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「政権交代で新しい政治を」と民主党の鳩山代表が攻める。「政権交代の先に明るい未来はない」と麻生首相が切り返す。
真正面から「政権交代」の是非を問う、歴史的な衆院総選挙がきょう公示される。
自民党と社会党が産声をあげた1955年から半世紀余、日本では野党が選挙で第1党の座を奪い、政権に就いたことは一度もない。政権交代といえば自民党内の総裁の交代。「55年体制」が崩れ、連立政権が常態となった後もそれが基本的な常識だった。
だが、健全な民主主義をつくるために2大政党による政権交代が望ましいという考え方は、実ははるか昔からあった。
「議会政治の父」と呼ばれた尾崎行雄は、1911(明治44)年に次のような一文を残している。
「二大党対立で、英国流の憲政政治をやることも、左程(さほど)難事ではあるまい……成っては敗れ、成っては敗れしているうちに、二大党対立の慣習が浸(し)み込んで、終(つい)には純粋の二大党となり、憲政の運用是(これ)に妙を極むるに至る」
実際、昭和初期の約5年間、政友会と民政党の保守2大政党が政権を争った時期があった。激しい政争を経て、軍部によって政党政治は結局、窒息させられていく。戦後の混乱期にもめまぐるしい政権交代の時代があった。
■緊張感のある政治へ
最近では93年にも政権交代があった。「非自民」連立による細川政権。第2党以下が寄り集まって第1党の自民党を下野させた異例の形だった。この政権が1年足らずで挫折したことが、村山連立政権で自民党を政権に復帰させ、以来、結果として本格的な政権交代を遠のかせることになる。
東西冷戦下の繁栄に向かって、自民党は幅広い思潮と優れた官僚機構を抱え込み、対する野党は政権担当の意思も能力もなかった。
しかし、そのことが日本の政治と行政に何をもたらしたか。88年に発覚したリクルート事件を受けて、自民党で政治改革の旗を振った後藤田正晴元副総理はこう語っていた。
「1党長期支配の下では腐敗、おごり、マンネリが避けがたい」「行政はあまりにも肥大化して能率が悪く、権力を背景にして既得権益を生み、国民の自由な活動の重荷になっている」
その弊害を打ち破ろうと、94年に実現したのが衆院への小選挙区制導入を軸とする政治改革だった。後藤田氏の言葉を借りれば「与野党間で政権交代のある緊張した政治のシステムをつくる」ためである。
それから15年。5回目の総選挙だ。
政権交代の可能性が常に開かれた政治をつくる。政権を担える党が事実上自民党しかなかった55年体制に終止符を打つ。そんな「2009年体制」の幕を、今度の総選挙で切って落とすことができるかどうか。数々の政策課題の重さをも超える今回の選択の最大の意義はそこにある。
■政権の交代を常態に
政権党に重大な失政や魅力を欠くことがあれば、次の選挙でもう一方の政党に取り換える。そんな当たり前の原則をこの日本に定着させるのは、しかし、決して簡単な道程ではあるまい。
内外ともに先を見通しにくい大転換期の中にあって、それに対応しきれない自民党長期政権の閉塞(へいそく)感は国民の間でかつてない広がりを見せている。だから民主党への支持が今のような高い数字を示しているのだろう。
とはいえ首相が言うように、政権交代しても「明るい未来」がたちどころに訪れるはずもない。むしろ民主党には政権担当の経験がないだけに、一時的には混乱を招く可能性もある。
民主党の「脱官僚」路線は機能するだろうか。子ども手当などマニフェストに掲げた新規政策の財源をひねり出すには、公共事業など他の予算を削る作業が伴う。それで不利益を被る人や団体の反発や抵抗に、民主党がたじろぐことはないか。
自民、民主両党の政権公約の違いは分かっても、それぞれがよって立つ支持基盤や憲法、安全保障といった基本的な理念で、保守対リベラルというようなくっきりした対立軸が見えているわけではない。
それどころか、似通った多様な主張が両党内に混在している。そのこともこの「政権選択選挙」を分かりにくくしている。小政党の主張をどうすれば反映できるかも課題だろう。
そもそも2大政党の議席が拮抗(きっこう)すれば、敗者がばらけて勝者にすり寄る政党再編や離合集散、「大連立」のような動きもあり得るかもしれない。
■敗者は自らを鍛え直せ
だが、せっかくの2大政党・政権交代時代の流れを逆戻りさせることは許されない。
政権党は日々の政治の中で自らの理念や存在理由を問い直し、政策を実現させていく。敗者は野党に徹し、「政権準備党」として次の総選挙に向けて自らを鍛え直すことがあくまで原則である。
政権交代時代にふさわしい政党文化を日本でも育てなければならない。私たちはそのとば口にいる。
政権交代がごく普通に繰り返される「2009年体制」の政治。30日の投票日、民意の力で新しい民主主義のページをめくりたい。