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支局長からの手紙:がん乗り越えた小説家 /高知

 「ご縁がなかったのだ」。携帯電話に2回かけましたが、つながりません。都内の大学病院にあす入院して、あさって乳がんの手術をする日でした。その夜に別の医師を頼ろうとしたのです。あきらめかけた深夜0時前、出張先の福岡から電話がかかって来ました。病状などを約1時間伝えます。「お話するだけで安心感がありました。この先生にかけてみよう」

 時代小説家の藤原緋沙子さん(62)=山梨県笛吹市=は07年1月、進行した乳がんと告げられました。「世の中のあらゆるものの色が真っ白になりました」。その日は顔が真っ青だったと後で言われました。少し前から「胸が重たいな」と感じていましたが、お手伝いの女性が検診したというのを聞いて、検査を受けてみたのです。

 TVドラマ「部長刑事」などの脚本家を経て、02年末に「雁(かり)の宿 隅田川御用帳」で作家デビュー。著書は30冊を超えます。出版社6社から執筆を依頼される人気作家です。1カ月半に1冊を仕上げる筆の早さですが、原稿が手につきません。「小説家をやめようか」

 そんな折、故郷・高知に住む高校時代の友人から熱心に勧められたのが、冒頭の電話の医師です。高知大病院の小川恭弘教授(56)。安価な薬剤(増感剤)を併用して、放射線や抗がん剤の効き目を飛躍的に上げる「KORTUC」(高知式酵素標的・増感放射線療法)を考案した直後でした(7月27日「研究費100分の1から」参照)。

 右乳房に5センチ大のがん、右脇と胸のリンパ節にも転移しています。がんの重さを示すステージは「3B」(局所進行がん)。「がんが消えますかねぇ」。小川教授に尋ねると、にこにこしながら「あなたのは、ひょろひょろのがん。大丈夫です」。07年3月から増感剤を併用した抗がん剤治療を始め、がんの大きさは半分になり、続く放射線治療でほぼ消えました。

 「ドカン、ドカンという感じでした」。笑顔で振り返ります。病室にパソコンを持ち込んでいましたが、「書いてはやめ」の繰り返し。治療の効果が表れた6月ごろ、筆がようやく走り出し、5カ月間中断を余儀なくされた執筆を再開します。原稿用紙350枚ほどを書き上げ、9月の出版へこぎつけました。「蚊遣(かや)り火 橋廻り同心・平七郎控」(祥伝社文庫)。

 「がんは気持ちが負けてしまってはダメです。治ったという良い情報の本を読むことが大切です。『大丈夫?』って心配顔でお見舞いを言われるよりも、ご近所の奥さんの『きっと治ります。そんな気がします』という言葉に何倍も元気づけられました」

 発病前は午前4時まで執筆していました。退院後の忘年会で編集者が言います。「神様が少し休息しなさいと言ったんだと思いますよ。これからはじっくり、いいものを書いてください」。ストレスをためないようペースを落としましたが、この2年で8冊を発表しています。命の大切さをかみしめながら、きょうも新作を書いています。【高知支局長・大澤重人】

毎日新聞 2009年8月23日 地方版

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