朝、特命班の三人は現場に着いた。 トラックが出入りする朝の大型コンビニは、確かに朝食を駐車したトラックの運転席でほおばっている顔、時間を気にしながら運転室にあるカーナビでテレビやDVD、blu-layを見ている姿があちこちにある。 背の高い車体や、同じく背の高い海洋コンテナのトレーラーで、駐車場はつねに満杯であり、ひっきりなしに車が出入りする。 「ここで、ええと、これは被害者、でしょうか」 「私は被害者と呼ぶ」 瑚珠は宣言した。 「そうですね、被害者はあそこの小型車用駐車スペースに入れた車へ戻る途中、第一発見者の目の前で胸を押さえ、苦しみながら倒れた。 第一発見者はすぐに『どうしたんですか』と声をかけ、そこにトラックドライバーが集まった。 そのなかで究明法を習ったコンビニにAED装置を借りたりしたものの、もう反応はない。 そしてすぐに機動捜査隊の覆面車と救急車が来た。 救急隊員が脈を図ったとき、すでにそれはなく、またAEDも反応しなかった。 AEDは心臓発作、心室細動を取り除くものであるけれど、もし健康な身体に間違えて使われたら心臓を傷めてしまう。 そこでAEDは音声案内で電流パッドを取り付けるように案内した後、センサーで心電図をとるように細動を検出する。 そこでそれが検出できなかった場合は電流の必要なしと判断して停止する。 逆に電流の必要があった場合は、ほかの人間の感電を防ぐための退避を指示し、そののちに電流を流す。 そしてAEDは、設置されたケースに発報装置がついていて、AEDの使用する事態が生じたことを自動的に設置・管理する警備会社と救急に連絡するようになっている。 その日の受理台情報では、先に発見者の119番通報が、その17秒後にAEDケースがあけられたことがあります。 被害者に対して、AEDは反応しなかったことは、AED内の記憶装置に記録された心電図データで確認済みです」 「警視、すべてを疑うとしたら、なにも推理どころか、事実すらも崩壊しますが」 「それはまだ判断すべきことではないわ。被害者については」 「名古屋航空宇宙センターに在籍していましたが、同じ八橋でもかなりいろいろな部署にいたそうです。 採用は大学院での水素給蔵合金の研究で学位を取ってから、八橋電気の電池部門に入りました。 しかしそこから系列や取引先と行き来し、電池専業メーカーや制御系の八橋系列のソフトウェア部門にもいたそうです。 この名航にくる前には特殊金属メーカーなど材料系のメーカーと」 「ずいぶん手広かったんですね」 「ええ。優秀だったらしく、ロシア語の勉強もしていて、ロシアへの渡航歴も確認されています」 瑚珠は聞きながら、コンビニや街灯、そしてトラックを観察している。 「ご両親には相当嫌がられました。 もう話すようなことはない、それよりも息子をやすらかに眠らせてくれと」 「そうでしょうね」 「しかし、所轄のみなは特命班のために動かすわけには行きません。 いくらすべてを疑うと言ったって、3人で何ができるんですか」 及川警部の言葉に、瑚珠は佐雅美と目を合わせた。 「監視カメラの画像について、検証しましょう。 だいたいにおいて、倒れた方向が位置関係的に問題ない、って結論されたのは、考えてみれば不自然じゃないかしら。 そこまで調べずとも、普通の不審死なら、検死で結論が出て、それでそんな検証をせずに終わりでしょ」」 「なんか、はじめから言い訳が用意されていたような」 「その不自然さが気になるのよ」 「瑚珠さん」 及川警部は、言葉を切った。 「もう、事件の構図が見えているんですか」 「ええ。でも、決め打ちにはできない」 「それは教えてもらえないんですね」 「申し訳ないけど、そうなるわ。 だって、私が反推理の立場を取るのも、推理ということで不自然が見過ごされる例があまりにも多いから」 「そうですか」 「まず、あのマンションの監視カメラを検証しましょう」 一行はマンションのエントランスに向かった。 マンションはオートロックシステムが入っていて、[警報装置作動中]とのシールがあるエントランスには自動ドアとインターホンの呼び出し器、そして管理人室のカウンターがある。 瑚珠はインターホンのボタンを押そうとした。 すると、いかにも気のよさそうな日焼けした制服の女性が、『あの、なんでしょう』と聞いてきた。 