「おつかれー! 千歌音ちゃん!」
「それじゃあ、お疲れ様でした」
「はーい、スタッフー! 撤収作業はじめて!」
「はいっ!」
「――あっ! お、お疲れ様ですっ、千歌音さんっ!」
「……やえちゃん」
「は、はい?」
「今日の仕事って、これでもう終わりよね?」
「えっ……。ちょっと待って下さいね? えっとえっと……」
(パラパラ……)
マネージャーのやえちゃんが慌ててスケジュール帳をめくって確認をする。
付箋つけるとか、栞挟むとか……工夫すれば良いのに、って、いつも思うんだけど。
「……ええっと、そうですね。あとはたまテレビの第五スタジオで歌の収録があって……」
「たまテレビの第五スタジオ? それって……」
「ここからだとかなり遠くなりますね。えっと……」
「……未空市の隣町、よね?」
「えっ? ……えっと…………あ、はい。そうですっ。千歌音さん、よく知ってましたね?」
「ふふ。まあね」
「たまテレビ、行ったことありましたっけ? 千歌音さん。あそこの仕事って前にあったかな……」
「あはは、仕事では行ったことないわよ」
「そうですよねぇ。え? じゃあ、プライベートで行ったことあるんですか?」
「うん、ずっと昔に……ね」
『ちかねちゃんって歌、すごいうまいんだね』
――遼。
懐かしいな。……まだ、アタシのこと、覚えてくれてるかな。
『すごいねー。ぼく、あんまりうまくないからうらやましいな。
でも、そんなに上手いんならもっと大勢の人に聞いてもらえばいいのに』
『こんな小さな公園じゃなくてさ、大きなホールとか、ステージとか、そういうところで』
アタシをこの世界に入る、きっかけを作ってくれた人。
アタシはあなたのこと、いつでも思ってるわよ?
『ちかねちゃんならできると思うんだけどなあ……』
今、どこで何をしてるのかしら?
相変わらず、あの街にいるのかしら?
「…………」
「……千歌音さん? どうかしましたか?」
「思い出したら、逢いたくなっちゃった……あははっ」
「え? 今何か言いました?」
「何でもない。……さ、行きましょ!」
「あっ、千歌音さん待って下さいっ! え、えっと……荷物荷物っ……!」
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「ではCHIKANEさんに歌っていただきましょう! 今大ヒット中の『Trust』! どうぞっ!」
//千歌音歌歌詞(出来ない場合はこのあたりは省きます)
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「――はい、オッケーです! お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした。……ねえ! やえちゃんっ」
「お疲れ様です千歌音さ……! ……は、はいっ? どうしました?」
「今日はもう終わりなのよね? 時間、あるのよね?」
「え……。……あ、はい、今日はとりあえず――」
「あーっ! 千歌音さんじゃないですかぁーっ? お久しぶりですぅっ!」
「…………」
「あ。百歌さん、お疲れ様です」
「こんなのに挨拶なんていらないわよ、やえちゃん」
「ひどぉい千歌音さぁんっ! こんなのって何ですかぁ〜!」
「ま、まあ二人とも落ち着いて……」
「それにしても偶然ですねぇ、あたしもぉ、この番組出てるんですよぉーっ。あたし最近忙しいんですけどぉ、なんかぁ、プロデューサーさんからぁ、どうしても百歌ちゃんに出てもらいたいーって、言われてぇ〜」
「ウザいからそのしゃべり方やめろって言ってるでしょ! ト――むがっ!?」
「ち、ちょっと、今ぁ、変な名前で呼ぼうとしましたよねぇっ!? や、やめてくださいっていつも言ってますよねぇっ!? 千歌音さぁん!?」
「む、むぐぐ、……ち、ちょっと離しなさいよっ! 変な名前も何もほんみょ――むががっ!!」
「も、もぉーっ! 千歌音さんってばあ!」
「むがー!! むががー!!」
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・
・
「ふう……全く、アイツってば」
「あはは……」
「ねえやえちゃん、アタシちょっと隣町、散歩してきてもいい?」
「隣町を散歩……ですか? 隣って言ってもここからだとバスとかじゃないと行けませんよ?」
「大丈夫。タクシー使うから」
「そうですか? あ。それじゃあ、わたしも一緒に――」
「やえちゃん、さっき社長に呼ばれてなかった? 電話……」
「…………。……ああーっ!! そ、そうでしたっ!! 兄さっ……し、社長に電話しなきゃっ!! えっとえっと……」
(バササッ!)
「きゃー! す、スケジュール帳がばらばらに!」
「…………。やえちゃん……」
「あわわ……え、えっとえっと……あっ、し、社長に電話して、スケジュール帳……! す、スケジュール帳に電話っ……」
「と、とりあえず頑張って。アタシ行ってくるから」
やえちゃんはほんっと、あのドジさえなくなればすごぶる敏腕マネージャーなんだけどねぇ……。
……まあ、ドジじゃないやえちゃんなんて、お味噌の入ってないお味噌汁みたいなもんだけど。
「あれも慣れれば面白いもんよね…………」
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「わ……」
未空市だ。
懐かしい。
ほんっと、全く変わってないわね、この街。
「……ふふ、あの頃と……どこも変わってない」
小さい頃――アタシがこの街に居た時からずっと時が止まってしまってるかのような錯覚すら覚える。
でも、時間が過ぎているのは確実で。
今、アタシはこうやって……アイドルとして、ここに居る。
「…………」
アイドル、か……。
「……んーっ……」
ちょうど良いわ。
最近疲れ気味だったし、この街――未空市で、充電させてもらおうっと。
「これで遼に逢えれば、もっと充電できるのに」
まあ、そんな偶然、アタシと遼が運命の赤い糸で結ばれてるとは言え……この街がいくら小さいからって、ありえないか。
あはは。
「あー……風、気持ちいい……」
そうだ、ここ海があるんだっけ。
海……いいわよねえ。日に焼けるのは嫌だけど、気持ち良さそう……。
遼と海、行きたいな。
……あ。でも遼って泳げないんだっけ……。
「でも、泳げなくても海は楽しめるものねっ!」
あーもう、そんな事考えてたらますます遼に逢いたくなってきちゃった。
「ほんと、遼に逢えたら最高なのに」 |