「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

2009年8月31日(月)

踊る阿呆の「祭り」のあとに

4/6ページ

印刷ページ

 というのも、いたずら好きの一部の連中が、「オールスターにふさわしくない選手」に狙いをつけて、一斉に投票をしたからだ。
 結果、グラビアアイドルとのスキャンダルがささやかれていたある選手(当時、二軍に所属していた)が得票数の一位を獲得したのである。

 オールスターゲームは、インターネット以前から「組織票」の弊害に悩まされていた。
 〆切日直前に、特定チームのスターティングメンバーを全員選択して投票するテのハガキが大量に投函されて、その結果、ファン選出選手がひとつのチーム(ええ、阪神ですとも)に偏在してしまうといった「事故」が過去、何度か起こっていたからだ。だから、プロ野球機構がインターネット投票を取り入れた背景には、彼らがこの種の「一部ファンによる組織票」を無効化したいと考えていたからでもあったのである。

 ん? どうして、インターネット投票を導入すると組織票が無意味になるのかって?
 彼らは、こう考えたのだ。

「インターネットでの投票は、ハガキや投票用紙での投票と比べて、手間もかからないしお金もかからない。だから、よりたくさんのファンが投票してくれるはずだ」
「狙い通りに、インターネットを通じて一般のファンが大量投票をしてくれれば、一部の心ないファンの偏った投票は、パーセンテージとしてごく小さいものになる」

 と。
 でも、結果は違った。

 「インターネットによる投票が、ハガキに比べて、より簡単で金がかからない」というところまでは、プロ野球機構の想定通りだった。が、その結果、「一部の心ないファンの投票が、圧倒的多数を占めるに至った」のである。

 なんとなれば、インターネットでは、一人が200回投票することもさして難しくないし、なにより、ネット上の投票は、公式の投票用紙を入手する手間もなく、ハガキ代を負担していないファンが(ということはつまり、野球に対して情熱も愛情も持っていない人間が)、マウスをクリックすればそれで成立する、あまりにもノーリスクな仕事だったからだ。

 以来、インターネットでの投票にはいくつかの制限が設けられるようになって、一人の人間が他人になりすまして大量投票することは難しくなり(どうせ、抜け道はあるわけだが)、結果、奇妙な投票結果が出ることは無くなった。
 野球界は、はひとつの教訓を得たわけだ。

 iTMS(アップルによる音楽配信サービス。iTunes Music Store)の日本語版が発足した時にも、似たような事件があった。

 もっとも、この事件はオールスターの例ほど悪質だったわけではない。どちらかといえば、茶目っ気があって、おしゃれないたずらだった。

 iTunes Music Store オープンの初日、2ちゃんねるでは、

「おい、松崎しげるの『愛のメモリー』がなぜかベスト10にはいってるぞ」

 という書き込みが大量に発生して、ウォッチャーの注意を促していた。
 と、じきに、

「いっそ、オレらの力で松崎のアニキを1位に祭り上げようぜ」

 と、そういう声が上がりはじめ、

「よっしゃ。オレも男だ。記念にワンクリック」
「オレも買うぞ」

 と、追随者が出るうちに、アニキの30年前のシングル曲は、本当にランキングの一位に上ってきた。

 と、さらに祭りは加速し、結局、「愛のメモリー」は、発足4日目に、100万ダウンロードを達成するに至ったのである。
 ちなみに私も買った(笑)。うん。面白そうだったので。

 最初の段階で、松崎しげるの楽曲がベスト10に入っていたことについて組織的な関与があったのかどうかはわからない。偶然とは考えにくいが、あるいは何らかの集計ミスだったのか、それとも、本当にどこかの誰かが大量に買っていたのかもしれない。いずれにしても、途中からは、まったくの人為的な運動として、ランキングは「作られた」のである。

 これなどは、無邪気ないたずらと言ってしまえば、それだけの話ではある。
 が、この事件は、2ちゃんねるの人間の中に、独自の自意識があることをある程度証明していると思う。

 彼らは「オレたちが一致団結して行動すれば、なんだってやれるんだぜ」と、そんなふうに考えることを好む。
 それが事実であるのかどうかはともかく。

 おそらく、2ちゃんねらー自身が自分たちのパワーを意識しはじめた頃から、この掲示板には、その力を利用せんとする人々を蝟集する奇妙なパワーが宿りはじめたのだと思う。

 で、結果として、ネトウヨが集まり始めたのだと思う。

 ネット右翼が、そのクリック数やアクセス数やメール本数に相当するだけの人数を本当に持っているのかどうかは、実際にオフで(非ネットで。つまり、現実社会で)集合した実績がすくないので、はっきりとしたことはわからない。

 もちろん、それなりの影響力はある。
 たとえば、彼らは、麻生首相について、一貫して熱心な支持を表明しており、このネット上の支持は、マスメディアでもしばしば引用されてきた。




Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)


Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント18 件(コメントを読む)
トラックバック

著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。


このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

⇒ 記事一覧

ページトップへ日経ビジネスオンライントップページへ

記事を探す

  • 全文検索
  • コラム名で探す
  • 記事タイトルで探す

記事ランキング

編集部よりお知らせ

日経ビジネスからのご案内