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【2009.3.1.毎日新聞】 発言席「青年と平和」 創価学会名誉会長 池田大作
危機の打開へ若き活力を アインシュタインが精神分析の創始者フロイトに「戦争を避ける方途」を尋ねた。答えは明快であった。「人と人の間の感情と心の絆を作り上げるものは、すべて戦争を阻む」「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!(浅見昇吾 訳)。すなわち対話によって、心の温かみのある社会を建設することだ。そして文化の創造と交流である。特に良質の活字文化は絶対に護らねばならぬ平和の砦だ。
ノンフィクションライター泉流星 辻井正次理事長 辻井正次CEO
イルカ・セラピー 名誉毀損原告 浅見昇吾 浅見淳子
「子供たちの叫び
」 尾崎ミオ
ノンフィクションライター品川裕香
「イジメのプロ集団」による執拗な自閉症イジメ、差別は、私達患者や家族が自殺するまで続く。
一度目 4月6日月曜 二度目 4月19日日曜 三度目 4月27日月曜 四度目 5月8日金曜 五度目 5月17日日曜 六度目 5月18日月曜 七度目 5月19日火曜誰かの誕生日 八度目 5月20日水曜 九度目 5月21日 木曜 10度目 6月4日 木曜 11度目 6月9日火曜 その他、ランキング外しは日常。 一度目は2カ所同時削除 ブログの通報による表示停止は、人間に生きる意欲を無くさせる為のナチスの拷問に則ったものだそうです。 2004年 「自閉症と発達障害研究の進歩」2004/Vol8 寄稿 山岸美代子
自閉症マニア・自閉症アスペルガー症候群研究所 ランキング課
休止中 自閉症マニア・自閉症アスペルガー症候群研究所 特捜告発課
アップしました。 「新潮45」2003年2月号によると、 診断・判定を受けた約1千人の患者のうち(診察ではない)、結婚年齢に達している成人の「アスペルガー症候群」の人も20~30人。約半分は大学を卒業、中退者を含めると7割に達し、大学院まで進学した人も少なくない。 この文章の中での、就職している3人のうちの2人、結婚できた1カップルとは、私達夫婦の事である。 メールはこちら
risco002@yahoo.co.jp
自閉症をネタに金儲けをする人間らしい、非常に象徴的な事実です。 法廷で頑張ります。
花風社には電話が繋がらなくなった。非通知で掛けても繋がらない。なんで?
本部 愉快犯による7度の放火により改築に次ぐ改築現在の姿 「偽アスペ」と言われる私山岸徹
ただし、このうち就職している人は3人、結婚できた人は1カップル(「アスペルガー症候群」同士での結婚)しかない。
それでは、SAM迄解明されていながら、何故その先が進まないか。進まない所か、SAM迄行き着く人が少ないのか。その手掛かりは次にある。此処に「先天的に目が見えない」人が居ると考えて下さい。この人は、視神経が無いので、光も感じない。では、あなたは、この人の状態を「想像」してみて下さい。あなたは、本当に盲目の人の状態を「想像」出来ましたか?それは、単純に、見える現在の状態から「見える」部分を無くした状態では無いでしょうか。「見える」人が「見えなくなった」状態は、簡単に想像出来ます。しかし、生まれつき「見える、見えない」とは無関係の「無」の状態を、あなたは、本当に「想像」出来ると思いますか?実は、此こそが、哲学的領域まで踏み込んだ、「自閉症を想像する」と言うことの、手掛かりなのです。今、その見えない人の「無」の状態を想像する。「無」が有る事を「想像」する。この、哲学的命題を理解出来るでしょうか。この事自体、大変難しい事ですが、「自閉症」とは、現実の事です。「SAM」の完備した、クソチンコが、あたかも「SAM」が無い世界を見たような、出任せを言うと、「SAM」の完備した、脳天気な、知性の低い教授連中は安心するのです。だから、何時まで経っても、クソチンコは消えない。それ所か、貴重な存在、自閉症でありながら、定形発達の考え方をする。それも、アホな教授達が考えるような、低レベルの話を、その通り発現してくれる。こんな便利な存在はありません。定形発達の側から、「無い、が有る事を想像する」事が、論理劇に不可能ならば、どうしたら良いのか。では、自閉症の側から考えて見ると、「無い物が、有るかの如く想像する」これも、また、残念ながら論理劇に不可能なのです。誰一人、「定形発達に生まれて、自閉症になる」或いは「自閉症から定形発達になる」と言う体験をした人は、居ないのです。(村上由美は、世界で唯一治った) だから、日本のバカ教授連中以外の、海外の研究者達は、軒並み謙虚です。それだけ、彼我のレベルの差は、大きいのです。
