赤い髪の女
「どうして髪、赤に染めたんだ?」
別に深い意味があって聞いたわけじゃなかった。ただの沈黙の埋め草のつもりだった。
「何よ。悪い。赤じゃ、いけない?」
意外なほどのきつい返事だった。
「いや、悪いとかじゃなくて、その、ただ何故かなって」
何が原因で二人が気まずくなったのか、俺には分からないでいた。何かあいつの癇に触れることを喋ったらしいのだけど、まるで見当が付かないのだ。
「何故って、そんなこと説明しなきゃいけないわけ。あたしにそんな義務あるの」
「いや、まさか…」
「大体、そんなこと、分からない? 普通」
胸の中で、(俺が悪かったら謝るよ。でも、何が悪かったのか聞かせてくれよ)という文句が渦巻いていた。
でも、声にすることはできないのだった。下手な口を利くとますます泥沼に嵌りそうに思えた。
見慣れた風景が目の前にあった。ゴミを捨てるのはやめましょうと書いた看板の立つドブ川が蜿蜒と続いている。子供が川っ縁で遊ばないよう金網で仕切られている。俺が越してきた三年前にはなかったものだ。
そういえば、引越しの直前だったか、近所の子供が川で溺れるという事故があったと聞いたことがある。
眺めそこなった子供の水死体。
コンクリートの細い道の先に、銭湯の煙突の先っぽがちょこんと見える。
幾度この道をあいつと歩いたことか。そう、あいつのマンションと俺のアパートは、歩いて通える距離しか離れていないのである。その道のりが、やたらと長く感じられる。川から漂う臭気が今日はいつもより強いようだ。
俺は口が渇いていた。この沈黙が耐えられない。鈍感な俺に、雰囲気を打ち破る気転が利くわけもない。ひたすら、ド壺をまっ逆さまだった。
「鈍感ね」とあいつが不意に言った。
俺がたった今、胸中で口にしていた言葉があいつの口から出てくるなんて。聞き返す余裕すらなかった。
「馬鹿ね、あんたって」
(俺の何処が悪かったっていうんだ…)
けれど、相変わらず乾いた唇が苦しいだけだった。それでも、やっと俺は思い切ってあいつに聞いた。
「何だよ、俺の何処が馬鹿だって言うんだ、え?!」
「あんたが、戸田選手の真似をしたからじゃない、バーカ」
[7年前の作品です。戸田選手といっても、今となっては覚えている人は少ないだろうなー。7年前頃だったか、Jリーグのスターだったこともあるんだけど。髪を真っ赤に染めたりして…。 (09/07/28 註)]
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