(ピピーッ!)
「はい、お疲れ様! 今日はこれで終わり! しっかり休んで明日の練習も頑張って!」
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございましたっ!」
……うーん。
でも今日の練習メニュー、ちょっと自分的には物足りなかったんだよね……。
「…………」
……もうちょっと、泳いじゃおうかな。
先輩に見つかると色々大変そうだから、皆が帰ったころにこっそり……。
「柊さん?」
「ぎく……。……ぶ、部長?」
ゆっくり振り返ると、眉を吊り上げた部長がいた。
「もうっ! 何度言ったらわかるのっ、過度な泳ぎ込みは逆効果だって!」
「で、でも部長っ、今日の練習メニュー、ほとんど水に入ってないじゃないですかあっ!」
「今日は確かに体力トレーニング中心だったけど、体力トレーニングだって立派な練習のひとつよ?」
「た……確かにそうですけど……」
部長の言うことは正論だと思うけど……。
やっぱりあたし、もうちょっとしっかり泳ぎたいのよね。
……すいません、部長。
・
・
・
(ザパッ!)
「……っあー! 泳いだーっ!」
「もう。柚夏……。そんなに泳いで疲れないの?」
「うん、全然っ! もっと泳ぎたいくらいですっ」
「はあ……すごいわねぇ……」
やっぱりこれぐらい泳がないと、泳いだって気がしないわよねっ!
「柚夏ってほんと、泳ぐの好きなのね」
「そりゃあ! そういう部長だって、好きですよね?」
そう言うと、部長はちょっと苦笑いをして、プールサイドに座って……
ちゃぷん、とプールの水に手を入れた。
「うーん、私はどうなのかな」
「……え?」
「私の場合、好きだから、とか考えて水泳部入ったわけじゃないのよね。元々ほかにとりえもないし、流れで入ったみたいな」
部長が手を動かすたびに、チャプン、チャプンと水の音がして、水面が揺れる。
「そんな……」
「あ、うん、もちろん嫌い、とかそう言う意味じゃないわよ? ……でも、柚夏ほど「泳ぐのが好き!」って言う程……でもないって言うか……」
…………。
「つまり、あたしが泳ぐの好き、って言う気持ちの方が、部長の泳ぐのが好き、って言う気持ちより強い、ってこと……ですか?」
「少なくとも、練習メニュー以上に泳ごう、とは思ってないわね」
…………。
・
・
・
そんなの、なんか……寂しくない?
好きだから、とか考えて水泳部入ったわけじゃ……なんて、部長の口から聞きたくなかったな……。
「あ。柚夏。今帰り?」
「え? ……遼? どうしたの?」
「うん、ちょっと宙さんに買い物頼まれてこっちまで来たんだけど」
「そっか」
「柚夏は部活帰りだよね? ……すごいね、こんな遅くまで練習なんて」
「す、すごくなんてないよっ! あ、あたし他の人より遅いから、残って練習してただけでっ……!!」
…………あれ?
「ん? どうかした? 柚夏?」
あたし、なんかちょっとさっきと言ってること違わない?
確かにあたしは自分が凄い、とかなんて思ってないけど……他の人より遅いから、残って練習、なんて。
それって、好きって理由だからじゃないみたいじゃない。
あたし、泳ぐのが好きだから今まで練習してたんだし。
「柚夏?」
「え、あ。あ……うー……」
「ど、どうしたの?」
……な、なんか考えれば考えるほど、わけわかんなくなってきたわ……。
「なんでもない……」
「でも、よっぽど好きじゃなじゃ、こんな時間まで練習とかってできないと思うんだよね」
「…………」
「だから柚夏、泳ぐのが凄い好きなんだなぁ、って僕、思ったんだ」
「…………」
「…………ゆ、柚夏? あれ? ぼ、僕何か変なこと言った?」
どうしてだろ。
……なんで、遼にはあたしが思ってることがわかるんだろ。
「柚夏?」
「……遼だけ、なんだよね」
「え?」
「……」
「柚夏、えっと、ごめん……ちょっと聞き取れなかったんだけど、今何て……」
「……ひみつ! なんでもないっ!」
あはは、と笑って遼を見る。
遼はまだ不思議そうな顔をしてたけど、答えてあげない。
遼だけ、あたしが本当に思ってることに気づいてくれるなんて言ったらおおげさだし。
な、なんか……その……は、遼だけ特別、みたいな感じがする……し。
と、特別なんかじゃないよ?
遼は、あたしの大事な親友なんだから。
……あっ。
「大事な親友」でも一応「特別」な存在にはなる……のか……。
「…………」
う……。
何だかゴチャゴチャしてきたから――深く考えるの、やめよっと。
「うん。……あー! 沢山泳いだからお腹すいちゃった。早く帰ってご飯食べよっと!」
今日の夕飯は確か……あっ。昨日の夜カレー作るって言ってたっけ。
がっつり食べるわよー! |