2008/1/16(水)のブログ 復元記事
SAMが無い。つまり、「自己」を明確に意識出来ない。これは何から分かるが。アスペルガー症候群の子供の特徴として、「ハイ」と言わない、という特徴がある。「ハイと言わない」というのは、「ハイ」という言葉を使わないという事ではない。
「どうして宿題してこなかったの?忘れたの?」(教師)
「ううぅん」
「昨日寝ちゃったの?」
「ううぅん」
「やりたくなかったの?」
「ううぅん」
「どーしたの!はっきりしなさい!」(堪忍袋の緒が切れた教師)
「わかんない」
「わかんないじゃ、ないでしょ!どーしたの!!」
これは、知能の低い子供の返答ではなく、殊更勉強が出来、頭が良い子供なのに、妙に幼ぶって、シラを切るので、教師もブチ切れたのだ。
これは、宿題をしない理由を、概念化して、纏められない事も原因の一つだが、最も重要なのは、「自己」を見つめられない。自分の状態をモニター出来ない。つまり、「SAMの欠陥」に依る物である。大人になると、「あまのじゃく」とされる物だが、自分の内部にある「気持ち」と、命名されているモノは、非常に複雑なモノで、概念化が出来ないが故に、「楽しかった」だの「嫌だった」だの「普通になりたい」だの「帰りたい」だの、簡単な言葉で言い表せない。逆に言えば、言葉に表せない状態を、表しているのだから、素直と言えば素直なのだが、SAMが完備している、定形発達の「ヒト」が、間違い無く同じ表現を取るのに、それらと同じ表現が出来ない。つまり、SAMの欠陥で、自分の状態を、きちんとモニター出来ない事が、「あまのじゃく」の発生に繋がる。だから、答えを悩む子供に、通り一遍の回答を求めても、出来ないし、期待に応えた答えを、導き出せないのだ。「どーして、どーして」と親は問い詰めるが、もう一度、その質問の意味をよく考えて欲しい。親、又は教師は、その時、本当の理由が知りたいのか。或いは、その時の当然のやりとり「コミュニケーション」としてのやりとり、自分が望む、子供らしい答えを望んでいるのか、一度考えて欲しい。実は、後者であることが、ほとんどなのではないか。しかし、自閉症の子供は、自分の内部にある「気持ち」というモノを、モニター出来ないから、しょうがなく、その時の物理的状況、例えば、「あの時、車がビューって来たから」とか、「犬が吠えたから」とか、「太陽が眩しくて」とか、大人が求める言葉と、全く違う事を言い出す。大体の大人は、それでキレて、「他人のせいにするんじゃない!あんたはいつも、ヒトのせいにする、卑怯者だ!」と怒鳴ると、「オレは卑怯者だ」と、50年言い続けることになるのだ。自閉症の子供は、自分の気持ちをモニター出来ない。その事が分かっていれば、子供との関係も、少しは上手く行くかもしれない。子供の頃から「つらく哀しい」かった、クソチンコは、子供の頃から普通だったのだ。
2008/1/15(火)のブログ 復元記事
SAMは自閉症のすべてであり、その根幹を為すモノである。一気にSAMについて書き込もうかと思ったが、昨日また素晴らしい映画を見たので、ちょっとお休み。映画については、過去に何度か書いた。アメリカの映画は、どうしてこんなに奥が深いのだろうか。本当に感心する。日本の映画、テレビドラマ、ドキュメンタリーの作りのちゃちさに比べると、日本のメディアの底の浅さに嫌になる。昔、初めて痴呆にメスを入れたと、話題になった「花いちもんめ」と言う作品があったが、これもアルツハイマーと脳血管性痴呆とが混ざっていた。「光とともに」というドラマも、あらゆるエピソードを、1人のキャラクターに押し込めて、解説ドラマになっているから、結局そんな人間が居なくなってしまう。しかし、アメリカの優れた映画は、「障害の紹介」に目的がある訳ではなく、「其所に居る人物」の物語を描いている。「その人物」をリアルに描こうとすればする程、障害を明確な形に描き出す事になる。その事で、障害も考える事になる。参考になるか分かりませんが、いくつかの映画を紹介します。
