号を使用しているようなので、機械的には絞り込めない。
ところが、この人の場合、使用しているのがWinnyではなく、Winnypだった。Winnyネットワークに現れるノードのうちWinnypの割合は 7% ほどであるため、WinnypであることとISPとポート番号によって、機械的に1人に絞ることができてしまった。
図1の既知の区間からその前後のIPアドレスを手繰っていったところ、連続して追跡することができ、途中でポート番号が変えられていたけれども、ポート番号の変更とIPアドレスの変更が同時ではなかったため、続けて追跡することができた。ポート番号は「8356」→「8357」→「3857」→「4857」→「3857」という具合*2に変えられていた。
こうして追跡していくと、最終的に観測開始当初から現在まで辿ることができ、まさに今、当該IPアドレスでWinnypが稼働中であることも判明した。*3
全期間について当該ノードのキーを抽出してみたところ、図2(旧システム観測分)と図3(新システム観測分)のとおりとなった。
このグラフの形状から、同じ人の「Cache」の内容を継続して抽出できていると推定できる。空白の区間が何か所かあるが、ここは該当するIPアドレスを見つけることができなかった*4。Winnypが稼働していなかった期間なのかもしれない。
グラフの最初の立ち上がりを見ると、16日の日記で示した事例に比べて、極端に早く立ち上がっていることがわかる。おそらくこれは、観測を始めた2006年8月末の時点で、既に3000個ほどのファイルが「Cache」フォルダに溜め込まれていたことを意味するのではないかと考えられる。グラフの傾きから推定して、この時点で既に何年も稼働させっぱなしだったのではないだろうか。(もしかして、Winnyが登場したときからずっとなのだろうか。)
図2では、最初の部分を除いて全体的に密度が薄くなっているが、これは、相手がWinnypであるためかもしれない。
じつは、私のクローラはWinnypのプロトコルに対応しておらず、Winnypのノードに接続してもそこからキーを受信することができない。それなのになぜ、Winnypノードのキーを観測できているかというと、当該Winnypノードが他のWinnyノードに接続して拡散させたキーが、そのWinnyノード経由で私のクローラに届いているためである。また、Winnypには、Winnypにしか接続しない動作モード「Ver=0」があるが、当該Winnypが接続した他のWinnypノードが、Winnyへの接続を許す設定(Ver=1〜3)になっていれば、結局、3ホップで私のクローラにそのキーが届く。ホップ数が増えれば、私のクローラまで届く確率が低下するので、グラフで密度が薄く表示されると考えられる。
図2で最初の部分だけ密度が濃いのは、このタイミングで、当該Winnypノードが動作モードを「Ver=0」に変更したためではないかと推測するが、どうだろうか*5。
以下の図3(新システム観測分)では、観測システムの能力が向上したため密度が濃くなっている。なお、図3中の7月13日あたりから8月14日までの区間に見られる瘤状の部分は、22日の日記に書いたのと同じく、「ドラゴンクエストIX」のダウンロードを阻止するためのものと思しき偽キーであった。このノードは、8月14日までIPアドレスを借用されていたようだ。
このように、固定IPアドレスではないインターネット接続であっても、ファイル共有ソフトを使用しているとIPアドレスを追跡されてしまう場合があることは、広く知られてしかるべきである。
ファイル共有ソフト側がクローラに接続されないよう対策するとしても、リバースエンジニアリングされて接続されるのは時間の問題である。これは、不特定多数に利用させるファイル共有システムでは不可避なことである。*6 *7
それにしても、少なくとも3年間(もしかすると5、6年くらい)ずっと「Cache」を消さずに、年中Winnypを動かしっぱなしというのは、いったいどういうつもりなのだろうか。キーの内容にざっと目を通してみたところ、「海外ドラマ」、「成年コミック」、「一般コミック」、そして児童ポルノらしきファイルのキーが目についた。
そこで、それらを視覚化してみた。
図4は、ファイル名に「海外ドラマ」の文字列を含むキーだけ赤で表示したグラフである。2008年5月から「海外ドラマ」のファイルをダウンロードしていたらしいと推察できる。
図5は、Wikipediaのこのエントリで解説されているものに該当するファイルと思しきキーを赤で示したグラフである。2009年6月下旬に連続してダウンロードされたらしき様子が窺える。
おそらく、1週間か2週間ほど地引き(自動ダウンロード)をかけていたのではないか。この部分に該当するファイルは全部で200個ほどあった。ファイル名は以下のようになっていて、シリーズ物をコンプした感じになっている。
(洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue01 Set-10.rar (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue01 Set-22.zip (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue01 Set-27.zip (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue01 Set-29.rar (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue02 (Sets01-06).zip (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue02 Set-01.rar (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue02 Set-02.rar (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue02 Set-12.zip (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue02 Set-15.rar (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue02 Set-21.zip (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue02 Set-23.zip (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue02 Set-27.rar (洋ロリータ写真集) 〓-〓〓〓 Issue02 Set-27.rar ...
