COLUMN

      作品世界の補完
12    20051028●作品コメンタリー『プリンセスの義勇海賊』解説(1)
プリンセスの義勇海賊
SC0510-1
 
 
 
 
『プリンセスの義勇海賊』解説(1)
 
 
 
 
 
*おおむね登場順に作品中の言葉を補足説明しました。各項目の最初の数字は、該当するページです。
 
 
009●義勇海賊(CHEVALIER DE LA MER)
私がこの“義勇海賊”という、ちょっと耳慣れない言葉と出会ったのは、小学館の『少年少女世界の名作文学』第25巻に所収の『海の義賊(LE CHEVALIER DE LA MORT,1900)』です。フランスの作家アルチュール・ベルネードが描くこの物語の主人公は、西暦1800年前後に、皇帝ナポレオン治世下のフランスで、国家公認の私掠船すなわち義勇海賊船の船長として活躍した実在の人物ロベール・シュルクーフ。義勇海賊とは、この場合、正規の軍艦ではなくて、フランスの国家的管理のもと、敵国の船を積極的に襲撃掠奪してよろしいと公認された海賊のことですね。個人経営の通商破壊業というべきでしょうか。ただし本書で“義勇海賊”を“CHEVALIER DE LA MER”(海の騎士)と表記したのは私の勝手な命名でして、歴史的根拠はありません。
ベルネードの『海の義賊』は、今から百年以上昔に書かれたとは思えないほどよくできた話です。13歳から義勇海賊を志して海へ出た主人公シュルクーフに、師と仰ぐ大海賊マルコフや、よき友であり、生死をともにする兄弟分となるデュテルトルを配して定石通りにきっちりと脇を固め、当時、七つの海を支配していた大英帝国海軍を相手に、阪神タイガース的痛快な戦闘と冒険を繰りひろげます。ただの海賊ものと違うところは、お宝をめぐって殺し合う海賊とは違って、主人公のシュルクーフたちは国家の正義を背負いながら、あくまで騎士道精神に満ちた紳士として正々堂々と戦うところでしょう。女の子にはモテモテの彼ら、国家に貢献するだけでなく、海賊稼業でちゃっかり大儲けしてセレブに出世する調子の良さも発揮します。
よくできた話、というのは、とかく飾り物になりがちな女性キャラが男たちを翻弄して、相当な活躍をしていること。かっこいいシュルクーフに一途に憧れる幼なじみのマリーが清純可憐な一方で、本来、大親分のマルコフの愛人であった印度美女のマジアナがその妖艶に魅力でシュルクーフをとりこにしてしまうわ、マリーに横恋慕するフランス青年の狡猾な陰謀に、マジアナを付け狙う印度系スパイ団もからんで、色恋沙汰も刃傷沙汰もきっちり演じ上げているところが、さすがフランス系エンタテイメントでありましょう。
このあたり、同時代を舞台にした海賊狩りテーマの映画『マスター・アンド・コマンダー』の堅物ぶり(色気のなさと食い物のまずさ)と比べて、フランス義勇海賊の楽しさと義理人情(命懸けで仲間を救うシュルクーフと、行く先々で彼を助ける無名の人々のやりとりが、けっこう泣かせる)が際立ちます。まあ実態は別として、物語の世界では、就職するならイギリス海賊よりフランス海賊が断然お薦め! 間違いなく、登場するお姉さんたちが美人揃いで、食事もフランス料理で言うことなしでしょうから。
ということで『プリンセスと義勇海賊』では、宇宙を舞台にした義勇海賊に、シュルクーフとマルコフにあやかって活躍してもらうことにしました。残念ながら主人公のラシル君はシュルクーフみたいなかっこよさは持ち合わせず、ヒロインのレイティアとの色恋沙汰どころではないのですが、そこは男の子、命をかけて戦うときは戦い、気合いを入れるべきところは入れてくれていると思うのです……。
 