「RADIO(僕はラジオ)」☆☆
「ジュラシックボーイ」
「ハウスオブカード(心の扉)」
「シザーハンズ」
今日のこの文章で物足りない人は、もう一度こちらを読み返して見て下さい。
http://3rd.geocities.jp/horidasi1147/totu2.html
http://3rd.geocities.jp/horidasi1147/totu1.html
2008/1/14(月)のブログ 復元記事
可愛い動物に、鏡を見せた事が有るだろうか。子犬でも、子猫でも、初めは鏡の裏に、何か居るのか不思議そうにする。明るい性格の子犬なら、相手になんとかじゃれつこうとする。人間にも同じ時期がある。人間の18ヶ月から22ヶ月は、SAMが発現する時期である。だから、18ヶ月以前に鏡を見せると、不思議がり、裏側に回って、誰かが居ないか確かめようとする。しかし、22ヶ月を過ぎた子供に、鏡を見せ、隙を見て鼻の頭に、赤い絵の具を付けると、すぐに自分の鼻の頭に、絵の具が付いた事を理解する。勿論、理解の表現は様々で、自分で取ろうとしたり、誰かに取ってもらおうとせがんだり、その反応は色々だ。(この部分が個性だね)22ヶ月を過ぎた子供は、SAMがあり、鏡に映った【自己】を、完全に理解している事が、この実績によって分かる。この18ヶ月から22ヶ月に完成する【自己意識】こそが、自閉症に無いモノである。しかし、この、幼い時期に【自己】が確立するせいで、多くの親が、混乱を起こすのも事実である。「昔は自閉症じゃなかったのに、3種混合ワクチン(アメリカの混合ワクチンの事。日本とは違う物)を打ってから、自閉症になった。だからワクチンが原因だ」「子供の時、40℃を越える熱を出した。それからおかしくなった」等、自閉症の子供を持つ親のほとんどが、DNAではなく、外的要因を原因に挙げ、それを強く信じていた。だから、今現在でもそうだが、様々な原因説が作られ、しかし、ほとんど時間と共に消えてゆく。《キレート剤による、体内金属排出療法は、アメリカの3種混合ワクチンに、極々微量の金属成分が入っていた事と、多くの親が、ワクチン接種時期から、子供が変わったという証言から、発案された原因説で、それが事実なら、既に、日本で、足柄鉱山流域、水俣、での、自閉症児大量発生があるはずだが、現実にその報告は無い。水俣病は、あくまで水銀による、【水俣病】であり、自閉症では無い》 DNAの謎が解明されつつある現代では、その原因がDNAに有る事を、疑問に持つ人は、少なくなったのではないだろうか。とにかく、幼児は、18ヶ月から22ヶ月にSAMを獲得し、自己を確立出来るかどうかが、自閉症かどうかの境目になるのだ。さらに、知能の遅れ(知能障害)は、また、別の問題として、付随して発生してると考えた方が正しいだろう。
自己の発生は、18ヶ月から22ヶ月にあるのであーーーーーーる。
2008/1/13(日)のブログ 復元記事
先天的に、SAMが形成されないのが、自閉症である。しかし、知能はある。周りの人間には、すべてSAMが備わっている。SAMが欠けている、自閉症の子供達は、見よう見まねで、SAMに変わる物を身に付ける。私はこの事を、便宜上「疑似SAM」と呼んでいる。尤も、そう呼んでいるのは、私達夫婦だけで、さらに成長した自閉症が、この「疑似SAM」を獲得する様について、述べている書物は見たことが無い。残念ながら、自閉症とSAMについては、あくまで10才位迄の子供を、対象とした研究結果だけで、さらに成長した大人については、全く研究報告が無い。だから、「疑似SAM」については、学問的裏付けが無いのだが、現実に私達夫婦は、そのようなモノを持っている。そうしか言えない。その前に、SAMについて、もう少し簡単な、分かり易い説明をしよう。それは、明日じっくりと。
2008/1/12(土)のブログ 復元記事
私は、SAMの欠陥と表現しているが、厳密に言えば、有るか無いかの世界なので、「無い」と言う表現になる。但し、人間には知恵があるし、人間として生まれた以上、SAMが有る事が基本条件であり、無条件でSAMが有ることを求められる。その為、非常に幼いときから、知能で擬似的にSAMを作り上げる。例えば、他の人間が、こちらを向いていると、「誰かが見ている」と「知識」として、憶えるのである。「ヒト」であるならば、そんな事は教えられる迄もなく、無意識下で理解しているのである。