「警察のものですが」 と言われた瞬間、彼女の表情がさっと変わった。 「なんでしょう、警察に提出するものは提出したんですが」 うろたえながら、さらにつづけた。 「なにか、問題があったんですか」 「いえ、事情を伺いたくて。あなたは管理人さんですか」 はいと答えた彼女は、一歩自然に後ずさった。 「監視カメラの画像はどうやって取っているか、もう一度確認したいのですが」 と言いながら瑚珠は捜査端末を出し、旭日章、警察のマークと、その下の顔写真と印章を見せた。 「もう一度ですか」 「はい。もう一度です」 瑚珠は柔らかな物腰で聞いたが、彼女は緊張して答えた。 「監視カメラの画像はマンション内の駐車場やエントランス、自動車ゲートや駐輪場など6か所分を画像警備機で録画しています。警備機はマンションの管理組合が警備会社と契約したもので、メンテナンスは警備会社が行っています。6画面分を装置のコンピュータで圧縮し、ハードディスクに収めています」 「拝見できますか」 そのとき、後から男がもう一人現れ、不快そうに『なんですか』と聞いた。 説明すると、『いくら警察でもプライバシーの問題があり、マンションの規約で』と抵抗を始めた。 これには瑚珠は平然としていた。 「捜索令状が必要ですか」 「まあ、管理組合理事会の了解は必要ですね」 男はそう抵抗する。 「でもその場合、もし犯罪に関わる事項があって、緊急性があって、そのために迅速な捜査が求められても、管理組合の理事会は規約を盾に抵抗できる、そうおっしゃるわけですか」 「なにを言っているんですか」 彼は声を荒げた。 「私は管理組合の理事長として、組合員であるマンション住人のプライバシーを守る責任がありますが」 瑚珠はうなずいたが、彼は沸騰寸前だった。 「では、こうせざるをえませんね。重大な殺人事件の捜査を妨害したマンション理事長、ということで、これは場合によっては」 「なんですか!」 彼は怒鳴った。 「いえ、可能性としては否定できません。私たちは捜査を可視化するように、多くの人権派の法律家に言われています」 「じゃあ、私たちにも同じように人権がありますよ」 「ええ。だから、私も事を荒立てたくないんです」 瑚珠は声のトーンを下げた。 「誰もがやりたがらない管理組合理事長、本当に立場をお察しします。 現在のマンション管理を規定する区分所有法は、管理組合の権限を大きくした。 でも普通に勤めている一般の住人にとって、その権限の管理は大きすぎる上にあまりにも煩瑣で、とてもまともな仕事とともにはやってはいられない。 普段から法律になれている人間にどうしても集中するものの、そういっ他法律家にしても、結局はただ働き。 かといってその管理に報酬を出すことに納得する住人も少ない。 そしてその管理組合の責任は、すべてあなた、理事長に集中する。 法的に問題があった場合、訴えられるのはあなただ。 とても割に合わないでしょう」 彼は、少し考え込んだ。 「悪いようにはしません。正直なことをお願いできないでしょうか。 このことは、場合によってはこのマンションを大きく揺るがすかもしれません」 「まさか、あの突然亡くなった方に、事件性が」 「今はまだ完全なクロではありませんが、重要な証拠としてあなたのマンションの画像が必要になることは十分あり得ます」 管理人と彼は、目を見合わせた。 「それに、そう注意していても、結局当日にやってきた機動捜査隊には見せてしまったわけですよね。それも確か」 「まあ」と男はとどめた。 「ここではなんですから、私の部屋で」 「わかりました」 そして、男は半開きになっていたオートロックの自動扉を手で開け、みなをマンションの中に入れた。 あれ、と及川も思ったようだ。 瑚珠はうなずいていた。 「実は」 理事長はテクニカルライターで、さまざまな工学系の資料が部屋じゅうにあった。奥さんは昼間はパートに出ているらしい。 「おかしいですよね。オートロックマンションのエントランスドアが外から手で開いたら、オートロックじゃないですね」 佐雅美が口にした。 「それに、呼び出しボタンを押してもインターホンは繋がらなかった。呼び出し音もしなかった」 「やはりわかられてしまうんですね」 彼は少し落ち着いて、あきらめたように話し出した。 