時代を変えるうねりは、あらがう者を容赦なく切り捨てていく。
首相経験者も例外ではなく、実績を誇ったベテランたちが無名の民主党新人に次々と敗れていった。それは鳩山由紀夫民主党代表が言う「革命的」ですらある。守旧のレッテルを張られた敗者が「何でだ」と理不尽さを叫んでも、敗因ははっきりしている。
自民党は郵政民営化を掲げた4年前の衆院選挙で大勝した。ところがホームレスになることが現実味を持って語られる格差社会が顕在化し、政権党の責任が問われ始めた。
改革の負の側面に向き合うべき時の首相は、2代続けて1年で政権を放り投げ、統治機能の喪失さえ指摘される事態となった。
任期満了近くまで選挙ができなかったのは、麻生太郎首相の「決断力」欠如というより、構造改革の総括ができない自民党が、国民に合わせる顔がなかったという方が正確だ。
一方、民主党は07年参院選で圧勝した。インド洋の給油活動の中断や、暫定税率の廃止によるガソリンの値下げなどの主張を一時的にでも実現した。「基本政策の変更もあり得る」という政治の可能性を国民に認識させ、政権交代の準備を進めていったと言えよう。
麻生首相は保守を強調し過去の実績を訴えたが、もはや戦後の日本を作ってきた自民党は「腐ってもタイ」ではなく「腐ったタイ」としか見られなかった。
結局、有権者は自民党内のリーダーのたらい回しでは、国は立ち行かないと見切り、先進民主主義国家の中で、唯一日本だけがなしえていなかった本格的政権交代を実現させた。
新政権は新しい統治形態を作り上げ、マニフェストに基づいた政策を実行しなければならない。
成否のポイントは、リーダーたちが改革実現への強い意志の下で、党内の結束を保てるかという点だ。
寄り合い所帯の構造的な欠陥は解消されておらず、国会の作法も分からない大量の新人議員が議席を占める党運営は厳しい。
政権奪取というタガが外れた今、とりわけ大勝利の功労者、小沢一郎氏には注文がある。選挙の面倒をみたチルドレンを加える「新小沢派」を背景にして、同氏の影響力は増す。過去の苦い経験が示すように極端に自らへの純化を求めていけば、内紛の芽が生まれる。小沢氏はあくまで改革に殉ずるべきだ。
新政権は官僚と既得権益を失うあらゆる層の抵抗に遭いながら、困難に直面するだろう。来年の参院選を意識し、パフォーマンス的に変化の形だけを見せるのであれば、それはまやかしになる。
未知が現実に変わる時、期待が大きいほど必ず失望感が伴う。国民は政権交代のリスクも覚悟の上で投票したはずで、政権デビューを長い目でみる忍耐も必要だと思う。
毎日新聞 2009年8月31日 東京朝刊