被告準備書面(1)全文
準備書面(1)
平成17年11月22日
東京高等裁判所第2民事部Cイ係 御中
被告指定代理人 春名 郁子
鈴木 愼吾
永田 孝之
内田 高城
古賀 浩史
小谷 知也
被告は,本準備書面において,原告の平成17年11月1日付け準備書面(1)(以下「原告準備書面(1)」という。)の第一ないし第五について,必要な限度で反論する。
第1 第一に対する反論
1 原告は,公選法243条1項3号(142条違反)及び同項5号(146条違反)の国外犯は処罰されず,国内からも国外で開設されたホームページを閲覧することが可能であるから,事実上法定外文書規制が意味をなさないとして,公選法上の「文書図画」にホームページ等を含むと解することができない旨主張する。
しかしながら,国外で開設されたホームページを利用した選挙運動が公選法上処罰の対象にならないとして,何故これが「文書図画」にホームページを含まないとする理由となるのか理解し難い。
また,国外で開設したホームページを利用した選挙運動というのが,具体的にいかなるものを想定しているかは明らかではないが,国外で開設されたホームページを利用した選挙運動であるとの一事をもって公選法上処罰の対象にならないと一概にいうことはできず,原告の主張はその前提において首肯し難い(なお,日本国内から海外プロバイダーのサーバーコンピューターにアクセスし,そこに選挙運動に関する情報を記憶・蔵置させる行為自体が国内で行われたことを理由に国内犯として処罰することが認められる余地もあろう。わいせつ図画公然陳列罪に関する議論として,大阪地裁平成11年3月19日判決・判例タイムズ1034号283ページ,横溝大・ジュリスト1220号143ページ等参照)。
2 原告は,総務省等が,国外におけるインターネットによる選挙運動や事前運動,戸別訪問,法廷外文書の掲示・頒布が公選法違反による処罰の対象とならないことを選挙人に対し「周知せず」あるいは「誤った情報を周知し」,選挙の公正を著しく害した旨主張する。
しかしながら,総務省が法律を積極的に周知しなかったからといって,これが選挙の公正を著しく害したことにならないことは多言を要しない。また,答弁書で述べたとおり,「総務省等が選挙人に対し誤った情報を周知した」事実はなく,原告の主張は,具体的にいかなる行為を指すのか,全く明らかでなく,失当である。
3 原告は,公選法142条及び146条違反の国外犯規定がなく,国外にいる者が,インターネットを利用して国内にいる者に対して選挙運動をすることが可能であるから,公選法142条及び146条は,国内にいる選挙人と国外にいる選挙人を居住地によって不当に差別するものであり,憲法14条1項に違反する旨主張する。
しかしながら,国外にいる者が国内にいる者に対しインターネットを利用して選挙運動を行うことが,国外犯として処罰の対象にならないと一概にいうことはできず,原告の主張はその前提において首肯し難い。また,仮に,上記場合が公選法上処罰の対象とならないとしても,これが直ちに公選法142条及び146条の規制の合理性を失わせるものではなく,国内外の選挙人の不当な差別となるものでもない。
すなわち,合理的理由に基づく差別的取扱いは,法の下の平等の原則に反するものではなく,また,憲法は,選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の広い裁量にゆだねており,国会が具体的に定めたところが,法の下の平等など,憲法上の要請に反するため,国会の広い裁量権を考慮してもなおその限界を超えておりこれを是認することができない場合に初めてこれが憲法に違反することになるのである(最高裁平成16年1月14日大法廷判決・民集58巻1号1ページ,平成11年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1577ページ)。そうすると,憲法47条に係る法令が憲法14条違反の問題を生じる場合は極めて限定され,合理的理由をまったく欠いた差別的取扱いをし,明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合に限られるものと解される。そして,国外犯処罰の定めを置くか否かは立法政策に委ねられた事項であるところ,選挙公営を実施しない国外において,日本における選挙運動の規制と同様の規制をするのは適当でなく,また,処罰の実効性にも疑問があることなどから,ビラ、ポスター等の頒布・掲示等について,行為が国外において完結する限り規制しないこととされているものであり(わかりやすい公職選挙法〔第13次改訂版〕307ページ・選挙制度研究会編・(株)ぎょうせい参照),合理的理由が認められ,国内において法定外文書の頒布・掲示を処罰することは,何ら憲法14条1項に違反するものではない。原告準備書面(1)2及び3ページで引用する最高裁平成14年9月9日第一小法廷判決,同月10日第三小法廷判決及び両判決が引用する最高裁昭和30年2月9日大法廷判決・刑集9巻2号217ページ,昭和36年6月28日大法廷判決・刑集15巻6号1015ページ,平成11年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1577ページは,上記理を明らかにしたものであり,この理は,インターネットを利用した選挙運動についても妥当する。