「このマンション、ごらんになったように、ここら辺で一番高さが高い建物で、よく落雷を受けるんです。 その雷の影響で、オートロックシステムの回路が壊れて、いま、業者に交換を発注しているんです」 「それはいつ頃前から」 彼は言いにくそうだった。 「1ヶ月です」 「では、監視カメラシステムも」 「ええ。はじめは全滅でした。 あの日は雷雲がすごくて、この名港湾岸のあちこちのマンションが影響を受けて、エンジニアが忙殺され、そのときに管理人さんが予備のハードディスクアレイに交換しましたが、日付の調整ができなくて」 「前の管理人さんがやめて、マニュアルがどこかに行ってしまい、日付と時刻の調整ができませんでした」 管理人が継ぐ。 「でもハードディスクは交換したんですよね」 「ええ。でも、それがいつの間にか劣化していて。 そこで理事会でもう一台の交換用ハードディスクの購入を報告しようと思ったんですが、忙しくて」 「ちょっとまってください、ではハードディスクはなかったということですか」 佐雅美に理事長は、うなずいた。 「しまったと思いました。 居住者には緊急連絡でオートロックが効かないから注意するように言っていましたが、監視カメラのことはセキュリティ上秘密で、まさか外にそんなことがあるとは想定していませんでした。 それが機動捜査隊が来たとき、ちょうど業者が来て」 管理人が続けた。 「あの、ハードディスクが無くて、と言ったところ、業者のエンジニアさんが、ああ、このハードディスクは多重化してあって、予備のディスクがあるんですよ、とすっと取り出して」 「それを渡したわけですね」 「はい。でも、あとで、『あっ、しまった』と思いました。 理事会に諮らずに引き渡すのはマンション内の重大な規約違反です」 「大丈夫ですよ、それは」 瑚珠は微笑んだ。 「警察からは絶対にその話が出ないよう、手配しておきます。 もし証拠採用されたら、そのときには日付を調整して、ちゃんと理事会の決定があった後に引き渡したようにみえるようにします」 「すみません」 「いえ、ご苦労様です、ご協力ありがとうございました」 瑚珠は軽く敬礼した。 「でも、その落雷の影響は」 「ええ。向かいのコンビニも停電がありました。 ATMも停止していて、業者が必死に復旧していました」 「その業者はなんという会社ですか」 「東海警備です」 佐雅美はすぐにわかった。 コンビニのエイト・トゥエルブ(8/12)の警備のプライム(第一契約社)はこの地域、8/12名港地域本部の場合、東海警備だ。 しかも、東海警備にエンジニアを派遣しているのは、八橋ビルシステム中部支社の名港営業所だ。 「ありがとうございました。事情がわかればけっこうです。 失礼なことを申し上げ、大変申し訳ありませんでした。 角が立たないよう、我々所轄署内で注意を徹底させておきますので」 そう頭を下げる瑚珠に、管理人と彼はうなずいた。 「では、その八橋ビルシステムの営業所には」 瑚珠たち一行はマンションから出た。 「行かないわ。同じ画像しか出てこないし、うかつにつつきすぎたら、彼らは即座に例の公安の最重要ラインに通報し、丸ごとの隠蔽をはかるでしょう」 「ちょっとまってください、彼らはこういうことを、隠したいんじゃないんですか」 「違うみたいね」 「警視はわかっているんですか」 「ええ。だいたい構図はわかっている。彼らは、こういう不自然な動きを見せることはしても、直接の殺人事件としてあからさまになるのは望んでいない。 しかし、完全に隠蔽することも望んでいない」 「どういうことです」 「出方をうかがっている。こっちをふくめ、さまざまな人々が、この事件にどういう態度で望むか、それを探っているのよ。 だからこんな下手な嘘を作るのよ」 そういいながら、瑚珠は捜査に借りた車の中で、物証として警察情報システムにアップされた画像動画を、自分のノートパソコンのディスプレイで拡大した。 「この動画が下手な嘘だというのは、あなた達にはわからないかもしれない」 「えっ、これだけでもうわかるんですか」 「そうよ。まず、この通常の何も起きていないときの画像。 そして、被害者が入ってくる。 