#4 輸入冷凍ギョーザの毒物混入事件で経験したこと(2009年8月20日)
今週(2009年8月18日)発売の週刊女性9月1日号に、「中国産冷凍ギョーザ事件その後!」という記事が掲載された。取材から掲載までの時間が短かったせいか、かなり重大な間違い(すでに週刊女性には指摘をした)も見られるが、この機会に、私が輸入冷凍ギョーザ事件で経験した驚くべき役所の対応について経緯を書いておく。
2008年1月31日に各メディアが中毒発生の事実を一斉に報道して以来、私のところにもテレビ、ラジオ、新聞の各社が取材に殺到した。それと同時に、非公式にではあるが、中毒犠牲者がでた千葉県の警察からも地元の大学の農薬の専門家ということで協力要請があった。
混入経路を明らかにするために皆が知りたがったことは、未開封の袋の外からメタミドホスは内部に浸透するのかどうかということ。日本側は実験の結果浸透しないという発表をし、中国側は実験の結果浸透したという発表をした。また、中毒を起こしたギョーザから検出されたメタミドホスの不純物と、中国で使われているメタミドホスに含まれる不純物は同じかどうかということに関心が集まった。
メディアは、私に第3者として浸透実験を依頼した。千葉県警察からも、天洋食品でギョーザを入れるのに使われていたJTフーズ株式会社の袋と日本生活協同組合連合会の袋が提供された。日本ではメタミドホスは一度も農薬登録されたことがなく、自分で合成でもしない限り、分析用標準物質の純品を微量しか入手できない。実際に混入されたのは、有機溶剤や界面活性剤を含んだメタミドホス製剤の筈だから、純品で実験をしても意味がない。
メタミドホスは急性毒性が非常に高い(LD50:20mg/kg、ARfD:0.003mg/kg/日)殺虫剤であり、中国国内でも使用禁止になったが、実際には禁止後もあちこちで流通していて入手は可能だった。しかし、中国政府がメタミドホスの国外持ち出し禁止の通達を出したために、国外に持ち出すことはできなくなった。
テレビ番組制作会社K社は、中国政府がメタミドホスの輸出を一部の中南米の国にだけは認めている(昨年の12月まで)ことに気がつき、合法的にペルーに輸出されたメタミドホス製剤(60%乳剤)を現地代理人に購入させ、日本に送らせた。K社は成田空港の税関で、関係する法律・条約(農薬取締法、薬事法、化審法、PIC条約)を所管する各々の役所(その中には当然農薬対策室も含まれていた)に連絡を取り、野外で使う農薬としてではなく、研究用(分析用)化学物質として許可を得て通関(2008年9月21日到着、9月24日搬出)した。その上で私のところに不純物の分析依頼に来られた。
GC/MSで分析した結果、有機溶剤のジエチレングリコールとメタミドホス自体に加えて、5種類の有機リン化合物が不純物として検出され、各々構造も明らかにされた。この情報は、佐賀県のアグリコマース社が「ニームオイル」として輸入・販売した資材からは、殺虫協力剤のピペロニルブトキシドに加えて日本では農薬登録のないマクロライド系殺虫剤のアバメクチンが検出されたという研究結果とともに、本年1月9日に私の研究室で記者発表することにした。
その情報をキャッチした農水省消費安全局農産安全管理課農薬対策室長(当時)から、あらかじめ資料を全部メールに添付して送ってほしいという電話での要請が飛び込んできた。しかし記者発表開始の直前で時間的に間に合わなかったので、記者発表の直後に、記者団に配布したのと同じ資料をFAXで送信しておいた。翌1月10日に日本農業新聞は、「ニームオイル」の問題とギョーザのメタミドホス問題について記事を掲載し、読売新聞はギョーザ事件発生1周年に合わせて、1月28日の千葉県東葛版にギョーザ問題に関する全面記事を掲載した。その後、メタミドホスの不純物分析の結果は、3月末に開催された日本農薬学会大会で口頭発表もした。
一方予想外のことであったが、農薬対策室長からは1月15日に長々とした電話で、メタミドホスは日本では登録のない無登録農薬に相当するが、どこから入手したかという問い合わせがあった。私は分析依頼をされただけであるということ、得られた結果を公開して社会に還元するのは大学の研究として当然であり、分析依頼者は合法的に通関手続きをして入手したことを確認してあると答えた。また、その名前を開示する必要はないとして断った。
翌16日にも再度長々とした電話で同じ要請があったが、再度断った。忙しい最中に2日に亘る長々とした電話は研究妨害になるので、この問題については二度と電話をしてこないようにと伝えた。さらに、そんな時間があったら、インターネットを通して国内に持ち込まれている違法農薬や、「ニームオイル」のように多数出回っている偽装農薬をもっとしっかり取り締まってほしいと要望した。
