2008.01.26

その佐々木さんという東レ経営研究所の人が書いた「ビッグツリー」という本を読んだ。愛情を執念という形で表している。これは普通に考えたら親子ではいけても夫婦の中ではなかなか通じないだろうなあ。彼にとって愛とはひたすらに責任を取ること、人生とはひたすらに健全なもの。もし深く考えたら立ち止まってしまうので、考えずに命をかけて責任を取り続ける。彼女にとって愛とは深くせまく自分だけといっしょにいること。ううむ。夫婦って最終的にはお互いに「保護してくれる理想の親像」を相手に求めて必ず一度は失敗することになるけれど、そのすりあわせがうまくいくとうまくいくのだろうなあ。まあしかたなく女性のほうの力というかがまんというかそういうもので成り立つしかないような、そんなケースが多くて、このようなケースはまれという気がする。その代わり一般的に母親というものはものすごい権力を手にしているのよね。その当然の権力を手にできなかった母親というのは、ものすごく落ち込むものだし。この家と私の育った家には非常によく似たところがあったので、よくわかることがいろいろあった。
森田さんがぎっくり腰から復帰してきて、みんな喜ぶ。森田さんのいない土曜日はなにかが欠けているような感じだ。私は人と急に知り合うのが嫌いで、こんなふうにじっくりとちょっとずつ自然に親しくなっていくのが好き。仕事では静かに地味に確実に働いている人が好きだ。いっちゃんもそういう感じで、いつのまにかそばにいた。そういう人たちをいちばん信用できる。勢いよく自分から急に来た人はやりたいほうだいやって急に去っていく、これまでの経験だと、そんな感じがする。静かに、認められなくても自分の責任を全うしている人がいちばん強い。他の会社にもあてはまるのかな。
2008.01.25

少し興味があったので、突然あいた時間にさっと「ペルセポリス」を観に行った。とてもとてもリアルだが特殊な階層に属している主人公なようなので、一般的なイランの女性とは違う人生を許されている感じがあった。でもそんな彼女でも国の状況にはどうしても影響を受ける。国の状態が自分たちの人生にいかに直結しているか、日本人は最近それにほんとうに気づいたように思う。意欲的に自覚を持って新しいサービスをする日本交通や病気のご家族の世話をしながら社長になった東レ経営研究所の社長さんや自警団を作る商店街の人たちなど、おじさんたちが「日本はこんなじゃなかった」と気概を見せている新しいケースも続出している。
映画の中でベルリンに留学した彼女が、戦争を経験していない若者たちと経験が違いすぎてみんなが浅薄に見えてしまい、どうしてもなじめないという描写はすばらしかった。それから主人公を支え続けたおばあちゃんの描き方も泣かせた。おばあちゃんのことを思い出すと、香りとかまで思い出すんだろうなって。
しかし!映画よりもなによりもびっくりしたのは、私が座っている席のとなりに、なんの約束も前触れもなく、昨日晩ご飯を実家でいっしょに食べた石森さんと、そのおじょうさんが突然やってきたことである!だってふたりは千葉とか板橋だか埼玉だかに別々に住んでいて、たまたまそのふたりが会っていて、たまたまそんなレアな映画を観ようと思ってシネマライズにやってきて、たまたま同じ回で、たまたま二階に座っていた私のとなりにやってくる…そんなことってあるのか?私だって、今日の午後くらいまでこの映画を観る時間ができるなんて思っていなかったのだ。すごいなあ。
あまりにびっくりして、後から来たヒロチンコさんを交えて自然にいっしょにごはんを食べてしまったよ。なかなか会えないおじょうさんに会えて、ずっと言いたかった結婚のお祝いを言えたのと、久しぶりにしゃべれたのがすごく嬉しかった。
2008.01.24

頭痛がピークに。あとは坂を降りていく感じだろうと思い、太極拳に行ったらまたじゅんじゅん先生の強烈ツボ押し攻撃にあい、一瞬倒れそうになったが、そのあとはじょじょに持ち直して来たので、実家へ行く。
どうしてうちのお姉さんは七人しかいなくってそのうち三人はほとんど食べない年寄りふたり、幼児ひとりなのに、大きなお鍋をふたつ並べて一方では鶏すき、一方では海鮮よせ鍋を山盛りに作ってるのですか?と思ったけれど、みんなひたすらに食べた。あまり食べない両親さえもがんばって食べていた。目の前に広がる海のあまりの広さに、もしくは山のあまりの高さに、圧倒されて食べてしまったという感じであった。とてもおいしかったが。
2008.01.23

