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社説

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09総選挙・終盤へ―民主党へと風は吹くが

 審判が下るのは30日。まだまだ流動的な要素は多いにしても、衝撃的な数字である。朝日新聞の調査で、民主党が300議席台をうかがう一方、自民党は150議席に届かないという総選挙序盤の情勢がわかった。

 読売新聞と日本経済新聞も同様の調査結果を報じた。自民党に300近い議席をもたらした05年の郵政総選挙に匹敵する民意のうねりが、今度は政権交代へと向かっているようだ。

 選挙への関心も高まっている。本紙の世論調査では、今回の総選挙に「大いに関心がある」という人は4年前と同じ54%に達した。

 だが、民主党の背中を強力に押しているかに見える民意の風も、そう単純ではない。政権交代で日本の政治はどうなるか。「よい方向に向かう」と思う人は24%に過ぎず、「変わらない」と思う人の56%を大きく下回った。

 民主党には「不安」がある。それでも自民党への「不信」があまりに大きすぎるから、今回は民主党へ――。つまり有権者の多くは、手放しで政権交代に期待しているわけではないということだろう。

 民主党が深刻に受け止めるべきは、看板政策に対する有権者の冷ややかな目だ。子ども手当は55%、高速道路の無料化は67%が「評価しない」と答えた。これらの公約の財源を民主党が本当に賄えるのか。「不安を感じる」という人は83%にも達した。

 政策への低い評価は自民党も同じだ。10年で家庭の手取りを100万円増やすという公約を「評価しない」人は66%。自民党の政策の財源に不安を感じる人は民主党の場合と同じ83%。

 財源などを説得力ある形で示す。そうでなければ、どんなに耳に心地よい政策を並べられても軽々に信用できない。マニフェストが国政選挙に導入されてから6年、政策を吟味する有権者の目は格段に厳しくなっている。

 情けないのは、麻生首相をはじめ自民党の幹部たちが、自らの政策を訴えるのもそこそこに、民主党批判のボルテージばかりを上げていることだ。

 4年前、あれだけの巨大議席を与えられながら、結果はこの閉塞(へいそく)状況だ。なぜこうなったのか。だからこう変える。それを堂々と説明しないまま、野党批判に血道をあげることが、政権党にふさわしい態度とは思えない。

 今回の選挙では、各党の街頭演説などでマニフェストを積極的に受け取る有権者の姿がことのほか目立つ。

 それが実現可能な政策なのか。その党に本気でやり切る能力と覚悟があるか。多くの有権者が目を凝らしているのは、マニフェストの文言を超えた、政党としての基本的な信頼度だ。

 投票まであと8日。政治に変化を求める有権者の切なる思いに応える。そんな終盤戦の政策論議に期待したい。

ボルトの世界新―人類の可能性に驚嘆する

 ただ一人、別次元の速さで青いトラックを駆け抜けた。

 ジャマイカのウサイン・ボルト選手が世界陸上の男子200メートルで19秒19をたたきだし、自身が持つ19秒30の世界記録を一気に0秒11も更新した。

 9秒58で制した100メートルに続く世界新での2冠。4位に終わった北京五輪銀メダルのクロフォード選手(米)は言った。「彼は地球への贈り物、陸上競技への天恵だ」。一緒に戦った相手でさえ、悔しさを通り越して称賛してしまう、驚異的な存在だ。

 100メートルの快走は衝撃的だったが、200メートルの走りにも目を見張った。

 毎年のように世界記録が破られてきた100メートルと違い、200メートルは新記録が出にくい。記録更新はこのところ十数年単位だった。最初の120メートルほどが曲線で残りが直線。スタートから、遠心力にあらがいながら加速する高い技術が要求されるからだ。

 96年。マイケル・ジョンソン選手(米)が19秒66を出し、17年ぶりに世界新を樹立した。ひと月余り後のアトランタ五輪では、8万人の観衆の前で19秒32へとさらに縮める。「超人的」「100年は破られない」。そんな賛辞が出るほどの、圧巻の走りだった。

 しかしボルト選手は、その記録を昨年の北京五輪で破り、そして今回、さらに大幅に更新した。

 ジョンソン選手は身長が185センチあるが、胴体が長く重心が低い。遠心力に耐えやすい体形で、200メートル向きと言えた。ボルト選手は196センチで足長。100メートル以上に不利な体形を、ものともしなかった。

 号砲の前、彼はおどけた表情やポーズを取る。そこまでリラックスしてしまっていいのか、と思うくらいだ。だが、あの緩みっぷりこそが、秘める力を生かし切る源泉になっている。

 彼の走りは、上体を揺らさずに走る従来の走法とは違なる。正面から見ると、胴体部分がS字のカーブを描き、うねるように逆S字に入れ替わる。結果として四肢がしなるように前に出る。まるで野生動物のようだ。力をより効率的に推進力に換える、理にかなった走りと言えるのだろう。

 「限界は設定しない。何でも可能だよ」。技術面でも記録面でも今までの常識を平気で超える。その柔軟さこそが、彼を高みへと押し上げた。

 短距離には適さないと見なされた長身で世界記録を塗り替え、常識の壁を壊した。彼の存在で、190センチ台のスプリンターが当たり前にスタートラインにつく時代がくるだろう。そして、今は驚異的としか思えない彼の記録が破られる日も訪れるはずだ。

 短距離走には人間の能力とその限界が映し出される。ボルト選手の電撃的な走りは、人類が秘める無限ともいえる可能性を改めて教えてくれる。

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