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【伝統芸能】<歌舞伎>作曲に演奏に腕ふるう 竹本三味線 豊沢菊二郎2009年8月22日 市川海老蔵が天下の大盗賊を、従来とは異なる視点、構想で熱演している新作歌舞伎「石川五右衛門」(東京・新橋演舞場で二十七日まで)が話題だ。斬新な振付・演出、大道具、小道具遣いなどとともに、舞台上手で出語りをしている竹本(義太夫)連中の働きも見逃せない。この新作の作曲をしたのは、竹本三味線の豊沢菊二郎(48)。中村吉右衛門や中村勘三郎、中村橋之助、市川染五郎ら人気の役者たちから大きな信頼を寄せられ、作曲に演奏に腕をふるう、その素顔は−。 (田中冴子) 五右衛門といえば、「絶景かな、絶景かな」と嘆賞する「南禅寺山門の場」が有名だ。今回は大坂城天守閣大屋根の場で金の鯱(しゃちほこ)などが登場しての大活劇にも注目が集まる。菊二郎は「ああいう激しい立ち回りなどで、いままでにない音楽をこしらえてやれるのが、新作の醍醐味(だいごみ)」と話す。 歌舞伎は毎月興行があるので超多忙。新作といえども準備に時間をかけられないのが現実で、今回も台本をもらって数日後、皆でアイデアを練った。最後に役者が加わり、その思いや動きを見聞きして仕上げた。それぞれがプロでなくては務まらない。 一九六〇年、熊本生まれで四人兄弟の末っ子。洋服の仕立て・販売をしていた父親が邦楽、舞踊、茶道、華道…と、実に多趣味だったのがそもそもの縁。 「幼児期から邦楽器に触れ、八歳ごろから大阪の文楽の五世鶴沢燕三師匠宅に出入りしていました。十歳で正式入門し、春夏冬の学校の休みには、師匠宅で内弟子修業。普段は学校帰りに毎日、地元の先生から文楽に必要な三曲(三味線、琴、胡弓(こきゅう))を習っていた」 「当時、師匠は三島由紀夫さんの新作歌舞伎『椿説弓張月』などを作曲していた。弾き語りをしながら作る後ろ姿を見て、私も曲作りを教わったのかも…」 ◇ 十二歳で文楽技芸員研究生になり、十五歳で東京・国立劇場の文楽公演「須磨(すまの)都源平(みやこげんぺい)躑躅(つつじ)」で、初代鶴沢燕太郎を名乗って琴で初舞台。「舞台に出る前の文楽協会の適性試験は、人間国宝や名人を前に一人で受けた。厳しかったですよ。この時、浄瑠璃を語ってくれたのが、今の豊竹嶋大夫さんでした」と懐かしむ。 膵臓(すいぞう)を患っての長期闘病生活で、文楽を途中退座。あらためて八九年に歌舞伎竹本から初代豊沢菊二郎の名で、歌舞伎座の舞台を踏む。文楽は太夫・三味線が舞台を引っ張っていくが「歌舞伎は役者さんをいかに際立たせるか。今はそれに専念している」。 長年、国立劇場養成課の講師も務めてきた。「歌舞伎竹本はほとんどがここで育ち、後輩はみんな教え子です」。研修生は現在五人。七月から授業を始め、五日ほど指導したところ。 作曲は、市川染五郎が先日開いた「松鸚会」での新作舞踊劇「静謐(せいひつ)」や、同じく染五郎らによるパルコ歌舞伎「決闘!高田馬場」、中村吉右衛門の新作舞踊劇「閻魔(えんま)と政頼(せいらい)」ほか多数手掛けている。 歌舞伎海外公演も九一年の英国・アイルランドを皮切りに、平成中村座の二〇〇四、〇七年の米国、〇八年の欧州まで同行している。 「三十八年間、三味線だけ。ひたすら追究してきたが、まだ自分のやっていることに満足がいかないから飽きない。幸せですよね」
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