006●登場人物紹介
このページのレイティアが着ている作業服、なんだか、だぼだぼですね。これは彼女が義勇海賊船〈シュルクーフ〉へ乗り込んだとき、血まみれの破れドレスを着替える必要があったのですが、船内にぴったりの服がなくて、とりあえずこういう格好で通していたということです。
私は基本的に挿絵の場面指定はしませんので、この場面は、結賀先生が選ばれたのだと思います。にしても……さすが! ドレスのレイティアよりも、こっちの方がいちばん彼女らしくて可愛い! 豊かな髪もお姫様らしくて最高です! 
この『登場人物紹介』のページは、もともと文字だけの予定だったのですが、結賀先生のご厚意で、キャラの絵姿をつけていただけることになりました。私の原稿の仕上がりが遅いため、もともと、非常識なほどタイトなスケジュールになった上、このようにイラストの追加までいただき、大変ご迷惑とご苦労をおかけしました。申し訳ありませんです。
にもかかわらず、表紙はもちろんのこと、どのページの挿絵もキャラがいきいきとしていまして、その場面の登場人物の気持ちとか感情がありありとせまってきます。個人的に好きなのは7ページのスカーリア。ぱっと見にはガンダムのキシリア風で恐いですが、ルーペで拡大してみると、口元にエレガントでキュートな、色っぽいけれど少女っぽい魅力の混じった、えもいわれぬ微笑を浮かべていて、もう、たまりません。悪役とはいえこれほど美しく描いていただけて、スカーリアも幸せ者です。きっといつか、悪と美貌に磨きをかけて復活したいと思っていることでしょう。
結賀先生、本当にありがとうございます!
 
000●表紙
感涙の表紙イラスト。繊細に描きこまれたキャラクターがモザイク的にポーズを組み合わせる構図から、エル・グレコが描く天上の聖母や天使たちを連想しました。本当に、私の作品にはもったいないほど格調高い絵をいただきまして、ありがたい限りです。
表紙イラストで際立って特徴的なのは、憧れの海賊ラフィットにお姫様抱っこをしてもらって得意満面、躍り上がるポーズのレイティアです。普通、主人公の女の子は、比較的正面向きで立ちポーズが多いと思いますが、ここでは常識を覆して、レイティアのお顔が上下逆さまに近くなるほどポーズが躍動しています。だからこそ、レイティアの豊かな髪が波打って、美しいウェーブを見せてくれるのですね。とてもこまやかな演出です。お話の中で、裸にシーツで走ったり、つなぎの戦闘服で戦うレイティアですが、それでもお姫様らしく見えるのは、この豊かでうるわしい髪のおかげなのです。
さて対照的に、むっつり苦悩しているラシル君。その足下に開かれた本は何なのでしようか。じつは作者にも心当たりがなく、謎です。会社の帳簿でも見ているのか、でなければ、ひょっとして、彼のいる未来には古文書になっているはずの、この『プリンセスの義勇海賊』の写本なのかもしれません。
なお、ラシル君の腰のベルトは、バックルが右側で、普通のベルトとは逆になっていますが、これは、ラシル君がもともと左利きだったことを示し、しかしながら武器を扱うために右手も使えるよう、後天的に訓練したということかもしれません。また、右手で拳銃を握り続けることがあるので、武器を右手に持ったまま、左手でベルトを締めたりゆるめたりしているということです。
ところで、タイトルの『プリンセスの義勇海賊』の、『セ』と『勇』の下に隠れている、ピンクの糸巻き形に見えるもの。これは、じつは左舷後ろ下方から見た義勇海賊船〈シュルクーフ〉の全長300mの船体なのです。秋山完が描いて送った参考設定を生かしていただきました。結賀先生のお心遣いです。
 
006●ラフィット・ジャンバール
実在したフランスの英雄的な海賊にジャン・ラフィットという人物がいました。また『海の義賊』で大海賊マルコフが指揮していた船の名前はジャン・バール号といいます。第二次大戦中に建造されていたフランス最強の戦艦も、ジャン・バールという名前でした。
 