ここに時間のインポーズがなかったのは、ひとつは日付時刻あわせがあのマンションにしろ、このコンビニにしろ、うまくいっていないのを使って難易度を上げたつもりなんでしょう。 でも」 瑚珠は動画再生のスライダを動かした。 「おかしくない?」 瑚珠は聞いたが、佐雅美はわからない。及川も同じようだ。 「見て。ここの車に写っているコンビニの窓。 窓に、この空の雲が映っているでしょ?」 「ええ」 「ところが、それが時々消えているでしょ」 「そうですけど、それは監視カメラなんてそんなものだと思いますけれど。だってこれでもうハイビジョンカメラ並みの画質で」 と言いかけた佐雅美は悟った。 「そういうことですか」 「そう」 瑚珠は県警機動捜査隊が、今から思えば不当に入手した動画のデータサイズの表示を見せた。 「今は普通に大容量ハードディスクがあるけれど、この一台のアレイで6機分のカメラの画像を、圧縮したと言っても、この画質で1ヶ月保存するのはちょっと無理がある。 しかもあの理事長に聞いたら、もともと平常状態で動いていた監視カメラシステムは、多重化・冗長化しているという。 そうなると、容量がとんでもなくなる。 だから監視カメラシステムは必要ない画像を削除するけれど、とはいえそれを機械の判断だけでどんどん削除するのも問題がある。 それにしては、画像が」 「きれいすぎる」 「そう。しかも、それを隠すためノイズを入れてある。そして、ノイズをフィルタで除去すると、ほら」 その通りだった。 「窓の向こうのATMを使っている人間の足が見えない。 つまり、これはCGエンジニアに発注したとき、エンジニアははじめはこういう用途とは知らず、きっちりと偽装するCGを作った。 そして、レンダリングという計算をコンピュータにさせて、きれいな画像を作った。 ところが、それで発注した何者かが怒った。 これではクオリティが高すぎてかえって不自然だ。 そのエンジニアは激怒したでしょう。下手に作れとはなにごとかと。 ノイズを入れるならノイズらしく、完璧に模擬することもできる。 でも、発注者はそれは『いらない』と言った。 プライドを傷つけられた彼は、写りこみの視線追跡レベルというらしいんだけど、合わせ鏡のような条件の反射のレベルを低くして、レンダリングして納品した。 だから、窓に写る窓は映る。 でもその窓に写るべき窓の、向こうのこのATM利用者の足は、写り込まない」 「えらくマニアックですね」 「私も見落とすところだったけれど、この捜査のきっかけを作ってくれた科捜研のエンジニアがコンピューターグラフィックスのマニアなのよ。それでそういう写りこみの追跡レベル、という概念に気づいた」 3人は息を吐いた。 「変な事件でしょ。下手なうそを付いたかと思えば、変なところで異常に凝ったことをする」 そうですね、と及川警部が答え、昼食をとることにした。 この事案に関係した、例のコンビニに入った。 昼間もまたトラックドライバーがよく使う店だな、と佐雅美は思った。 国道沿い、しかも名古屋港の陸側の入り口に近い店だ。 コンビニはPOS端末、ATM端末を多くの場合別建てにしている。 ATMを設置する金融機関がメンテナンスを警備会社に発注している。 店のPOSシステムは、昔はコンビニチェーンの地域統括事務所が複数の警備会社に合い見積もりを取って契約していたが、ATMの導入のときに業者をATMメンテナンス警備会社のパッケージプランを使う。 そして、その警備会社のプランに店舗の根幹であるPOSシステムの店舗端末の保守が入っていて、そのための予備機材はすでに警備会社が持っている。 特に電子マネー導入以降、そのパッケージ化はますます進んでいる。 コンビニの店内にはスマートドームタイプという、警戒範囲の人間が少ないときに、人間の動きにあわせてカメラを向けるタイプも導入されていた。 逆さにしたドームタイプの破壊されにくい形状の外装に、カメラが何を撮っているか見えにくいようなブラッククリアのドームがあり、東海警備のTSSの小さな文字が入っている。昔ながらのカメラカメラ然としたものはなかった。 瑚珠はそれを見上げながら、レジに580円の特盛り幕の内と280円の小のり弁、そして130円のデザートプリンをもっていった。 「一人分ですか」 瑚珠はおちゃらけた。 「おなかすくと、頭が働かなくて」 <続く> |