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社説

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09総選挙・人づくり―明日へ大胆な投資を

 経済力の基盤は「人」だ。戦後日本の成長を支えたのも、勤勉で質の高い人材だった。

 学校を卒業し就職する。職場で仕事を一から教わり、一つの会社で正社員として定年まで働くのが当然だった。

 いまの若者に、そんな人生モデルはまねしたくてもできるはずもない。大卒で就職しても4割が3年以内に辞める。高卒だと5割にのぼる。大卒者の1割は、就職も進学もしない無業者となる。昨今の冷厳な現実だ。

 企業は社内で若者を育てる余裕を失ってしまった。経済のグローバル化で、求められる能力も多様化している。日本が生き残るためには、次代を支え、切り開く人材を社会全体で育てあげねばならない時代になった。そのためには教育システムの根本的な見直しが必要だ。

 欧米先進国は新興の国々の激しい追い上げも受け、教育に思い切った予算を割いている。経済協力開発機構(OECD)平均の教育予算は国内総生産(GDP)比で5%。日本の予算は3.4%に過ぎない。

 欧米諸国の多くでは高校の授業料は無償で、大学生や大学院生には給付金付きの奨学金制度がある。

 なかでもOECDによる生徒の学習到達度調査(PISA)で好成績をおさめるフィンランドは、教育制度の大改革を進め、初等教育から大学までほとんど無償で高いレベルの教育が受けられる。子どもたちの学力格差が小さいことでも知られる。

 日本では、親の収入によって子どもの学力や進学先に差が広がっていることが指摘されている。格差が固定することは社会の活力を大きく損なう。

 豊かでない家庭の子どもも十分な教育を受けられるようにするためには、まず公教育の質を引き上げなければならない。きめ細かな指導をするには少人数学級が必要で、教師の数も能力の向上も求められる。

 国情や教育システムには国によって違いがあるとはいえ、教育予算のGDP比をせめて先進国の平均的水準に高めたい。福祉の財政需要も膨らむ一方だが、将来のための大胆な投資を惜しまない決意が政治には要る。

 人づくりに必要なのは資金だけではない。教育現場の意識も変わらねばならない。内向き志向を改め、世界に挑戦する若者を育てることだ。

 日本がアジアとともに生きていく経済圏を築くためには、大学の国際化を思い切って進め、受け入れる留学生も増やさねばならない。

 多くの先進諸国では、一度社会に出てからまた大学や大学院に戻り、身につけた知識や技能、資格を武器にしてキャリアアップすることが可能だ。日本でもそうした流動性、柔軟性を社会が備えることが必要だ。

南北対話―「核」の進展あってこそ

 北朝鮮との和解と共存を目指した金大中元大統領の思いが通じたのだろうか。その死去を機に、韓国と北朝鮮の対話が復活した。

 金正日総書記は側近を名代として弔問に送り、李明博大統領が会談に応じた。いま、南北離散家族の再会事業の2年ぶりの実施へ、双方の赤十字が協議を続けている。人道問題が進展を見せ、李政権が発足して以来、悪化する一方だった南北関係の空気が変わるきっかけになるなら好ましい。

 核実験で国連安全保障理事会が制裁を科して以来、北朝鮮は反発を強め、南北間で軍事衝突も起きかねない緊迫した状況にあった。

 北朝鮮は今月、クリントン元米大統領の訪朝を受け入れ、不法入国したとして懲役刑を科した米人記者2人を釈放してもいる。拘束していた韓国の会社員も解放した。昨年から中断している金剛山と開城への観光も、再開させる用意があるという。

 こうした「微笑外交」には思惑がある。金総書記の後継体制を固めるには、経済的な成果も必要だ。観光再開や韓国が投資する開城工業団地の活性化は、貴重な外貨稼ぎの一助になる。韓国を引き込むことで、米朝協議を実現させる誘い水にもしたいのだろう。

 だが、北朝鮮が核の放棄に向けて何の動きも見せないまま状況を変えようとしても、とうてい受け入れることはできない。

 金大中時代の「太陽政策」の時とは違って、北朝鮮はその後2度の核実験を行い、弾道ミサイルの開発を進め、シリアやミャンマーへの核技術の拡散疑惑まで表面化した。事態ははるかに深刻になっている。

 その意味で、北朝鮮が核放棄に動いてこそ大規模な経済協力ができる、と李大統領が弔問団にはっきりとクギを刺したのは当然のことだ。

 今回、弔問団が李大統領に伝えた金総書記のメッセージに新味はなかったという。離散家族の再会や観光の再開にしても、北朝鮮側には大きな負担感もなしに実現できるものだ。譲歩と言えるものではあるまい。

 6者協議の議長である中国外務次官が先週訪朝し、協議への復帰を求めたのに対し、北朝鮮は改めて拒否した。核放棄、不拡散に向けた国際社会の要請に全く応えようとしていないと言うしかない。

 少なくとも6者協議の場に戻り、以前の約束を履行する姿勢を明確にしない限り、基本的な状況に変化はありえない。それを北朝鮮は認識すべきだ。

 この基本線で日米韓が結束を固めることだ。そして中ロとも連携を深めていく。間もなくできる日本の新政権は、北朝鮮の変化に目をこらしつつ、したたかで腰をすえた外交を考えなければならない。

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