006●レイティア(RAYTEAR)
最初にヒロインの名前を考えたとき、裏表のない直情的な性格ということで、光と影、喜びと悲しみを表裏一体とした意味の言葉にしたいと思いました。そこで光のRAYと、涙のTEARをつないだところ語感もよくて、これに。ただ、同人誌向けに書き上げたのち、1994年に、高遠砂夜先生の『レィティアの涙』(コバルト文庫)を書店で見て、ドキッとするはめに。かといってとても気に入った名前なので変えるに忍びなく、あくまでレイのイは大きいイということで、使うことにしました。高遠先生、すみません。決して故意に似せたつもりではなく、どうかお許し下さい。『レィティアの涙』のレィティアは女神様の名前ということですから、ひょっとしてフリースラントの王家では、王女の名前は古代神話の女神にちなんでつけているのかも……。
 
006●公王女
レイティアの肩書きは、正確には“大公息女”とあるべきなのでしょうが、そう書くとクラリスになってしまい、ラシル・レイフ・ケルゼンがルパン・次元・五ェ門になってしまうので、公王女という尊称にしました。
 
013●シップメイド
設定が未来とはいえ、19世紀ムードの時代ですから、客船・貨客船にはメイド服の雑用担当の女性が乗り組んでいます。船内の事務や庶務を正規に担当するのはスチュワードやスチュワーデスであり、シップメイドはその下で働く、よろず請負の雑用係ということになります。階級序列の厳しい船内ですから、ジャケットにタイトスカートのスチュワーデスと区別する意味で、メイド服が採用されています。なおシップメイドたちの下に、船内の鼠など有害小動物の駆除にあたる船猫(シップキャット)も乗り組んでおり、シップメイドたちはシップキャットを世話することが多く、大変仲良しになって、猫と一緒に転船していくベテランメイドさんもいます。客船が航行中に、戦争の流れ弾で客室に小さな穴が開いて乗客が生死の危険にさらされたとき、シップキャットが咄嗟にその身をもって穴をふさぎ、そのことに気付いたシップメイドが猫を穴からひきはがし、代わりに自分の片腕で穴に栓をして、その腕と引き替えに猫の命を救ってやったなど、メイドと猫にまつわる感動悲話や怪談話など、さまざまな伝説が船乗りの世界に伝わっています。
なお、『プリンセスの義勇海賊』では人型ロボットが出てきません。さまざまなツールの形をしたロボット装置は背景のあちこちにあるという設定ですが、ヒューマノイド・タイプの自律思考ロボットは、この時代、非常にまれな存在です。このお話の百年ほど昔に起こった『リバティ・ランドの鐘』事件によって、いまどきの電子脳を搭載したロボットは高度な自我を自動形成する可能性があり、その結果、人間の命令よりもロボット独自の善悪観念をもって行動することになることが警告されました。高度なロボットが数多く使われると、人間社会の内部に、異なる価値観を持ったロボット社会が形成されるのです。これは、つまるところ、高性能なロボットほど、主人を無視する傾向が出てくるということです。かといって、主人の命令に自動的に従うロボットは犯罪に利用され、社会の崩壊を招きかねません。そのため、社会全体は文明の進歩に逆行し、自律思考の人型ロボットは日常生活から排除されています。そのことはしかし、一般の市民生活にとって、決してマイナスになってはいません。人型ロボットが大量生産されなかった結果、業種によっては人間を使う方が低コストになって、雇用が確保されたからです。なお、所謂アダルト分野の風俗ロボットやセックス・アンドロイドは、もちろん社会の裏側にある非合法の領域で存在し、暗黒組織の一員として働いています。
 
018●モヘイ・エイゴル
最初の原稿では、モヘイ・エチ○ヤとなっていたが、あまりにもモロなので、こうなりました。「へっへっへ、お代官様……」と擦り寄って、小判を隠した菓子折りを渡すのが得意な、現代日本の某官庁からそのままタイムスリップしたみたいなキャラです。
 
