新歓!期待の新人特集
2006年04月13日
甲子園準V主砲が旋風起こす/関大
<硬式野球部・天王寺谷亮>
昨春、甲子園を大いに沸かせた神村学園高の主砲・天王寺谷亮(てんのうじや・りょう=商1)。彼は、父の影響で小学生から野球を始めた。当時から「守備が嫌いで、打つ方が好きだった」と言う。ひじの故障で一度は野球を離れるが、中学では再び野球部に。「あんまり野球する気はなかったけど、やってみようかな」。軽い気持ちで始めたが、1年生の秋からレギュラーの座をつかみ、力を付けていった。
進学の際、いくつかの高校から誘いを受けた。自分で考え選んだのは、2003年度から男子硬式野球部が創設される鹿児島の神村学園高。監督自らがスカウトに訪れ、天王寺谷に言った。「甲子園に行こう」。その言葉に情熱を感じた。「自分たちが1期生。歴史を作っていこう」。地元の兵庫を離れる不安はなかった。
しかし、厳しい現実に直面した。新入生は14人。紅白戦もできない。グラウンドは山を切り開いただけのもので、石ころだらけ。「びっくりした。バッティングマシンもなかったし…」。人数も設備もそろわない中、初めて挑んだ夏の県大会では3回戦敗退。甲子園には遠く及ばなかった。
結果を出せないチームと同様に、天王寺谷自身も苦しんでいた。「打たなきゃいけないのに打てない。何で4番なんだろう…」。監督からは厳しい言葉が飛び、そのたびに落ち込むばかり。重圧に押しつぶされそうだった。
そんな天王寺谷が変わったのは、初めてレギュラーを外された2年生の夏。県大会後の遠征試合で、本塁打を量産する。「何でか分からないけど、打てるようになった」。結果を残したことで自信がついた。精神的にも強くなった主砲の復調で、チームも勢いづく。秋の九州大会でベスト4入りの快進撃を見せ、創部3年目でセンバツ初出場を決めた。「誰も甲子園に行けるとは思ってなかった。びっくりしたけど、素直にうれしかった」。
夢に見続けた憧れの場所。初めての打席では、緊張して球が見えなかった。それでも、次の打席では適時二塁打。4番の役目を果たし、見事初戦を突破する。その勢いは留まることを知らず、ついには決勝まで昇り詰めた。しかし、愛工大名電高との頂上決戦では、2-9と完敗。自身も無安打に終わり、優勝は逃した。「めっちゃ悔しかった。でもこんなに野球が楽しいと思ったのは初めて」。大舞台を満喫した。
人間的に成長できた高校3年間。厳しく指導してくれた恩師に、土佐監督のいる関大を勧められた。「大学は自分がどれだけやるかで変わる。勝負強い打者になりたい」。高校31本塁打のパワーで、旋風を巻き起こしてくれるはずだ。
◆天王寺谷亮(てんのうじや・りょう)商学部、神村学園高出身、1987年4月21日生、177センチ、70キロ、趣味は映画鑑賞。好きな女性のタイプは上戸彩。チャームポイントは優しい笑顔。出現スポットは梅田。尊敬する人は松井秀喜で、座右の銘は球道即人道。関大での目標は「チームに少しでも貢献したい」。
April 13, 2006 10:52 AM
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コメント
影、より応援しております。
投稿者 秀芳父より~ : 2006年07月10日 02:51