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兄は理想主義の政治学者。弟は有能な官僚。ともに日本をより良くしたいと思っていますが、考え方が違い、顔を合わせれば論争が始まります。
二人はどろぼうに遭いました。犯人は働き者だが貧乏な娘。勉強好きで病気の弟を、進学させ、病院に通わせるお金がほしかったのです。
すぐに反省し、盗んだ物を返しに来た娘を、官僚の弟は「国家とは法律の網。その網を破ろうとしたことは償わなくては」と警察に引き渡そうとします。そして、「一方で、国家は救いの網も用意している。安心してこの網に体を預けなさい」と諭します。
学者の兄は反論します。「貧しい子が学校に行けず、医者にかかれないのは、なぜか。その『なぜ』をしっかり受け止めていない法の網に身を預けられるはずがない。あらゆる『なぜ』を議会に集めなければならない」
二人は旅先で、ある兄妹に会います。生きる苦労を重ねた末に再会した兄妹は、お互いの生活を思って歌います。
「三度のごはんきちんとたべて 火の用心 元気で生きよう きっとね」
口論ばかりの二人も、この時は意見が一致しました。「人間の本当の願いはここにある」と。
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これは井上ひさしさんが03年に書いた「兄おとうと」というお芝居です。大正デモクラシーを主唱した吉野作造と弟の信次がモデルです。安全できちんとした生活を願う人々の思いを政治が受け止めなくては。劇中の兄弟の実感は、いまに通じるものでしょう。
今年初めに芥川賞をとった津村記久子さんの小説「ポトスライムの舟」の主人公は29歳の女性です。
〈生きるために薄給を稼いで、小銭で生命を維持している〉契約社員。ある日、NGO主催の世界一周船旅の費用163万円が、働いている工場での年収とほぼ同じであると気づき、その額をためようと思い立ちます。
10円単位のお金の出入りにこだわって生活する主人公は、自分や周囲に過剰な期待を抱きません。その姿からは、堅実さと、地に足の着いた希望の感覚が伝わります。
作者の津村さんは31歳の会社員です。選挙についてこう語っています。
〈一票には、「もうちょっとマシにしてください」という願いを込める〉
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あしたは投票日です。
民主党が優勢で「政権交代」が実現しそうです。長く続いた自民党支配の政治を変えたい、という有権者の思いが、風を起こしているようです。
ただ、この風、強い割には、あまり熱くはなさそうです。
朝日新聞社の世論調査によると、政権交代で政治が「良い方向に向かう」という人は25%です。54%は「変わらない」と考えています。子ども手当、高速道路無料化といった民主党の看板政策もあまり評価されていません。
興味深い数字があります。
「自民、民主の2大政党以外の政党にも勢力を伸ばしてほしい」という人が54%もいるのです。民主党に投票するという人でも58%に上ります。
政権交代を望む。でも、それだけでは……。政権が暴走しそうな時の歯止め役になったり、市井の小さな声を丁寧にすくい上げたりする勢力も必要だ。そんな気持ちの表れでしょうか。
前回の総選挙では、当時の小泉首相が「郵政民営化、賛成か、反対か」と単純に、それゆえに歯切れよく主張して、自民党に大勝をもたらしました。
あれから4年。「郵政民営化」のあとに続いていたはずの「でも、それだけでは……」がかき消えてしまったことを、苦く思い起こしている人が少なくないのではないでしょうか。
敵味方をわかりやすく色分けする小泉さんの手法を、メディアが増幅して興奮状態を引き起こした前回の総選挙は「小泉劇場」といわれました。
劇場は、熱狂をあおることもありますが、この世界を日常とは少し違ったものとして見せたり、ものごとを深く考えさせたりする場でもあります。そこには、わかりやすいだけではない、繊細に、相対的に人間や世界を語る言葉がたくさん生きています。
シェークスピアの「ハムレット」を例にとりましょう。ハムレットは文武に優れた王子ですが、内省的で、行動することに慎重です。
一番有名なせりふは「To be, or not to be, that is the question」という独白。小田島雄志さんは、こう訳しています。
「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」
深い自問です。現状は肯定すべきか。否定して変えるべきか。変えることにすぐ飛びつくのではなく、変えた先のことにも考えをめぐらす。常に両面から見つめようとする言葉です。
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さて、最後にもう一度、吉野作造に登場してもらいましょう。彼が大正13年に発表した文章の一節です。
〈総選挙だからとて俄(にわ)かに馬鹿騒ぎをするのは不必要のことだ。本当の憲政の要求するところは選挙だからとて少しも騒がず、国民が平常と変らず各々(おのおの)その業にいそしむということである。……憲政の道徳的の重みは決して騒々しいところからは生まれない。冷静であればある程、選挙民の政界に対する威力は増すものである〉