もっともこれは、児童ポルノ流通の実態調査のためにダウンロードしたものなのかもしれないので、自己の性的好奇心を満たす目的で繰り返し取得したものなのかどうかはわからない。ただ、調査の目的でシリーズをコンプする必要があるのか疑問に思う。たとえダウンロードが現行法で合法であるとしても、通常のWinny(やWinnyp)でダウンロードすると、いくらかの確率で中継ノードからのダウンロードとなり、そのノードに複製を作ることになる。そのことにいくらか違法性があるかもしれないし、そうでないとしても倫理的によろしくない行為だと思う。*8
ところで、これだけ堂々と長期間「Cache」を削除せず放置してWinnypを運転し続けているということは、さすがに、アップロードゼロの対策はとっているのだろう。ネット上級者ならその必要性を理解しているはずである。(実際にアップロードゼロ対策されているかどうかは、確認していない。)
図6は、「成年コミック」と「一般コミック」を赤で示したものである。
この追跡したIPアドレスが本当にその人のものなのか、念のため、各IPアドレス(とその時刻)をWikipediaの編集履歴と突き合わせてみたところ、ある著作権関連のエントリに自分自身のことを書き加えた履歴があった。
正直、私は、ここ数年、まさかダウンロード違法化反対家の人が未だにこういう状態だというのは、ちょっと思いもよらなかった。
ダウンロード違法化に対して様々な弊害が挙げられたり、児童ポルノ単純所持処罰化に対して冤罪の恐怖が語られたりするけども、実際困るのはこういうことだからじゃないのか。
私が心配なのは、Winnyにも児童ポルノにも興味のない人々まで、一緒になって反対の声を強めていることだ。特に驚いたのは、7月12日の日記「Winnyによる児童ポルノ流通の実態と児童ポルノ法改正の方向性」を書いたときに、ものすごい勢いで、「児童ポルノなんて存在しない」というヒステリックな反応が出てきたことだった。つまり、児童ポルノ所持とは無縁な人達が、児童ポルノ法の冤罪を本気で怖がって、反対派が作ったまとめサイトの記述を鵜呑みにしてか、「日本には児童ポルノなんかほとんど存在しない」と信じ込まされている様子だった。*9
こんなことでよいのだろうか。ダウンロードしたいから反対する、児童ポルノを持ち続けたいから反対するのであれば、正直にそれを明かした上で意見を述べるべきではないだろうか。*10
*1 配慮して、実際のポート番号とは異なる番号で示した。このように千の位が1番だけ変わっていた。
*2 番号は実際のものとは異なる。
*3 実際に、Winnyp(アップロードゼロの対策を施した)を用いて、そのノードだけに接続してみた様子を以下に示す。
*4 試しに、2008年4月の空白の期間に、同じISPの別のポート番号のWinnypノードのIPアドレスを当てはめてみたところ、下の図のようになった。このグラフの形状から、当てはめたIPアドレスが別人のものであると推定できる。
*5 他の可能性として、このタイミングでこのISPが流量規制を始めたということも考えられる。
*6 一方、同じくP2P型のシステムであっても、Skype等の場合では、ユーザIDとパスワードによる利用者管理が行われているため、その部分を頼りにすることでこうしたクローラによる接続を防止することが可能である。つまり、どこかに管理サーバがあれば防止できるけれども、あえて誰も管理しないように作られた、不特定多数の利用を目的としたファイル共有ソフトでは、原理的にこれを防止できない。
