診察を受けていた病院にNICU(新生児集中治療室)がなかったためで、「都内の2つの病院で受け入れ拒否にあいまして、千葉か神奈川に搬送するには母体も子供も体力が持つか分からないと言われ…」と言葉を詰まらせた。
担当医の協力でなんとか都内で病院を見つけ、午後11時01分、帝王切開によって出産した。「あと30分遅かったら(母子とも)命はなかった」と緊迫した事態を振り返り、「(ラジオのキャスターを務め)普段は伝える側にいる自分の大切な人に、こういうことが起きるとは思ってもみなかった。もっと安心して子供が産めるようになってほしい」と切実に訴えた。
現在、女児はNICUで24時間看護され、10月には退院できる見込み。「まだ子供を抱けなくて…でも、保育器に手を入れて触ったら、温かかった。(子供は)すごく美人で、妻似です」と、すっかりパパの顔に。
新妻は、20年来愛を育んだ40代前半の会社役員で、昨年日本語で「結婚しよう」とプロポーズした。今年1月から同棲しているが、彼女が米国籍のため入籍は手続き中。挙式・披露宴は「子供が無事に退院できてから、考えたい」と話していた。