同日(16日)午後、今度は農産安全管理課長から再々度同じ趣旨の電話があったので、分析依頼者を無登録農薬の違法輸入者として犯罪人扱いにするのだったら、なおさら名前を開示できないとして断った。
農産安全管理課長は、もし分析依頼者の名前を私が開示しなければ(実際には農薬対策室自身が輸入許可を与えておきながら)私自身を個人輸入者と見做し、私の研究室に強制的な立ち入り検査をさし向け、千葉大学長、東京農大学長、文部科学省に私を無登録農薬を違法輸入した犯罪人として通報するという主旨の強圧的な発言をした。
東京大学の田無農場で失効農薬が保管・使用されていたことが発覚し、メディアにも大きく報道され、文部科学省から全国の大学に農薬の適正管理について通知が発令されて間もない時期であり、明らかに私の責任問題に発展することを匂わせ、社会的名誉を失墜させるという脅しであった。そういうことなら弁護士と相談しなければならないと答えたら、いつまでも待てない、いつまでに回答するかと迫ったので、金曜の午後でもあり弁護士と連絡する時間も必要なので、19日(月)か20日(火)までには返事をすると答えた。
弁護士は、1月19日付けで農産安全管理課長と農薬対策室長(当時)宛に内容証明郵便を発送して、いくつかの質問をした。要するに、私に危害を加えると脅すことは、刑法222条1項に照らして脅迫罪であり、その上に義務のないこと(分析依頼者の開示)をさせるのは、刑法223条1項に照らして強要罪である、ということだ。2週間後に農水省は個別の質問には直接答えず(答えられないので当然だが)、一般論的に職務上無登録農薬の輸入経路について調査をする必要があった旨の回答をしてきた。
私は、農産安全管理課長を、精神的苦痛、名誉棄損、脅迫という犯罪行為で告訴することも考えたが、弁護士によると、職務上の行為ということで告訴の相手は個人ではなく農水省になるとのこと。この問題にそれだけの時間とエネルギーをかける価値があるかどうか不明なのでまだ留保しているが、農業資材審議会委員として10年間に亘って農水省と二人三脚で農薬行政の適正な執行に協力してきた私に対して農産安全管理課長がこんな不遜な態度をとったということは、監督される立場の個人や団体に対して普段どんな接し方をしているか・・。
折しも、「官僚たちの夏」というテレビドラマが放送されているが、前述した「ニームオイル」のアバメクチン混入問題も含めて、公務員の本来の職務をしっかり自覚してもらいたい。
さて、日本政府は北京オリンピックを前にして日中関係がギクシャクしていた時期でもあり、胡錦濤国家主席の来日を5月に控えた4月12日に、メタミドホス混入経路未解明のままで早々とギョーザ問題の国内捜査打ち切りを発表した。それに合わせて、千葉県警察も、県民に中毒犠牲者がでたので何としても事実を解明したかったので残念だがと言いながら、捜査本部を解散したことを報告に来た。恐らく日中友好関係回復を最優先課題とした外務省主導でこういう結果になったのだろうが、日本国民の間にはいまだに不信感が残ったままである。私は事実を解明することこそが、真の意味で日中の信頼関係・友好関係の回復に貢献すると思うのだが。
ところで、農産物の輸出をしている中国の協働組合(CHINA CO-OP)の全国研修会(商務部と中華全国供鎖合作社の共催)が本年8月4日~8日に北京で開催され、私は2007年に続いて招聘され、今年は「日本における農薬管理制度と輸入農産物の安全性の現状-ポジティブリスト制度施行から3年経過して」という講演をしてきた。
その中で、輸出側の聴衆にとっては耳の痛い話だろうが、日本国民の中国産農産物の安全性に対する不安感・不信感を増大させた2つの事件として、2002年に冷凍ホーレンソウから残留基準を超える殺虫剤クロロピリホスが検出されたことと、2008年に冷凍ギョーザに毒物相当の殺虫剤メタミドホスが混入されていて、ギョーザを食べた消費者が中毒を起こして一時命が危ない状態になったことを挙げた。特にギョーザ事件は、未解決なために今でも日本国民の間にモヤモヤとした気持が残っていることを説明し、(通訳からのこの問題についてはなるべく簡略にというアドバイスを押し切って)日本で起こったことを詳しく紹介してきた。事実を解明して国民に知らせることこそが、日中関係の喉に刺さった棘をとるベストの方法だと中国側にも伝えたかったからである。
(引用資料)
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