*7 不特定多数の利用を目的とした管理されないファイル共有ソフトは、監視されてしかるべきであると思うので、こうしたリバースエンジニアリングは合法であり続けるべきである。(監視されないファイル共有システムが必要ならば、誰かが管理する仕組みにすればよくて、そうすれば、リバースエンジニアリングされてもクローラに接続されない設計が可能となる。)
*8 流出ファイルの調査では、専用に工夫されたWinnyプロトコル互換プログラムを用いることで、確実にファイルを持っているノードから直接ダウンロードする方法がとられている。
*9 たとえば、2ちゃんねる掲示板の「ダウンロードソフト板」のスレにこんな書き込みをした人がいたくらいたっだ。
970 名前: [名無し]さん(bin+cue).rar Mail: sage 投稿日: 2009/07/19(日) 00:26:30 ID: 4ot5Rnu40
俺自身、winnyなどP2Pは使ってないんだけど、児ポ法絡みで情報調べてたら
以下のサイトをみつけた。■Winnyによる児童ポルノ流通の実態と児童ポルノ法改正の方向性
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20090712.html
これって本当なのか?このサイト管理者は各ファイル内部を見てないというが、
他日記みると、流通ファイルの寿命(被参照量など)もあるし
どうもウソくさい気がする。
ny使ってる人に聞きたくて、ダウン板に今書いてるけど、これについて、みんなどう思う?本屋からも、業者DVDは消えたし(先月捜査受けた秋葉の「えなじぃ書店」にも擬似ロリのみ)、
オークションも毎月のように摘発され、画像掲示板は海外URLリンク貼っただけでも逮捕の時代。
残るはP2Pだが、eMuleを使っていた日本人3人はICPOによって昨年一斉逮捕。
winnyは海外ではあまり使われておらず、速度も、ノードまで半減したという。winnyもキー発信したらポートとIPですぐ判明してしまうし、暗号化とはいえ内部固定鍵もデバッガなどで
バレてるし、各PC内のキャッシュ内容を判別できるソフトまででたし
以下のような、IP特定可能技術まででた↓
「Winny上の著作権侵害ファイル、保有ノードのIPアドレスを特定可能に」
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/06/08/12264.html
shareでも逮捕者はこれまで数人でた。
winnyに関してもny作者は捕まって有罪判決うけててソースも押収されてるしIP判別も可能に
なったし、新たに児ポ流せばノード間のキー発信ですぐばれちゃう。提供罪や幇助罪に問われるでしょ。
そんな危険なwinnyで児ポがまだ交換されてるって上記の記事、本当とは思えないんだが。
ここのスレにはwinnyなどに詳しい人いると思うので、上記の記事合っているのか、
winny通信技術的な面も含めて教えてほしい
*10 7月に児童ポルノ法案の話題が盛り上がった際、どこかの漫画家の方が、自分が児童ポルノを持っていることを明かした上で、写真がなくなると絵を描けなくなるのではないかという意見を表明されていた。
ダウンロード違法化後、「あなたは違法なダウンロードをしている」と指摘されたら、その疑いを払拭する方法は、相手が著作物の権利者で民事訴訟を提起されたのでない限り難しい。あと、高木浩光氏のエントリについて。
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