<せんぱばんぱ>
「1ガロン20ドル」という本が英米論壇で評判だ。著者は経済誌フォーブスの記者クリストファー・スタイナー。都市工学の専門家らしい。
一種の「ピークオイル」論だが、この分野の本にありがちな終末論的な脅迫本ではない。著者が言いたいのは「ピークオイルで暮らしは一変するが、それは割合、感じのいい世界だよ」ということだ。
いま米国のガソリン価格は1ガロン=2・5ドル前後、日本流に言うと1リットル=63円ぐらい。これが例えば6ドルに上がると、肥満に起因する病気が減って300億ドル(2兆8000億円)の社会的コストが削減され、数千人が交通事故や大気汚染に伴う心筋梗塞(こうそく)で死なずにすむ。
それに、運送費の高騰で中国で生産し米国に輸入するというビジネスモデルが崩壊する。その結果、米国企業の国内回帰が起きる。14ドルともなると、世界最大の小売りチェーン、ウォルマートも、何しろ製品の7割が中国製だからおしまいだ。
スシにこだわっているのが印象的。20年後か30年後か、18ドル(つまり、いまの7倍ぐらい)になれば、スシ屋からマグロは消えて、カリフォルニアロールみたいなのばかりになるそうだ。遠洋漁業が維持不可能になるということである。
つまり、人々は基本的に学校や駅、レストラン、食料品店の近くに住み、自転車で行き来する。地産地消。パリやディズニーランドには行けなくなるが、まあ、楽しみは手作りするものだ。
英紙フィナンシャル・タイムズの書評は、褒めつつもどこかにケチをつけるが、今回は「米国中心主義」。英国のガソリン価格は、すでに6・25ドルなのだそうだ。だから、8ドルになると天地がひっくり返るようなことを言われてもピンとこない、と。
しかし、それは小さなキズ。石油価格上昇の刻み目ごとに、世界がどう変わっていくか具体的に描いた労作である。今年の必読書のひとつ。(論説室)
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ronsetsu@mbx.mainichi.co.jp
毎日新聞 2009年8月23日 東京朝刊
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