社説
医療事故の紛争処理/第三者機関の法制化急務
疾病との因果関係がはっきりしない患者の死亡について、中立的な立場で原因究明を目指す第三者機関設置の法制化が足踏みしている。 医療技術がいくら進歩しても「百パーセントの安全はない」と医師は口をそろえる。
医療行為で予期しない結果となった時、医療者側と患者側の間には時として不幸な対立が生じる。医学的に避けられない死だったのか、それとも何らかの過失が原因となったのか。医療事故をめぐる紛争は、そのまま法廷に持ち込まれるケースが少なくない。 医療訴訟はここ数年、年間1000件前後で推移し、医療現場に影を落としている。裁判の当事者になり得る重圧が医師の萎縮(いしゅく)を招き、産婦人科などでは医師不足の一因になっているとされる。
患者側にとっても、訴訟は望ましい解決の手だてではないだろう。多くの場合、単に金銭的な補償を求めるだけではなく、裁判を通して事故の真相を知りたいと願い、提訴に踏み切る。現状では、納得できる結末を迎えているとは言い難い。 医療者側、患者側の双方に、訴訟は大きな負担を強いる。結果的に、両者の溝をさらに深くしてしまうことすらある。
こうした事態を解消し、原因究明とともに再発防止を図る紛争処理の第三者機関として、厚生労働省が打ち出したのが「医療安全調査委員会」(仮称)の創設だった。 具体案の検討は2007年から本格化し、昨年3月に第3次試案が公表された。同6月には設置法案の大綱案もまとまった。調査委は医療機関からの届け出や患者側の依頼を受け、医師や弁護士ら数人のチームを編成。カルテ分析、聞き取り調査などを進めて報告書を作成し、記録改ざんなど悪質なケースは警察に通報する仕組みだ。
当初、厚労省は調査委の10年発足を目指していた。大綱案公表後、今年1月までに仙台市など全国5カ所で医療者らを対象に地域説明会を開くなどしたが、今春以降、法制化は完全に棚上げ状態になっている。 厚労省は「医療界の了解が得られていない」(医療安全推進室)と説明する。調査委や調査チームは専門的な知見を有する医師の協力がなければ成立しない。一部の医療関係者が「刑事処罰につながる可能性が高く、現場を萎縮させる」などと反発しているため、試案のさらなる修正さえ視野に入れている。
早期の法制化を求めてきた医療事故の被害者家族らは、厚労省や医療界の対応にいら立ちを募らせている。検討過程で医療者側への配慮がせり出してきた試案に対し、実効性に疑問を抱きつつ「まずは第一歩を踏み出すことが大事だ」という訴えはもっともだろう。 第三者機関の目的は責任追及でも、処罰でもない。最も重要な機能は事故の調査結果を蓄積、情報公開して、再発防止につなげることではないか。不幸な対立をこれ以上繰り返さないためにも、法制化に向けた作業を急ぐ必要がある。
2009年08月28日金曜日
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