018●「もちろん、お約束ですから」
もちろんこれはバーチャルゲームなので、ラフィットの登場は“お約束”なのです。
 
018●シュルクーフ
この歴史的な義勇海賊にちなんで、第二次大戦当初に世界最大のフランス潜水艦にこの名前がつけられています。この艦が沈没後にナチス・ドイツ軍が引き揚げて整備したのち、ロー○ライという、いたいけな美少女をいぢめて水中探知レーダーの部品としてこき使う非人道兵器を実験する特務潜水艦になったとか…… 
このほか、登場人物の名前でクレマンソー、フォッシュ、ベアルンは仏空母の名前、リットリオ、インペロ、チェザーレは伊軍艦の名前ですね。まあ、いいじゃないですか、赤城も葛城も蒼龍もラングレーも綾波も使われてしまったので、こういうマイナーネタしか残っていないのですよ。
 
021●マホガニー
丈夫な木材の一種、高級内装材として使われる。このほか、チーク材やオーク材など、木材を非燃化して航宙船の内装に使うことが多い。航宙船はもちろん最先端のハイテクの産物だが、この世界では、その船内はメカメカした超合金でなく、木の床、木の壁、木の窓枠でしつらえてあることも多い。豪華客船では石造りの暖炉や、総檜風呂や畳敷きの大宴会場もある。宇宙を飛ぶからといって、生活空間が全く異質なものになるわけではないのです。
 
021●古代ヴィクトリア調
このお話の登場人物はみんな、古風な考え方をして、古風なふるまいをしています。舞台はいつともしれぬ未来の世界ですから、登場キャラが現代人離れしていても不思議はありません。19世紀ヴィクトリア朝時代の人々が、帆船のかわりにそのまま航宙船に乗って冒険しているとイメージしていただければ幸いです。もちろん、キャラの服装やメイドさんたちのスタイルも19世紀ヴィクトリア朝のまんまで正解です。
解説がくどくなりますが、秋山完の作品は、もともと、“新しさ”を目的としてはいません。作品全体のコンセプトが「なつかしき未来」すなわち「過去の時代にあったけど、現在は失われた良いものを、未来において再発見する」ということにあります。ですから必然的に、斬新なキャラやギミックよりも、“いつの時代も変わらずにあってほしい何か”を探していくお話になるのです。
登場人物は、だれもがずいぶん古臭く見えます。しかし、かといって、今の時代にもてはやされている人々の方が進歩して、立派な生き方をしているかといえば、わかりません。アキバのメイド喫茶に群がる若者や、敵対的買収を仕掛けるIT長者や、人生いろいろの宰相親子が世の中を「面白く」していることは事実でしょうが、世の中を「良く」していけるかどうかは、また別の尺度になるかと思います。
 
021●コンテンツ
コンセンサス、インフォームド・コンセント、アセスメントなどと並んで、私が大嫌いなお役所言葉。うっかり使ってしまった自分が恥ずかしい。だって、口にするとちょっと賢く見えて、日本語の定義もいちおうある言葉だけど、実際に、だれが、いつ、なにを、なにに対して行なって、その責任はどこにあるのかを整理しようとすると、とてもあいまいで実体のつかめない言葉になるからです。端的に言うと「言葉の正確な意味を追及されたとき、言葉を使った側にとって、都合のいい言い逃れのできる言葉」なのです。例えば、コンテンツには「内容」と「目次」の両方の意味が含まれますから、「○○のコンテンツを提供します」と言ったときに、実際に提供するのが内容でなく目次だけであっても、いちおう言い訳が通ることになってしまいます。役所の窓口や契約の場面でカタカナ言葉が出てきたら、その中身を怪しんでみるのが賢明でしょう。もちろん、だれの、だれに対する、どんな責任をともなう約束なのか明記していないマニフェストに、マニフェスト(宣誓書)の機能はないでしょうし、ね。あ、またつまらんことを書いてしまった。
 
