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総選挙が公示され、30日の投票日に向けて選挙戦がスタートした。とはいえ衆院解散から約1カ月。すでに与野党の論戦は中盤を過ぎた様相だ。
そんななか、新たに論点に浮上した課題がある。だれもがわだかまりなく戦没者を悼み、平和を祈る。そんな国立の追悼施設をつくるかどうかだ。
口火を切ったのは民主党だ。鳩山代表が党として取り組む考えを表明し、候補地として、靖国神社にほど近い国立の千鳥ケ淵戦没者墓苑(ぼえん)をあげた。
共産党や社民党も前向きだ。与党の公明党も、かねて新たな追悼施設の建設を主張している。
これに対し、麻生首相は「その施設をつくったら、靖国の話がなくなるのか」と否定的である。
靖国神社に参る人々が、戦争で命を落とした兵士たちを追悼し、敬意を払いたいと思うのは自然な感情だ。だが、首相のような国を代表する立場の人が参るとなると話は違ってくる。
靖国神社には、東京裁判で日本の侵略戦争の責任を問われたA級戦犯が合祀(ごうし)されている。だからこそ、昭和天皇も現天皇も、その後は参拝していない。国民の中にも、同じ点に疑問を抱く人は少なくないのではないか。外国からの賓客の多くが靖国を訪問できないのもそのためだろう。
どんな人でも自然な気持ちで戦争で亡くなった人々を追悼できる。そんな施設が日本にないのは残念なことである。民主党などが問題を打開しようと声をあげたことを歓迎したい。
東アジア共同体づくりやアジア諸国との連携強化を視野に置いて、和解への環境を整える目的もあるようだ。
首相は外相だった3年前、宗教法人としての靖国神社に解散してもらい、特殊法人化して国立の追悼施設とする案を公表した。自民党内にはA級戦犯の分祀をめざす動きもある。靖国こそが唯一の追悼の場であるべきだ、ということなのだろう。
だが、どちらも長年議論されながら実を結ばなかった案だ。宗教法人の解散にせよ、分祀にせよ、靖国神社が応じる見通しはない。結局、政治が自らの決断で打開できる策は、新たな施設の建設しかないのではないか。
参考になるのは、小泉内閣時代の02年に、当時の福田康夫官房長官の私的懇談会が出した報告書と、山崎拓・自民党元幹事長ら超党派の有志議員が06年にまとめた提言である。
ともに、特定の宗教にとらわれず、訪れた人がそれぞれに思い描く戦没者を自由な形式で追悼する場をつくるべきだと提案した。
この問題は、戦後の歴代自民党政権が積み残してきたテーマだ。いつまでも放置はできない。政権選択選挙という絶好の機会に議論を深め、今度こそ実現させてもらいたい。
日本で最もよく知られた韓国の政治家ではなかっただろうか。金大中・元大統領が亡くなった。
隣国から見れば、金氏は自国の民主化や北朝鮮との平和共存とともに、あるいはそれに増して、日本との和解に心を尽くしたとの印象が深い。
歴史問題で日本の政治家らが不用意な発言をし、韓国は激しい反日ナショナリズムでやり返す。わだかまりも解けない。そんな関係を金氏は断ちたかった。植民地支配をじかに体験し、日本という国のありようを肌で知っているという強い自負と信念から、それを自らの課題としたのだろう。
大統領に就任した98年に来日し、当時の小渕首相と交わしたパートナーシップ宣言に、その思いは結実した。小渕氏が語った過去の反省と戦後日本の歩みを、韓国の大統領として初めて文書で評価し、未来志向の関係構築をうたい上げた。
韓国内に慎重論が根強いなかで、日本の大衆文化開放にも踏み切った。文化が活発に交流するようになって互いに隣国への関心が高まり、日本での韓流ブームにもつながった。
サッカーW杯の日韓共催をへて人の往来は格段に太くなった。65年の国交正常化時の年間1万人が、いまや「500万人時代」だ。経済の結びつきも強まり、すでに日帰り出張圏である。
任期後半に当時の小泉首相が続けた靖国参拝や教科書問題できしみはしたが、日韓の関係が質、量ともに格段に深まったのは間違いない。金氏が強いリーダーシップをもって果たした役割を心に刻んでおきたい。
信念の追求は、分断国家の南北関係でも発揮された。ときに融和的すぎるとの批判も浴びつつ、北朝鮮を変えるには交流と協力を重ねて関与するしかないとの思いは一貫していた。
「成功には『書生的な問題意識』と『商人的な現実感覚』が必要だ」。本紙との会見でそう語ったことがある。金氏の政治姿勢は、それをまさに地でいくものだった。
執念の大統領当選のために、かつての政敵と手を結ぶこともいとわなかった。南北首脳会談の直前に北へ5億ドルの不正送金があったと後に明らかになった際、「北の政権は法的には反国家団体だが、和解協力の対象でもある。非公開に法の枠外で処理せざるをえない場合がある」と釈明した。
一方で現実の壁の高さに苦しみもした。金氏の期待に反し、北朝鮮は核やミサイル開発を続け、解決の展望はなお開けない。日韓関係も歴史や領土問題ゆえに一筋縄ではいくまい。
来年は日本が朝鮮半島を植民地にした「韓国併合」から100年。隣国との歴史を顧みる契機である。金氏が切り開いた道を踏みしめ、これからの両国関係を見すえたい。