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社説

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09総選挙・高速道料金―無料化は合点いかぬ

 自民党の「土日・祝日は上限1千円」への値下げか。民主党の「原則無料化」か。高速道路の料金が総選挙で争点のひとつになっている。

 利用者にはありがたい話だ。それなりの経済効果も期待できる。

 だが、うまい話には落とし穴がある。実現には巨額の財源が必要だし、公共交通や環境に与える影響もある。それらを考えると、優先的に進めるべき政策ではないことが見えてくる。

 このお盆期間には「1千円」への値下げが平日にも広げられた。人出が増えて恩恵に浴した行楽地も多かったようだが、渋滞もぐっと増えた。

 トラック業界では今春から運送時間が延びて配送の遅れや労働の長時間化が問題になっている。無料化すればこれに拍車がかかるのは必至だ。

 鉄道やフェリーでは春以降、売り上げが落ち込んで経営に深刻な影響を受けている会社もある。温室効果ガスの発生が少ない鉄道や船舶の利用を促す「モーダルシフト」が世界の流れなのに、自動車利用を増やす高速道路の料金政策はそれに逆行してもいる。

 また、鉄道などの公共交通機関が事業縮小やサービス低下に追い込まれれば、車を利用できない「交通弱者」への影響も避けられない。

 民主党の無料化案の最大の問題は、高速道路を建設・維持する費用を誰が払うのか、ということだ。

 すでに麻生政権が実施した「平日3〜5割引きを10年間」や「2年間の土日・祝日上限1千円」など一連の値下げには、税金から3兆円がつぎ込まれている。

 無料にすれば税金投入額がさらに膨らむ。首都、阪神の両高速を除く高速道路の無料化により、年2兆円の料金収入が途絶え、高速道路会社の借金約30兆円を税金で肩代わりする必要が出てくる。国民1人当たり約24万円の負担だ。深刻な財政危機下、その財源をどう工面するというのだろう。

 この夏、地震による路盤崩落で緊急の修復工事を迫られた東名高速が象徴したように、高速道路の維持・管理には、半永久的に金がかかる。

 無料が多かった米国や欧州の高速道路でも、最近ではこうした理由から有料化が広がり始めている。日本では利用者負担の原則を引き続き維持するべきではないか。

 一方で、日本の高速料金を安くする工夫も必要だ。政府は現在、これまでの高速道路建設に伴う借金の残りを2050年までに全額返済し、それ以降、無料開放するとしている。そのために年間の返済額が膨らんでいるのだ。それを変更して恒久有料化を決めれば、料金水準は低くできる。

 民主党はすでに当初案から首都高速などを外したが、大局的視点からの抜本見直しをためらうべきではない。

つくる会教科書―横浜市の採択への懸念

 横浜市の市立中学校の約半数で来年春から新たに、「新しい歴史教科書をつくる会」主導で編集された歴史教科書を使うことが決まった。

 4年前の採択時期には、つくる会の歴史教科書の採択率は全国で0.4%にとどまった。今回は東京都杉並区、栃木県大田原市などが継続して使うことを決めているが、指定市では横浜が初めてだ。使用する学校の在籍生徒数も約3万9千人と最も多い。

 横浜市で採択されたのは、従来の扶桑社ではなく自由社から出されたものだ。内容の大部分はこれまでの版を踏襲し、今春検定に合格した。

 教科書検定は控えめにすべきだし、教科書は多様である方がいい。しかしそれでも、つくる会の教科書は、歴史の光と影、自分の国と他の国との扱いにバランスを欠き、教室で使うにはふさわしくないと考えざるを得ない。

 自由社版でもそれは同じだ。天皇や神話を重視し、近現代史を日本に都合よく見ようとする歴史観が色濃く、中国への侵略、朝鮮半島の植民地支配については不十分なままだ。沖縄戦の集団自決にも触れていない。

 気になるのは、横浜市教委の採択経緯が教育の現場の声を十分反映したものかどうか、疑念が残ることだ。

 市教委の付属機関で教員や保護者、学識者でつくる教科書取扱審議会が、自由社版を含む7社の候補を選定。18区それぞれの学力状況などに応じ、区ごとにも幾つかのふさわしい教科書を挙げて市教委に答申した。

 答申は自由社版を「他民族の生活や文化の扱いがやや弱く、生徒の多様な見方や考え方を育てるにはやや適さない」とも評した。どの区でも自由社版の評価はさほど高くはなかった。

 ところが市教委では、各区で現在使用中の教科書と自由社版の二つを比較する形で、委員が意見を述べた。その後、委員6人が無記名で投票し、八つの区で現行のものから自由社版に切り替わることになった。

 市教委の今田忠彦委員長は、4年前の採択時、市教委でただ一人、扶桑社版を採用すべきだと主張した委員だった。今回の採択には、市教委トップとなった今田氏の意向が強く反映されたのだろう。

 教科書の採択権限は教育委員会にあるが、実際に使うのは教師と生徒だ。現場の声を反映した審議会の答申が、どこかで自由社か否かの二者択一のようになってしまった。

 今田氏は自由社版を「愛国心」条項などが盛り込まれた改正教育基本法の趣旨に合っている、と評価する。しかしこの法律は同時に、他国を尊重する態度を養うことも求めている。こちらは満たしているだろうか。

 30日投票の横浜市長選に立候補している各候補者の意見も聞いてみたい。

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