021●閲覧室
だから、高精度の立体ビュアーがあり、ラフィットの仮想劇を、現代の言い方なら5.1チャンネルサラウンドで再生できるわけです。本来、三次元映像で教科書を読むための装置なのですが、レイティアは自習と偽って閲覧室を独り占めし、遊んでいたわけです。
 
021●傅育官(ふいくかん)
私がこの耳慣れない言葉に出会ったのは、1901年にベルリンで初演された戯曲『アルト=ハイデルベルク』(マイヤーフェルスター作・岩波文庫)です。宝塚歌劇にもなりましたし、詳述はしませんが、某・大公国の皇太子と旅館の看板娘さんとの、身分を越えた青春の悲恋といったところでしょうか。可愛くてちょっと悲しいお話ですね。読み終わるとドイツワインとドイツビールが大好きになっています。ただし現代の感覚からするとエンディングはやや物足りなく、ぜひ続編が欲しいところ。著者没後70年が経過していますし、誰かが書いても不思議はないという気がします。
 
024●〈グラン・コラール〉
“大合唱”という意味です。なんとなく語感がよくて。
 
024●推進快調(ホットジェット)
ハインラインの宇宙もので使われている、景気のいい掛け声。日本語の宜候(ようそろ)に通じるものがありますね。勝手に借用してしまい、天国のハインライン様には申し訳ありませんが、もう五十年以上昔の作品の用語であり、特殊な造語というほどでもないので、お目こぼしいただけるものと……。ちなみに私の場合は、宇宙船の出航シーンで、「錨を上げろ」を「アンカーズ・アゥェイ」、「繋留索解放」を「本船、自由状態(ウィアー・フリー)」、「亜空間跳躍突入」を「ゴッドスピード」などと表記しています。「ゴッドスピード」とはもともと「航路の安全を祈る」という意味でして、これを転用したものです。「ウイ アー フリー」はスタトレ映画の2でも言ってましたっけ。
 
028●撃壊(げきかい)
海上の軍艦で言えば、「撃沈」に相当する言葉としてつくりました。宇宙での軍艦同士の戦闘で「撃沈」という言葉を使うのは、どうもしっくりこないものでして、例えばファーストガンダムの最終回で「ホワイトベースが沈む!」というセリフがありますが、やはりどこをどう叩いても沈没してくれないところが辛いところでしょう。無理なものは無理なので、用語を作ることにしました。宇宙で「轟沈」に相当するのは「轟壊(ごうかい)」で、乗組員覚悟の自滅は、玉と砕ける「玉砕(ぎょくさい)」と表現しています。
 
028●フリゲートとコルベット
帆船時代のフリゲートは、大戦中の軽巡洋艦に相当するような、外洋パトロールに重宝する戦闘艦でした。しかし現代ではもっと小型の、駆逐艦より小さな汎用性のある戦闘艦を指しています。このフリゲートよりもさらに小型の、外洋型としては最小に使いサイズの戦闘艦をコルベットと呼びます。コルベットの呼称は『風の谷のナウシカ』で一般化したようですね。あんな感じの、さほど大きくない船体に、割合小型の速射砲なんかを積んだ軽快なパトロール艦と考えればいいでしょう。
 
035●亜空間(サブウェイ)
説明は本文にありますので省略。亜空間はハイパースペース(高次空間)という呼び方もありますが、航宙船にとっては空間というよりも、高速道路のような空間バイパス手段ですので、地下鉄と同じイメージで、サブウェイと呼ぶことにしました。
 
037●シャンパンを搭載した気密リムジン
走るラブホである。
 
038●66型デューセンバーグ
デューセンバーグは二十世紀初頭に勇名を馳せたアメリカの名車。戦前に姿を消しましたが、戦後、1966年に一度よみがえって一台だけ(?)作られたセダンがあります。しかし努力の甲斐なく、評判はさえず、それっきり歴史の彼方へ消え去ってしまいました。けれど私は、こういう「儚(はかな)い甦(よみがえ)り」というものが好きですね。
 
