2009年08月20日

評論家は社内に不必要なのか?


おはようございますicon01 藤井です。



最近というか、昔からよく言われますが「評論家は会社に必要ない!」という

声をよく聞きます。私も実際にそのように思いますが、ゼロベースで

本当に必要ないのかと考えてみました。



もともとなぜ評論家は会社に必要ないのかといえば、

評論家は「評論」することが仕事であり、批判家ではないのですが

単なるコメンテーターのようなものだと思います。コメントをいくら

だしたところで生産性がないからではないかと感じます。

企業の中でよくある役職に「顧問」や「アドバイザー」、「監査役」

「相談役」といろいろとありますが、顧問であれば専門的分野を持ち

高い知見からアドバイスや相談に乗ることが仕事でしょうし、

「アドバイザー」や「監査役」、「相談役」もそれなりに成果は求められる

ものの生産性に若干なりとも貢献できる肩書きのように思います。

しかし「コメンテーター」や「評論家」は生産性に寄与できないと

思います。




評論家タイプとして、よくいわれるのは、

・客観的意見ばかりいって、自分の意見を出さない

・意見や評論ばかりして自分で動こうとはしない

・当たり障りのないことばかりで現場感覚がない

といったことだと思います。



しかし良い面はないかと考えました。




・客観的な意見を言えるのは、それはそれでメリットもあるのではないか

・そうした人を配置するならば企画部門以外にはないのかもしれない



ということです。

いずれにしても評論家が中途半端な評論家であれば、

会社にとっての害でしかありません。

まさに不要社員です。

しかし評論家も宮崎哲弥とかのクラスならばそれは企業に有益なの

かもしれません。ただそんなクラスの評論家は自分で飯を食えるだろうし

会社の組織の中で働くことを嫌うかもしれません。そう考えると

やはり会社の中でコメントしか出さない、中途半端な人間はやはり

役に立たない人が多いのではないかと思います。




結論としてはまだ出せませんが、大手企業ならまだしも、

中小、ベンチャーにとっては生産性に結びつかないならば

必要ないという思いを持ちます。


                            情熱を胸にICON179






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この記事へのコメント
おはようございます☆ まなぶはぁはぁです。

最近というか、昔からよく言われますが「ニートは社会に必要である!」という声をよく聞きます。
私も実際にそのように思いますが、ゼロベースで本当に必要であるのかと考えてみました。

もともとなぜニートは社会に必要であるのかといえば、
ニートは「インターネッツ」で遊ぶことが仕事であり、
プログラマではないのですが作家のようなものだからだと思います。

ニートの発するコメントによって人々の意識が覚醒されるのではないかと感じます。
企業の中でよくある役職に「顧問」や「アドバイザー」、「監査役」「相談役」といろいろとありますが、
「ニート」もそれと同じようなものだと思います。

ニート的タイプとして、よくいわれるのは、
・客観的意見を述べて、常に冷静であること
・意見や評論するために、常に熟慮していること
・当たり障りのない発言をしていても、そこには常に教訓が秘められていること
といったことだと思います。

ニートはニートでも中途半端なニートであれば、
社会にとっての害でしかありません。
まさに不要な人間です。
私のようなニートであるのならば、それは社会に有益なのかもしれません。
ただそんなクラスのニートは自分で飯を食えるだろうし
社蓄として働くことを嫌うでしょう。
けれども、社会の中で立派なコメントを発信する、
ニートはやはり役に立つ人が多いのではないかと思います。

結論としてはまだ出せませんが、
ニートは必要であるという思いを持ちます。

                     まなぶハァハァ
Posted by まなぶハァハァ at 2009年08月20日 23:39
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