第2 第二に対する反論
1 原告の主張は,必ずしも明らかでないが,要するに,「総選挙の期日は,少なくとも12日前に公示しなければならない。」とする公選法31条4項の定めについて,選挙期日の公示から選挙期日までの期間が12日間では短期間に過ぎ,在外選挙の実施に支障を来す可能性があるから,同規定が憲法15条1項,3項,47条に違反すると主張するもののようである。
しかしながら,世界各地に散在する多数の在外国民について,公正な選挙の実施や候補者に関する情報の適切な伝達等に関して,諸外国の交通通信事情や在外公館の人的物的態勢等様々な技術的要素を考慮した上,どのような制度を設け,いかなる措置を講じるかは,まさに,憲法47条により国会の広い立法裁量に委ねられた事項であり,国会の具体的決定により解消されるべき問題である。原告が指摘するような在外選挙人の選挙権の保障の問題は,そのような国会の具体的決定が立法裁量の範囲内か否かにおいて問われるべき問題であって,公選法31条4項の規定の憲法適合性にかかわるものでないことは明らかである。
なお,郵便等による在外投票の場合,在外選挙人から投票用紙及び投票用封筒(以下「投票用紙等」という。)の交付請求を受けた市町村の選挙管理委員会の委員長は,衆議院議員の任期満了の日前60日に当たる日又は衆議院の解散の日のいずれか早い日以後,直ちに,投票用紙等を郵送等をもって当該選挙人に発送しなければならないこととされている(公職選挙法施行令65条の11,在外選挙執行規則23条)。在外選挙人においては,郵送等により在外投票を行おうとする場合は,選挙の期日までの時間や郵送に要する時間を勘案して行うことにより,投票終了までに投票用紙が所定の指定在外選挙投票区の投票管理者に届くようにしなければならないのであって,そのことは,選挙運動の期間の長短によって左右される性質のものではない。
したがって,原告の主張はその前提自体が失当というほかはない。
2 また,一部の地域において在外選挙の実施に支障が起きた場合に,これが直ちに「北関東選挙区」の選挙の自由公正の原則が著しく阻害された場合に当たるとはいえないし,選挙期日の公示から選挙期日までの期間の長短が,直ちに選挙の結果に異動を及ぼす虞があるといえないことは自明である。
第3 第三に対する反論
1 原告は,公選法21条及び30条の4が,住民票が作成された日等から引き続き3か月以上登録市町村等の住民基本台帳に記録されていることを選挙人名簿の登録要件としていることについて,選挙権の行使を不当に制限するものであるとして,憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書に違反すると主張する。
しかしながら,公選法21条1項は,罰則(公選法236条1項)のみをもっては意図的に転入届,転出届をすることによる不正投票を防止することができないこと,予め選挙人を確認してこれを登録しておくことにより投票を正確かつ円滑に実施することができるという実際的な観点から,当該市町村の住民票が作成された日(当該市町村の区域内に住所を移した者で転入の届出をしたものについて,当該届出をした日)から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について選挙人名簿に登録することとしている(以下「継続居住要件」という。)。
一方,公選法は,当該市町村の区域内に住所を有しなくなったものについて,転出した日から4か月間は選挙人名簿から抹消しないで,新住所地の市町村の選挙人名簿に登録されるまでの間,旧住所地の市町村において投票をすることができることとしている(公選法28条2号,27条1項,公選法施行令29条1項)。この4か月の猶予期間は,継続居住要件である3か月のほかに旅行期間や転入届の期間について配慮した合理的なものと解される。
そうすると,公選法21条1項が3か月以上という継続居住要件を定めたことは,公選法28条2号,27条1項,公選法施行令29条1項が4か月の猶予期間を設けて転出者の選挙権の行使を確保したことと合わせ考えると,必要やむを得ない限度の制約ということができる(東京地裁平成12年12月11日判決・乙第4号証,その控訴審である東京高裁平成13年7月31日判決・乙第5号証,その上告審である最高裁平成13年12月21日第二小法廷決定・乙第6号証参照,乙第7号証29,31ページ)。
したがって,公選法21条1項の継続居住要件は,いまだ立法府に与えられた裁量権の範囲内であることは明らかである。