041●〈橋〉、“針穴亜空間”
超極細のワームホールかホワイトホールと考えていただければいいでしょう。とかく、ゲート方式の空間跳躍は、直径数百メートル以上のでかい穴が、何光年も離れたあっち側とこっち側に開いているというイメージになりがちですが、そんなに大きいと固定するだけでも大変でしょうし、空間トンネルの川上から川下へと、少なくとも光は流れていくわけで、そういうものが、そのあたりの宇宙に何十億年も放置されて存在していたら、けっこう宇宙の地理を変えるような異変を残しているのではないかと。それゆえに発見しやすく、2005年現在、すでにいくつか見つかっていて、その事実を超大国が隠しているのかもしれませんが……。それはともかく、大きな穴はなにかと扱いにくそうなので、とても小さな穴を、人為的に広げて使用するという設定にしました。
 
049●ヨハン・ベック学舎
キルヒベルク市、ヨナタン・トロッツ宇宙港、グリュンケルン学舎と続いたら、その出典はおわかりですね。ノーアトゥーン大学では、“禁煙先生”の本名を冠した学術調査船〈ロベルト・ウトホフト〉号を運用しています。
 
049●ケイト・フェルスター
おそらく、彼女がアルベール公王子の専任ナースメイドとなったのは、偶然の出会いからだろう。それをケイトは運命的な現実として受入れ、心をこめて業務をこなしてきた。患者がアルベールであっても、ラシルのような文無し庶民であっても、ケイトの接し方は変わらないことだろう。
 
049●ナースメイド
看護と家事をまとめてやってくれるという、とても世の中の役に立つ職業。現代日本の職業資格の中では介護士さんが近い。とかく最近のナースとメイドのイメージからすると、メイドさんの制服でマッサージしてくれたり、看護婦さんの制服でお茶してくれて、一緒にプリクラに映ってくれる極楽な女性たちと誤解されがちである。しかし世のアキバ系おたく男たちよ、ナースメイドを舐めてはいけない。彼女たちは誇り高い、看護と家事のプロなのだ。あなたが病気ならば彼女たちがどんなに痛いお注射を選択しても、あなたに拒否権はないし、ましてや役にも立たない美少女フィギュアを買い集めるような無駄遣いは絶対に許してもらえない。ナースメイドを雇うということは、あなたがそのご主人様として君臨することではなく、肉体と衣食住の全般にわたって(つまり、心以外のすべてを)、お金を払ってナースメイドに管理してもらうということなのだから。その結果、ダイエットに成功し、すききらいもなくなって心身ともに健康となり、身なりもさっぱりするかわりに、長年集めたおたくグッズをひとつ残らず破壊焼却されて発狂し、廃人化するおたっきーたちが後を断たない。まあそれは自己責任というものであろう。いったんナースメイドに支配された軟弱おたっきーたちに、その自虐的健全生活から自力で脱出する決断力は望めないのである。なんだか、数年後の電車男の末路を見るような気も……
 
053●身長3メートルのウサギ
超能力によって、空想の状態から実体化したウサギ……という発想は、1940年代にブロードウェイで上演された戯曲『ハーヴェイ』にみられます。アイデアパクリと言われればそれまでなのですが、同種のアイデア自体はほかに五万とありますし、ウサギでなくカバやパンダや和○ア○コさんにするというわけにもいかず、こうなりました。でも、やっぱりウサギにしておいてよかったと、結賀さとる先生の挿し絵を見て、つくづくと思うのであります。いやー、心あたたまるウサちゃんです。
 