ところが、自閉症のグループは、知能を用いて理解しなければならない。「アスペルガー症候群」であれば、知能が高いから、何れ知識として、社会生活の常識として憶える。「知能が低い自閉症」であれば、アスペルガー症候群に比べ、憶えるのが遅くなる。こう考えれば、知能の高い、低い、時間がかかる、掛からないの区別だけで、対応する方法としては、自閉症もアスペルガー症候群も、全く同じで有る事が、分かると思う。だから、我々「アスペルガー症候群」の、知識として身に付けた社会常識を、掘り起こすと、そのプロセス(手順)を丁寧に解明すれば、自閉症の諸君に、なんとか、社会常識を憶えさせる手引きと成るはずである。クソチンコの様な、誰でも簡単に分かったような気にさせる、ガセデータは、糞の役にも立たない事が、よく分かるだろう。逆に、自閉症の子供を持つ親で、クソチンコを信じる人間は、クソチンコのガセネタを実践して、子供を人身御供として差し出し、結果クソチンコ達のミスリードを、広く知らせる使命がある。
そうにでも、ならなければ、日本中の自閉症児が、永遠に、無駄な努力を強いられ続け、逆に苦しみ続けなければいけいからであーーーーーる。
2008/1/11(金)のブログ 復元記事
今から30年前、秋吉敏子とルータバキンビッグバンドが結成された。ビッグバンド構成に誰も見向きもしなかったこの時期、アメリカで活動していた秋吉敏子が、ジャズビッグバンドを作り、オリジナル曲を発表した。
当時、それは確かに面白く、久しぶりのビッグバンドの新曲に、みんな大いに喜んだ。
日本に凱旋公演すると共に、ライブ盤を録音するツアーが組まれた。大体、ライブ盤は、ツアー後半のライブがまとめられる事が多いのだが、その時は、私達(私と友人)が見に行った、初日の録音がほとんど採用されていた。
あの時は、ノリノリで最高に楽しかった。録音盤を手に入れて、何千回聞いたか分からない。そのライブで、最高に間のいい掛け声を掛ける客が居て、それにつられ、ライブでも皆ノリノリだ。観客に合わせ、アドリブも冴えた。
その録音は、何千回、何万回も聞いているんだ。今日、突然気が付いた。
あの、ノリノリで、抜群のタイミングで声を掛けていたのは、「オレじゃん!」どう考えても、その状況を考えても、
やっぱりオレだ。友達と一緒にレコードを聴いた時に、誰も教えてくれ無かった。だけど、あれはオレだ。間違い無い。
SAMの欠陥がある私が、確信を持てたのは、あれから30年経った、今日その日だ。間違い無い。レコーディングのその日、オレは中野サンプラザに居たんだ。今、気付いた。30年してやっと確信できた。
そんな、アスペルガー症候群のおじさんです。 アスペルガー症候群とは、こういうモノなのです。
でも、なんであの時、友達は教えてくれなかったんだろう。友達甲斐の無い奴だ。
2008/1/10(木)のブログ 復元記事
自閉症のグループの子供が、泣き声になっているのを聞くと、胸が締め付けられる。私もよく泣く子だった。
いつからかは、知らない。「あんたはいつも、ニコニコ、ニコニコ機嫌のいい子だったのにねぇ」母のぼやきは毎日だ。泣き終わった私には、針の筵だ。母曰く、私はいつもニコニコ機嫌の良い赤ん坊で、本当に手が掛からない、親孝行だったそうだ。それが、毎日の様に泣くようになったのは、いつからなんだろう。
「あれっ?今日、トール泣かなかったね。珍しい日もあるねー」「そんな事無いよ。いつも泣いてないモン」小学4年にもなった私に、母は屈辱的な言葉を投げ掛ける。私も、何故泣くのかは分からない。何か言おうとすると、胸が熱くなり、身体に力が入り、そのままでは声が出ない。涙が出て、少しだけ身体の力が抜けると、やっと声が出る。もう、その時の声は泣き声で、やたら大きな声だ。私だって、そんな大ごとにしたくない。しかし、出来ないのだ。上手く声が出せないのだ。
「コノヤローーー、マテーーー」教室の外を、いつものあの子が、クラスメイトを泣きながら追いかけている。
「あー、また泣いている。あの子泣くと怖いよ」あの子とクラスメイトだった子が、面倒くさそうに呟いた。