原告は,「国政選挙に限り補充選挙人登録の制度を設けるなどの措置を講ずれば選挙権を保障することは可能であり,その際に虚偽移転でないか確認することが可能であ」る旨主張するが,「補充選挙人登録の制度」とは具体的にいかなる措置を講ずるべきと主張するものか判然としない上,住所は必ずしも一義的に明確なものではなくその認定に困難が伴なう場合も少なくないのであって(最高裁昭和35年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551ページ昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907ページ参照),原告の上記主張は暴論である。
2 その点を置くとしても,選挙人名簿の定時登録(公選法22条1項),補正登録(公選法26条)及び在外選挙人名簿の登録(公選法30条の6)は,当該選挙のみならずすべての選挙を通じて用いられるために行われるものであり,また,選挙時登録(公選法22条2項)は,当該選挙だけを目的とするものではなく,当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でされるものであるから,その手続は,当該選挙の管理執行の手続とは別個のものに属し,したがって,同登録手続における市町村選挙管理委員会の行為が公選法に違反するとしても,直ちに同法205条1項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえない。もっとも,選挙人名簿の調整に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があり選挙人名簿自体が無効な場合において選挙の管理執行に当たる機関がその無効な選挙人名簿によって選挙を行ったときには,その選挙は選挙の管理執行につき遵守すべき規定に違反するものとして無効とされることもあり得るが,少なくとも選挙人名簿の個々の登録内容の誤り,すなわち選挙人名簿の脱漏,誤載に帰する瑕疵は,公選法24条,25条所定の手続によって争われるべきものであり,たとえそれが多数に上る場合であってもそれだけでは個々の登録の違法を来すことがあるにとどまり選挙人名簿自体を無効とするものではないから、そのような登録の瑕疵があることをもって選挙の効力を争うことは許されない(最高裁昭和42年9月28日第一小法廷判決・民集21巻7号1998ページ,昭和53年7月10日第一小法廷判決・民集32巻5号904ページ,昭和60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号44ページ参照)。
したがって,仮に公選法21条及び30条の4の住民基本台帳記録3か月以上という登録要件が違憲の問題を生ずるとしても,転出者に係る選挙人名簿の脱漏,誤載に帰する瑕疵にとどまり,選挙の無効事由に当たらないことは明らかである。
よって,原告のこの点に関する主張は,主張自体失当である。
第4 第四に対する反論
1 原告は,海外旅行者等の海外短期滞在者(以下「海外旅行者等」という。)は,公職選挙法施行令55条1ないし4項が不在者投票管理者を国内のものに限っているため,不在者投票ができず,選挙権の行使を制限されているとして,これらの規定が憲法15条1項に違反すると主張するもののようである。
しかしながら,海外旅行者等は,日本国内の選挙人名簿に登録され,国内において選挙権を行使することが通常可能であり,また,一定の自由に該当する者については,期日前投票(公選法48条の2)が可能であるから,海外旅行者等の多くは,自らの意思で選挙権の行使を放棄したと見るべき場合が多いであろう。
しかも,世界各地に散在する海外旅行者等について,在外公館において投票しようとする者が選挙権を有し,欠格事由に該当しない者かを一々審査することは事実上不可能であり,わが国の主権が及ばない状況の下で,適正な投票手続を確保するのは事実上不能ないし著しく困難であるというべきである。
したがって,短期滞在目的の海外渡航者が海外において投票ができないことは,何ら憲法15条1項に違反するものではない。
2 そもそも,本件選挙において,海外旅行者等が投票できなかったという事実があったとしても,これによって「北関東選挙区」の選挙の自由公正の原則が著しく阻害されたとはいえないし,直ちに選挙の結果に異動を及ぼす虞があるといえないことは論を待たない。
第5 第五に対する反論
原告の主張は,判然としないが,本件選挙において,在外国民に衆議院比例代表選出議員の選挙の投票は認められているものの,衆議院小選挙区選出議員の投票が認められておらず(公選法附則8項),衆議院比例代表選出議員の選挙において名簿上同順位とされた重複立候補者の当落が,小選挙区選挙におけるいわゆる惜敗率により決定される(公選法95条の2第3項)ことから,惜敗率に在外国民の意思が反映されないことをもって,直接選挙に反する旨の主張をしているようである。
しかしながら,在外国民の選挙権行使が制限されることによって,何故本件選挙自体ないし比例代表制における重複立候補者の登録に関する選挙制度の仕組み自体が本件選挙に反することとなるのか,およそ理解し難い。
もとより,本件選挙において,在外国民の選挙権行使が制限されそれが違法であることによって「北関東選挙区」の選挙の自由公正の原則が著しく阻害されたとはいえないし,直ちに選挙の結果に異動を及ぼす虞があるともいえないことは当然である。