067●治療(メド)パッド、治療ポッド
本文でも説明していますが、現代の絆創膏の高度な発展型というべき治療具。突発的な外傷に対して、だれでも即時に応急的な処置をできるようにするために普及している便利な道具です。まず傷口を塞ぎ、止血と沈痛を行い、傷の程度を判断して投薬、簡単な治療も施す。持運びを重視してポケットに入るサイズが多いため、機能には限度があるものの、戦場や災害現場の救命活動には不可欠である。
なお本文中でラシルが、かなりの重傷を負いながらも戦っているのは、治療パッドの沈痛機能を活用している。戦闘の前にあらかじめ治療パッドを使って、血液中に沈痛成分を投与しておく方法もある。痛みによるショック症状をやわらげてくれるが、そのかわり傷害をおして身体を動かすことになるので、失血死の危険などが増大する。
 
068●ASV
エア・アンド・サーフィス・ヴィークル、すなわち空陸両用の戦闘車両です。『ふしぎの海のナディア』に出てくる“グラタン”がロケット推進機関や機関砲塔を備えたものとお考え下さい。
 
070●防衛戦艦〈タカチホ〉のカツヤマ
“元祖海底軍艦の桜木大佐”、“東宝海底軍艦の神宮寺艦長”にならび称されるべきなのが、“新戦艦高千穂の勝山少将”なのであります。平田晋策著の海洋軍事冒険小説『新戦艦高千穂』(1936年)で、勝山少将は戦艦高千穂を指揮。北極海の秘密島の領有をめぐって米国のA国艦隊、ソ連のB国艦隊と戦って見事に勝利し、国益を守るお話です。ストーリーそのものは当時の世相を反映して国威発揚を意識し、主人公の少年が水上攻撃機で敵戦艦を爆撃なんかするのですが、年齢が明記されており、わずか十三歳! なのに文中では指揮官連中が「若い子の方がパイロットに向いている」などと平然と語って、戦場に送り出しているのです。ファーストガンダムで「古来十五歳の出陣がなかったわけではない」と姑息な言い訳をする某指揮官もブッちぎる、恐るべき当時の大日本帝国! ところで、特筆すべきは美少女戦士の大活躍。主人公の少年のお友達なのですが、紅い飛行服を着た、推定13〜15歳ほどの、身長150センチに満たない可憐な美少女が水上戦闘機を操縦して、実弾で空中戦を仕掛けるあたり、ほぼ同時代の紅の豚も真っ青なのであります。にしても、70年も昔に書かれた戦前のお話なのに、すでに“萌え”キャラが主要な地位を占めていることに驚かざるをえません。
にしても、本当にすいすいと戦争する設定なんだぞ。お話の最後の方では、ほんの三ページほどで大日本帝国と某国が大戦争して、あっさりと勝ってしまうのだぞ。この軽さが、なんともいえず、恐い。そして現実にはこの作品の10年後、日本は数十万の屍を横たえて、焼け野原になっていたのだぞ。子供たちを平気で戦争させる本(やアニメ)が人気を博すような世相になったら、10年後のわが国は焼け野原に水漬く屍、草むす屍と覚悟したいものであります。
この作品については、いずれ別途にコメントしたいものです。
 
074●とぼけた調子で言うと
サイ教授は立場上、このたびの惨劇の原因や背景、そして敵の正体についての最新情報をフレネルやレイティアに公式に告げることはできなかった。学生たちの中にはヴァルラントやフラゴンからの留学生も他に何人もいるのであり、ましてや王族となれば、情報いかんによってはただちに戦争に結びつくことも考えられるからだ。学園内の人間関係に国際問題を持ちこむことは、ノーアトゥーンの教授陣が厳に慎むことである。そこでサイ教授は、フレネルとレイティアがノーアトゥーンを離れることを前提に、カツヤマ教授との話をわざと漏れ聞きさせたのである。
 
074● ケッテンクラート
冬のノーアトゥーンは雪深いので、キャタピラ駆動であるサイ先生のケッテンクラートはなにかと重宝。春は農学部の学生が借りて、畑の畝作りなどに活用している。
 
080●「プリンセス、彼は、ここにいるのです」
夢を失い絶望した美少女に一度は言ってあげたいセリフですなあ。
 
 
 
更新日時:
2006/02/15

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