今までの
三回戦
ゲスト対談者は文化放送アナウンサーの吉田涙子さんです。 |
吉田涙子様 こないだ新聞で小松方正さんが亡くなったのを知って驚きました。76歳だって。涙子ちゃんはイメージありますか? 映画だとね、『不毛地帯』とか数知れない。日活ロマンポルノも出られてたなぁ。 小松さんは僕が生涯で初めてインタビュー取材をさせてもらった方なんですよ。19歳のとき。『中大パンチ』の創刊号。いや、アポどりからコチコチになって「OBインタビューの、記事を、作りたいと思いまして、中大OBの小松さんにお話をうかがいたいと思いまして、お電話しました次第で」とか、何か自分で何言ってんだかわかんなかった。 謝礼なんかもちろん出せないんですよ。お金ギリギリで作ってたミニコミだから。小松さん優しかったなぁ。俺、アロハか何か着てったと思うんだけど嫌な顔ひとつ見せなかった。悪役が多いし声がデカいから怖い人かなと思ったら、全然そんなことない。こっちはコチコチで、ちょっと手がふるえたりしてるんだけど、予定オーバーして2時間くらい話して下さった。 小松方正さんは中大法学部の出身で、大蔵省の役人をした後、役者になった変わり種なんだ。あ、そうそう、記事の上がりでね、「罪刑法定主義」のくだりだったかなぁ、「応報刑」と「教育刑」っていうの誤植して、顔から火が出た。「応報刑」と「教育刑」って今、まさに少年犯罪でスポットの当たってるとこなんだけど、俺はこの言葉、一生忘れないよ。嬉しかったのは僕が大好きだった『ゲバゲバ90分』のことを色々聞けたこと。あれは日本の『モンティ・パイソン』だったからねぇ。自分が本当にクールだなぁと思った出来事の現場にいた人から、直接、話が聞けるって感激だったよ。 いや、あれから一度も小松さんにお逢いすることはなかったけど、割と本当に心の中で手を合わせるかんじで、プロとしてどうにかこうにかライター稼業やってきたんだよ。僕は本当に感謝してるなぁ。やっぱり、スタートで面白かったから続けてこれたっていうのはあるよねぇ。涙子ちゃん初めて仕事したときのこと覚えてますか? 手ふるえた? 俺、誰も信じてくれないんだけどアガリ症なんだよ。 えのきどいちろう |
えのきどいちろう様 アガリ症のえのきどさん、こんにちは(笑)。 小松方正さんが出演された映画を検索したら、まぁすごいすごい!! 「網走番外地」「ハレンチ学園」「野獣死すべし」「トラック野郎」すごいすごい・・・・私が観た映画だと「マルサの女2」「ミンボーの女」とかかなぁ。「ゲバゲバ90分」も大好きで良く観ていた記憶があります。晩年は本当に沢山のご病気をされていたんだと、記事を見て驚きました。その小松さんが、えのきどさんのインタビュー第1号だったなんて!!またまた驚きでした。きっと、えのきどさんの一所懸命さが小松さんにも伝わって2時間も話してくださったんでしょうね。 私が初めてマイクに声をのせたこと・・・良く覚えてますとも!!入社1週間前の土曜日でした。「伊東四朗のあっぱれ土曜ワイド」っていう長寿番組のアシスタントを入社早々担当させていただけることになって(えのきどさんと番組をやってた水谷加奈さんの後を引き継いだの。)、来週からよろしくというご挨拶をするためにスタジオに入りました。番組の大事なエンディングですよ。でも、若いって、無知って凄いなぁと今の自分は思うんだけど、ご挨拶の場で、しかもラジオの放送中に、天下の伊東四郎さんを目の前に、「ニン!!」。これで終わり。伊東さんは笑ってくださったけれど、本当に失礼なことをしたと今でも恥ずかしい・・・。 アガったりはなかったように思います。むしろ4月スタートに備えて毎週見学に来ていた3月のほうが緊張してました。「来月から私があそこにいるんだ・・・時間ぴったりに始まってちゃんと終わるなぁ・・・・・間違えないで読めるかなぁ・・・・」4時間なんてあっという間の見学でしたよ。伊東さんとご一緒させていただけたことの光栄さは、番組が終わってからのほうが日ごと増してます。思い出す今のほうが震えます(笑)。 こういうお仕事をさせていただけてるからこそ、色んな憧れの方にお会いできるんですよねぇ。その喜びを共有してもらえるように番組を作らなきゃって、心から思ってます。 えのきどさんが今一番会って話を伺いたい人って、誰ですか??何を聞きたい?? こう書きながら、私は誰にしよう・・・と頭をくるくる回しています。 私がお会いしたいと思っていた人の中に、えのきどさんもいたんですよ。 文化放送で放送を終えて駅まで向かう、チェックのシャツにキャップ姿のえのきどさんに会えること、わりと嬉しかったりしてたのでした。 えのきどさんとお会いすることは叶ってしまったからなぁ、誰にしましょうか。 るいこ(^0^)ノ” |