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子どもは見ていた:戦争と動物/2 軍用兎飼育「少国民の務め」

 ◇手放す寂しさ書いた作文、「うれしい」と直され

 <飼はう殖やさう軍用兎(うさぎ) 兵隊さんの毛皮は少国民の手で作らう>

 本土への空襲が本格化し始めた1945年1月、少国民新聞(現・毎日小学生新聞)は子どもたちに軍用ウサギの飼育を奨励する記事を連載している。柔らかく軽い毛皮は航空兵の軍服や手袋に適していた。食糧増産に追われる農家に代わり、おとなしく世話しやすいウサギの飼育は学童らが担わされていった。

 私(記者)は毎日新聞にマイクロフィルムとして保管されている当時の新聞を読み、ある作文が気になった。兄の出征後にウサギを軍に売った少女の飼育記で、見出しは「兎さんの出征」。

 <「兎はどうでしたか。」と母に聞くと、「喜んでおくれ。全部軍隊に買はれたよ。」と言はれました。私は思はず「ああうれしい。」と叫びました>

 書いたのは「釧路郡共栄校初5年 残間サキ」とある。戦後の消息をたどると、北海道で健在だと分かった。

    *

 7月、紫のラベンダーが彩る北海道富良野市でサキさんに会った。78歳。息子が営む書道教室を元小学校教師の夫と手伝っているという。当時の新聞のコピーを渡した。

 「ああ」。口元を押さえた手の間から小さな声が漏れた。しばらく押し黙った後で「はっきり思い出しました」と、目を上げて静かに語り始めた。

 板金工だった父はサキさんが4歳の時に病死し、後を継いだ長男俊雄さんが一家の大黒柱として働いていた。15も年下の妹サキさんをとてもかわいがってくれた。

 ウサギを飼い始めたのは俊雄さんだった。「お国のために役立つことをせねば、との思いからかもしれません」とサキさんは言う。兄を手伝いエサにする草を刈り、小屋に風を通し掃除した。白くて目が赤いメメちゃん。耳が長いのはミミちゃん。特別かわいいウサギには名前をつけ、野原に連れ出した。ふわふわした毛に顔をうずめると暖かい。「クローバーで首飾りを編んで首にかけてやると、首をくるりと回して食べてしまうんですよ」

 でも<「ああうれしい。」と叫びました>の一文には「書いた覚えがありません」と首を振った。

 軍服にたすきをかけ、俊雄さんが出征していった。その後でウサギたちもいなくなった。空っぽになった小屋の戸が、風に吹かれてバターン、バターンと鳴っていた。そんな情景を書いたはずだが「先生が直したのでしょう。寂しさや悲しさは作文に書いてはいけない時代でしたから」

 もう一つ、サキさんの記憶と異なることがあった。作文を書いたのは、少国民新聞に掲載される5年も前だったという。

 作文が直されたこと、新聞掲載が敗戦の年になったこと。理由を知る人はもう見つからなかった。私は考えた。空襲が激化し本土決戦が叫ばれる中で、命あるものはすべて戦わねばならないとの覚悟を、子どもたちに刻みつけるためだったのかもしれない。

    *

 日清・日露戦争以降、国は「軍用兎」としてのウサギ飼育を推奨し、45年度には1000万匹の飼育を目指してすべての家庭でウサギを数匹ずつ飼うよう呼びかけた。45年1月の少国民新聞にはウサギで作った軍服を着た航空兵の写真とともに、こんな記述もある。

 <「憎い敵米兵をたたきのめすためなら、どんなことでもするぞ。」これは全国の少国民の今の気持ちでありませう。勝ち抜くために、皆さんのする仕事はたくさんあります。軍用兎の飼育も一つです>

 当時ウサギの繁殖を担った施設が今も残る。福島県南会津町の会津山村道場。37年、山村の指導者育成のために国が設置した。今は農村体験のできるキャンプ場になっている。

 道場を訪ねると、白ウサギの石像があった。軍用に品種改良され、種ウサギとして全国に広められた「常松号」。改良者の功績をたたえ、ウサギの霊を慰めるために建立されたという。

 敷地内では今も常松号の子孫が育っている。真っ白な子ウサギが柵の中で体を寄せ合い、夏休みの子どもたちが、摘んできた草を楽しそうに食べさせていた。【木村葉子・42歳】=つづく

 ◇子どもの新聞も戦争一色に

 1936年創刊の「大毎小学生新聞」が「少国民新聞」となったのは41年1月1日。4月から小学校が国民学校と改称されるのに先駆けての改題だった。立派な少国民を育てるため、紙面は戦時色一色になっていく。掲載された児童らの習字にも<一機一艦体当たり><勝ち抜く力>などの言葉が並ぶ。

 新聞発行が1社1紙となった45年4月以降休刊し、再刊したのは終戦後の11月1日だった。この日の紙面には<少国民新聞休刊前の数年間といふものは、皆さんにおしらせしなければならないことの中に、時の政府の指導でゆがめられたことが沢山ありました。今日からの少国民新聞にはさういふことはすつかりなくなつて、少国民として知らなければならないことは、なんでも正しく報道することができます>との一文が掲載された。

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毎日新聞 2009年8月11日 東京朝刊

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