冷戦終結から20年が経過し国際社会は大きな構造変化を起こしている。米国はイラク戦争やアフガニスタンでの「テロとの戦い」で疲弊し金融・経済危機の発火点ともなってかつての威信と自信を失った。国際協調を唱えるオバマ大統領の登場が米国の単独行動主義(ユニラテラリズム)の終焉(しゅうえん)を象徴している。
一方、金融危機をきっかけに中国、インド、ブラジルといった新興の国々が発言力を強め、日本など主要8カ国(G8)の影響力は相対的に低下してきた。
こうした国際環境の激変の中で、日本の外交・安全保障政策にも冷戦時代の発想を超えた新しい思考が求められている。核実験やミサイル発射を繰り返す北朝鮮の新たな脅威は、日本の安全保障体制に対する不安を国民の間に呼び起こしている。
北朝鮮が行動を起こすたびに自民党内の一部では敵基地攻撃論や核保有論が出るが、地に足をつけた冷静な安全保障論議は一向に深まらないのが現状である。
歴代の自民党政権は外交・安保政策の基軸に日米同盟を据え、その強化を主張してきた。米国との同盟関係が戦後日本の平和と安全に寄与してきたのは確かである。北朝鮮の核・ミサイルや中国の軍備増強への対応を考えれば今後も同盟の重要性は変わらないだろう。
米国は民主的な政治制度など日本と共通の価値観をもっている。影響力は衰えたとはいえ依然として圧倒的な軍事力を有する「グローバル国家」であり、外交・経済・文化など多様な分野で日本と緊密な関係を築いてきた歴史的経緯もある。
だが、これまでの政府・与党の対米姿勢には「追従」批判がつきまとってきた。前回総選挙で巨大与党を誕生させた小泉純一郎首相(当時)はブッシュ前大統領との個人的な信頼関係をもとに「日米関係がよければよいほど中国、韓国、アジア諸国をはじめ世界各国との良好な関係を築ける」と言い、米国に寄り添いながら国際協調の流れから離れた。
ブッシュ-小泉ラインが消えたいま、米国はオバマ大統領のもとで変革へ踏み出した。一方、日本の政治を動かしているのは小泉体制下で選ばれた国会議員たちである。麻生太郎首相は「行き過ぎた市場原理主義から決別する」と小泉構造改革路線からの転換を明言したが、外交・安保政策では従来通りの「日米同盟強化」一本やりである。
日本もそろそろ対米追従姿勢を転換した方がいい。目指すべきは国際環境の変化に合わせた日米関係の再構築と国際社会、特にアジア諸国との信頼関係強化の道だろう。
時あたかも、自民党政権下で日米が交わした「核密約」問題が、核を「持たず、作らず、持ち込ませず」という日本の非核三原則との関係で論議を呼んでいる。政府は密約の存在を否定し非核三原則を守る立場を表明しているが、自民党国防関係議員からは「密約ではなく国民合意で三原則を修正し、核搭載艦船の寄港、領海通過は認めるべきだ」との主張が出ている。
これに対し、民主党の岡田克也幹事長は密約を原則的に公開する考えを示し、「密約を表に出すと非核三原則を修正するのか、考え方を堅持するのか、政策的に議論しなければならない」と述べている(毎日新聞のインタビュー)。
米国の「核の傘」で日本が守られることを基本にしている日米安保体制の根幹にかかわる問題である。選挙戦を通じ各党の考えを聞きたいテーマだ。
総選挙後、民主党中心の政権ができれば、まず問われるのは対米関係だろう。同党は総選挙マニフェストのもとになる「09年政策集」で外務・防衛政策のトップに「新時代の日米同盟の確立」を掲げ、「対等なパートナーシップ」の構築をうたっている。
同党は「08年政策集」では米側の反発を招きかねない政策も掲げていた。たとえば、「日米地位協定の抜本的改定に着手」、米軍再編に関する経費負担や駐留米軍経費(思いやり予算)など米軍関連予算についての「不断の検証」などだ。しかし、今回の政策集では地位協定について「改定を提起」に表現を和らげ、米軍再編や在日米軍基地のあり方については「引き続き見直しを進める」との抽象的な記述にとどめている。
これまで反対してきた海上自衛隊によるインド洋での給油活動についても政策集ではあえて触れず、当面の活動継続の容認を示唆している。政権獲得をにらみ、有権者と米国双方の視線を意識した措置とみられる。しかし、字句いじりだけでは目指す方向が見えにくい。方針転換するなら、その理由を含め明確な説明が必要である。
与野党逆転がなれば社民党は連立協議の相手となる。しかし、社民党は自衛隊縮小や非核三原則堅持を強く打ち出しており、その調整も大きな課題となる。
毎日新聞 2009年7月25日 東京朝刊