2008年06月18日 (水)視点・論点 「国籍法違憲判決と今後の課題」
中央大学教授 奥田安弘
今月4日、国籍法を憲法違反とする判決が最高裁大法廷で下されました。国会の制定した法律について、最高裁大法廷が違憲判決を下したのは、これまで7例しかありませんでした。しかも婚外子差別を理由としたのは、初めてのことです。憲法訴訟の歴史に新たな1頁を刻み込んだといっても、過言ではありません。今日は、この判決の意義と今後の課題についてお話しいたします。
判決の意義
この裁判では、日本人父と外国人母から生まれた子どもの国籍が問題となりました。従来の国籍法では、このような子どもは、みんなが日本国籍をとれるとは限りませんでした。
まず、子どもが生まれる前に、両親が結婚していたり、父親が胎児認知をした場合は、生まれた時に日本国籍をとります。また、生まれた後でも、父親が認知をすると共に、両親が結婚した場合は、新たに国籍をとることができます。
ところが、両親が結婚できない事情があって認知だけの場合は、日本国籍をとることができません。つまり、生後認知だけの子どもは、取り残された形となっていました。そこで、これは憲法14条にいう「法の下の平等」に反するのではないかとして、裁判所で争われたのです。
それでは、国籍法が憲法違反とされたことによって、子どもの国籍はどのようになるのでしょうか。生まれた後でも、日本人父親が認知をしただけで、日本国籍をとることができます。つまり、父親が日本人であることが法律上確認された子どもは、みんな日本国籍をとることができるようになったのです。これでようやく、取り残される子どもがいなくなります。
偽装認知のおそれ?
とはいえ、認知だけで国籍を認めたら、偽装の認知が増えるのではないかという心配をされる方がいるかもしれません。この裁判でも、国側はずっと偽装認知のおそれを主張してきました。
しかし、皆さんは、自分の本当の子どもでもないのに、認知をするでしょうか。たとえば、日本人男性のAさんが外国人女性のBさんから、「お金を払うので自分の子どもを認知してほしい」と頼まれたとします。Aさんがこの頼みを引き受けた場合は、次のようなリスクを負うことになります。
まず子どもは、Aさんに対し養育費の支払を求めたり、Aさんの財産に対する相続権を主張してくるかもしれません。Aさんの戸籍には、Bさんの子どもを認知したという記載があるからです。つまり、子どもを認知するということは、その子どもに責任を負うということを意味しているのです。
また、全く見ず知らずの子どもを認知したという記載が戸籍にあるだけで、Aさんは、いろんな不利益を受けることになるでしょう。この記載を消すためには、裁判所で認知の無効確認の裁判をする必要があります。時間と労力、そして費用がかかります。
さらにAさんは、公正証書原本不実記載の罪により刑事裁判にかけられ、5年以下の懲役または50万円以下の罰金を言い渡される可能性があります。虚偽の届出によって戸籍に真実でないことを記載させることは、犯罪行為でもあるのです。Aさんにお金を渡して偽装認知を依頼したBさんも、共犯として処罰されます。
このように法律では、さまざまな不利益を与えることによって、偽装認知を抑制するためのシステムが出来上がっております。偽装認知が割にあわないことを広く一般市民に知らせると共に、真実の認知を保護することが重要だろうと思います。
国籍法の改正
それでは、今回の判決を受けて、「父母の結婚」という要件は自動的になくなったのでしょうか。実は、裁判所の違憲審査は、具体的な事件との関連でのみ行われるので、原告の子どもたちは、日本国籍を取得して、戸籍を作ってもらえますが、他の子どもたちについては、すぐに救済というわけにはいきません。
行政の運用を変えて、国籍法の改正前でも救済するということが考えられなくもありませんが、残念ながら、今回はこういう措置はとってもらえないようです。また現在、国籍法の改正が検討されていますが、「父母の結婚」に代わる他の要件を加えるべきではないかという意見があります。たとえば、最高裁の補足意見でも、日本での出生や居住を要件とすることが提案されています。しかし、これらの要件は、新たな差別を産み出すおそれがあります。次の3つの例を考えてみましょう。
第1は、日本で生まれたが、そのあとすぐに退去強制になった例です。出生地の要件は満たしていますが、居住要件は満たしていません。第2は、外国で生まれたが、そのあとすぐに日本での在留資格を取得して、日本に住み続けていた例です。居住要件は満たしていますが、出生地要件は満たしていません。第3は、外国で生まれ、外国で住み続けていたが、日本での居住を希望している例です。出生地要件も居住要件も満たしていません。
これらの例をみると、出生地の要件は偶然に左右されているし、居住要件は入管法上の在留資格に左右されていることが分かるでしょう。入管法は国の裁量で運用されているので、せっかく国籍法を改正しても、これでは救済の途が狭まってしまいます。
最高裁の多数意見は、認知だけを受けた子どもについて、血統主義を採用する国籍法の趣旨や内容を等しく及ぼすしかない、と明確に述べています。私も、「父母の結婚」に代わる他の要件など不要であり、認知だけを受けた子どもに対し、広く国籍取得の途を開くべきだと考えます。
婚外子差別の撤廃
ところで、最高裁の多数意見には、その他にも注目すべき点があります。まず、婚外子の数は、全体からみれば少数とはいえ、確実に増え続けており、家族関係が多様化していることを指摘しています。また、日本が批准した子どもの権利条約や人権規約にも、子どもの差別禁止規定があることを指摘しています。
同じく婚外子差別を争った相続分差別の裁判では、このような意見は最高裁において少数派でした。ところが、今回の判決では、それが多数派となったのです。相続分差別とは、婚外子の相続分を嫡出子の半分とする民法の規定によるものです。1995年に最高裁大法廷がこれを合憲とする判決を下した後、繰り返し小法廷で合憲判断が確認されています。
もちろん、国籍差別と相続分差別とでは、大きな違いがあります。相続というお金のからむ問題では、裁判官が今回と同じような判断をするかどうかは分かりません。しかし、時代の流れと共に、裁判所が大きく変わろうとしていることは間違いありません。今回の判決が法律婚制度を守りつつも、不合理な差別だけは撤廃しようとしたこと、そして広い視野から憲法違反の判断を下したことは、高く評価されるべきだと思います。国会においても、このような流れを汲み取った議論がなされることを期待します。
投稿者:管理人 | 投稿時間:17:57