私は、学校では何とか気を紛らわせて、泣く事を押し潰していた。同じクラスの皆にはバレていない。しかし、彼の気持ちは、手に取るように分かる。私も、家に帰ると、姉妹家族に泣かされる。しかし、泣いて、初めて言いたい事が言えるのだ。 何時からか。何故なのか。
2007/6/16(土)のブログ 復元記事
復元コメント:
トールさんのブログにはいつも自分のことを考えさせられます。
いたんですね、私のような人が。
自分と同じような人が見つけられずに、中学生ぐらいからずっと漠然と
自分のことを「絶滅種」だと思ってきました。
今思えば、これが私なりのアスペルガー症候群の呼び名だったわけですが。【投稿者:笛 2007年6月18日(月)16:36】
何時も、母が此の話をする時は、微笑ましい話としてでは無く、笑い話として話すのを、良く憶えている。
「トールは、よく箱の中で、本を逆さまにして、読んでいたのよぅ」箱は、当時玩具を入れていた、ミカン箱位の木箱で、
これは、好んで入っていたことを、よく憶えている。夜眠る時は、自分の敷き布団の下に、足を折り込んで挟んだり、時には、姉の敷き布団の下に、足を入れてさせて貰っていた。
最近気付いたのだが、私の場合、眠くなると足が非常に怠くなる。だから、足の裏を叩いたり、小さく曲げたりするのだが、これは本当に怠い。(ここまでは、誰にでもある話)大学時代、叔父の家に泊まった時、何気なく足をパジャマの裾より内側に入る様に、足を小さく畳んだら、叔父が「小さい頃の癖は抜けないもんだなぁ、お前が小さい時、何時もそうやってたぞ」
叔父が言う、私の小さい頃とは、我が家に叔父が居候していた頃で、丁度私が、0才~4才前迄の頃の話だ。
良く、自閉症の子供が、狭いところに入ろうとしたり、狭いところに、ぎゅーっとしてるのは、なにか、手足がだるいのではないか。(さらに、考えてみると、私は、普通に立っている状態の時でも、時々、左右の壁に挟まれたまま、宙ぶらりんの状態にならないかな、と願う時がある。息が苦しくても、挟まったまま宙に浮いている方がいい。
そういう意味では、テンプル・グランディンの牛締め機の話も、なんとなく分かる。)
とにかく、4才過ぎの私は、絵本を逆さまに読んでいたのだが、此は、逆さまに読みたいのではなく、吝嗇の母が
新しい絵本などは、絶対買わず、何度も同じ絵本を繰り返し読み聞かせるので、こんなつまらない絵本を、
何度も声を出して読むのは、逆さまに読んだら、何か面白い事があるに違い無い、そう思って逆さに読んでいただけで、正逆分からず読んでいた訳では無いのだ。
22ヶ月を過ぎて「自己」が確立した幼児なら、母親が、本を逆さまにして読むのは、自分の為に逆さまにしていると言うことを、無意識に、自動的に理解出来るのだ。
これが、自閉症児の私と、定形発達の幼児との大きな違いなのである。
2007/6/15(金)のブログ 復元記事
リアルな形で、映画の一部のような記憶。私の記憶の始まりで、裏が取れているものは、3才と6ヶ月からである。
当時、家族と共に、小樽の祝津の海岸(海水浴場)に行った時、従兄弟に海に浸けられた。
「ほら、良一。トールが怖がってるから、もう止めなさい」私は、海が怖いなんて思っていない。水が冷たくて、嫌だったのだ。
この時、私は、「うぃーーー↑!」と、声を出して嫌がった覚えがある。言葉では無かった。
とにかく、もうこの時から、私の感じている事と、相手(この時は母)が感じている事が違っていて、
母が、全く私の「気持ち」を分かっていない事が、印象的だ。
私は、2才になってから、ようやく歩き出したらしいのだが、この3才の時、きちんと発語していたのだろうか。
私の事は、妻が聞いても誤魔化すばかりで、とにかく話さない母は、この辺の事情も、一度として話した事は無い。
2007/6/14(木)のブログ 復元記事
復元コメント:
下の方でPTSDのことに触れていらっしゃいますが、私も同じ様な感覚を覚えています。
ただ、物心ついた時から日常的に起きることなので、特にトラウマなどと考えることはありませんでした。
そう考えたらトラウマに押しつぶされて、今もう生きていないかもしれません。
私は3歳児健診で言葉の遅れを指摘された(母が叱られた)そうです。って、親のせいですか?
歩き始めたのは10ヶ月で、早かったそうです。 【投稿者:笛 2007年6月14日(木)15:15】