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【放送芸能】

仏心、映像に描き込む 松林宗恵監督を悼む 

2009年8月18日 朝刊

 自身の従軍経験を生かした「人間魚雷回天」「連合艦隊」や、森繁久弥主演の喜劇「社長」シリーズなど、硬軟自在にメガホンを取った松林宗恵(しゅうえ)さん(15日死去、享年89)。「映画の中で仏教を生かしたい」と映画界に飛び込んだ、僧籍を有する異色の監督だった。 (安田信博)

 松林監督は島根県江津市の浄土真宗西本願寺派の寺に生まれ、龍谷大専門部を卒業後に上京。日大芸術学部在学中の一九四二年、東宝に入社した。面接試験で山本嘉次郎監督から志望理由を聞かれ「仏教の中に映画を生かし、映画の中に仏教を生かしたい」と答えている。映画や舞台で仏教が暗いイメージで描かれ過ぎていると痛感していたからだったという。

 戦争の激化に伴い、海軍予備学生を経て海軍少尉に任官。中国南部の厦門(アモイ)で終戦を迎え、四六年に復員。“喜劇の神様”の異名を取った斎藤寅次郎監督の下で助監督を務めるなどの修業を重ね、五二年に「東京のえくぼ」で監督デビューを果たした。

 五五年の「人間魚雷回天」は、無常感をにじませた出撃シーンで高い評価を受け、大ヒットした「社長」シリーズでは全三十七作のうち二十三作(58〜70年)を手がけ、東宝のドル箱路線を支えた。斎藤監督の下で鍛えられた経験を存分に発揮したシリーズだった。

    ◇

 三年前、「東京のえくぼ」について話を聞く機会があった。監督は「あの映画はまさに僕の映画人生の原点。その後も監督としてやってこれたのは、あの時の製作現場の熱いエネルギーがあったからこそです」と明かした。

 上原謙さんが、やる気のない社長役で飄々(ひょうひょう)とした味を出し、丹阿弥谷津子がはつらつとした社長秘書を演じた恋愛喜劇で、秘書の父親役は柳家金語楼さん、母親役は清川虹子さん。底抜けに明るく人情もろい豆腐屋夫婦は、会社を飛び出して身を隠す社長を手厚くもてなす。映画には、上原さんと丹阿弥のデートシーンとして、渋谷の上空を行き交っていた「空中ケーブル ひばり号」も登場する。

 ♪ビルの谷間で 鳴くウグイスは 若い乙女の 女々しいワルツ……。服部良一さん作曲の軽快なメロディーの主題歌(西条八十作詞)が、ひばり号のシーンと見事に重なり合った。

 監督は「ひばり号は、東京を象徴する都会のローカリティー(地方性)として印象的だったので、上野公園のお猿電車で二人が興じるシーンのあとに使ったんです。勝鬨橋や佃島、向島も登場させました。下町のたたずまいが感じられて、今も見ると感無量になりますよ」と懐かしそうに振り返った後に、続けて言った。「今の日本は、合理主義や功利主義が突っ走って情緒がカサカサになってしまった。古き良き日本の心や風景が残っているときに映画を作れて幸せでした」。宗教人の風格を漂わせた、しみじみとした語り口が強く印象に残る。

 第一線を退いて久しい監督は一昨年、宗教専門紙に寄稿し、「私の作品には際だって仏教を主題にしたものはなく、直接的に宗教映画と名付けられたものはないが、仏教の心は一本一本の映画に描き込んだつもりである。僧籍をもって念仏を唱えながら六十年以上映画界で生きてきたことは、『映画の中に仏教を』の証になったと自負している」と自らの歩んだ道を総括している。まさに初志貫徹の映画人生だった。

 

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