朝から激烈な頭痛が続いて、吐き気までしてきたので病院に行こうかと思ったけれど、なんでだか体はお弁当を作ったりしている。母は強い。
チビを起こしながら「雪だよ!」と言ったら、まだほとんど寝ている感じなのにベッドに立ち上がって外を見て「わ〜い、雪だ!」と踊っていてかわいかった。子供ってほんとうにいいな。そのあとメールしたいっちゃんも「寒いけどワクワクします!」と書いていて、若さってすてき!と思ったけれど、私も嬉しかった。梅も咲いてるし、庭がきれいだし、なんといっても静かで明るいし。
窓の外は雪なのでバイトの人たちをお休みにしてあげて、お迎えに行って、チビといっしょにここぺりに行った。
あまりにも頭が痛くて、おしゃべりもろくにできない私だったが、マリコさんがマッサージの間チビとずっといっしょにゲームをしてくれたので、ものすごく助かった。リセットさんが出ると毎回マリコさんに抱きついてきゃあきゃあ言っているチビに「その人が君をこの世に出してくれたんだよ」と言いたいけれど、わけがわかってないんだろうな〜!感慨深い光景であった。
ミナコさんの超絶技巧で、頭以外の部分がどんどんほぐれていった。頭が最後に残っていたが、一時的にもっと痛くなっても多分大丈夫だろうとふんで、そうっと帰った。帰りにいつもの焼き肉屋さんでサムゲタンを食べて風邪も吹き飛ばした。
頭痛だと世界がひたすらに悲しく見えてくるものだが、今日は会った人がいい人ばっかりで「みんないい人ばかりだなあ」と思えるラッキーな日だった。
そういえば自由が丘の駅の近くに全員がいい人でこわいくらいのおそばやさんがある。
ラブ子が死んだ次の週にひとりで入って、いい人ばっかりなので思わず涙が出たくらい、ふんだんに親切なのだ。ヒロチンコさんは一人暮らしのとき「いい人たちすぎてかえって入りづらかった」というくらいの感じのよさ。そこでおそばを食べていたら、トップオブザいい人のおかみさんが「あのねえ、きのう、お店のカードはないか、っていうお客さんがいたのね」と言っているのが聞こえてきた。聞いているのはベテランの従業員のこれまたいい人のおばさん。
おかみさん「それでね、カードはないからマッチをさしあげようと思ってね、下からさっとマッチの箱を出したら、なにかのひょうしに火がついて、ちょうど目の前で燃えたの!びっくりしたわ〜」
おばさん「それは…」
あぶなかったわね、もしくは大丈夫だった?を想定して聞いていた私。
おばさん「マジック〜!?」
うふふと笑い合うふたり。思わずお茶を吹き出してしまった。
2008.01.22

私がもし男だったら、どんな男だろう?と思ったときに、はっと浮かんでくるのは残念ながらかっこいい人たち、例えば森先生とか安田隆さんとか奈良くんとかではなくって、会田誠さんである。いや、会田さんのタイプのかっこよさには私はものすごく弱いので、もちろんほめているのです。で、彼の文章の書き方のある点が、ピンポイントでものすご〜く私の情けない面に似ているのである。賢いけどしょ〜もなく情けない、自分を笑うけれど、関西風ではない、その感じ。
「青春と変態」はとんでもない内容の作品だったのに、全ての光景がすばらしい描写として目に焼き付いて離れないし、「星星峡」に連載しているエッセイなんかもうたまらない。たとえば彼のお母さんがどういう人か、もう手に取るようにわかる。虚飾だらけなのに、真実がぐいっと描かれているのだ。彼の美術の作品はこれまで興味がなかったのに、文章を読んだらがぜん好きになってきた。ふざけて描いてないだろうってことだけは、なんとなく知っていたけれど、あんなに文才があるなんて知らなかった…。
水柿助教授(っていうか森先生)と会田さんがいっぺんに書いている号のあの雑誌は私にとって一万円くらいの価値がある。ちょっと前まではうまくすると「メタボロ」まで読めた。幻冬舎って太っ腹〜!
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