新型インフルエンザで国内初の死者が出た。今年の秋以降、本格的な流行が心配される。感染者の重症化を防ぐには適切な治療をしなければならず、そのためには迅速診断が不可欠だ。現在利用されている診断法の約10分の1の時間で、詳細な判定が可能になる方法が開発されている。【関東晋慈】
現在のインフルエンザ診断法は2種類ある。患者の鼻などの粘液から、15分程度でA型ウイルスの抗体を検知する迅速診断。さらに同じA型ウイルスの中でも、新型と季節性など細かい型を見分けるため、遺伝子の違いを調べるPCR検査だ。
「医療現場で必要なのは速さと簡便さ。今回の新型発生で思い知った」。理化学研究所オミックス基盤研究領域長の林崎良英さんは、6時間程度の時間がかかるPCR検査の限界を指摘する。林崎さんらが東京大医科学研究所、国立感染症研究所と共同で開発を進めている新たな診断法は、遺伝子を短時間で増やす酵素を使うことが特徴だ。
◆増幅酵素を利用
現在のPCR検査は、温度の変化を利用して遺伝子の二重らせんを1本に引きはがし、それぞれを鋳型にして酵素で再び合成することを繰り返して増幅させる。遺伝子の違いを細かく調べるには、遺伝子の量を増やす増幅が不可欠で、これに時間がかかっていた。
林崎さんらは、遺伝子診断の迅速化を目指し、正確に大量の遺伝子を複製する特別な酵素の発見に、01年から取り組んだ。100万種類以上の細菌から絞り込む作業を繰り返し、3年かけて土壌中にありふれている細菌「アリシクロバチルス」から抽出した酵素にたどり着いた。この酵素は二重になった遺伝子を、引きはがしながら合成するという両方の役割を担う。温度を変化させたり、調整する必要がないため、低電力の簡易な機器で検査できる。クーラーボックス大のPCR検査機と比べ、携帯電話程度の大きさの機器も実現可能といい、海外からの帰国者向けに航空機内でも使用できる。
林崎さんは「酵素の発見当時、警戒されていた強毒性鳥インフルエンザH5N1型や、H7型に対応できるよう開発を進めてきた」と話す。
◆タミフル耐性も診断
今後の流行で懸念されるのは、抗ウイルス薬タミフルが効かない、耐性を持つ新型インフルエンザウイルスの出現だ。季節性のAソ連型(H1N1型)ではすでに、耐性ウイルスが流行している。東京大医科学研究所の河岡義裕教授(ウイルス学)は「新型と季節性のH1N1型が混合することで、新型が耐性を獲得して流行する恐れがある」と警告する。
タミフルはウイルスの表面たんぱく質、ノイラミニダーゼ(NA)の形を認識し、その働きを阻害する。耐性ウイルスの場合、ウイルス遺伝子の塩基1カ所の変化で形が変わり、薬が効かなくなってしまう。
現在のPCR法は、塩基1カ所だけの変異は認識できず、通常のウイルスと同じように増幅させてしまう。そのため、新型ウイルスと確定した後、塩基配列を詳しく読みとって、耐性を持つかどうかを確認しなければならない。
林崎さんらの新たな診断法は、タミフル耐性の有無も同時に判定できる。「ミスマッチ結合たんぱく」と呼ぶ、新開発のたんぱく質を利用するからだ。これは、誤った塩基同士が二重に合わさると、その部分にかんぬきのように結合し、増幅酵素の働きを止める。
林崎さんは「この診断法を使えば、タミフルが効かない人にタミフルを処方するような誤りを防ぐことができる」と自信をみせる。
◆光って診断
インフルエンザウイルスで診断時間を試験したところ、ウイルスが600個あれば17分で十分な量に増殖して確定できた。60個で21分、わずか6個でも24分で、確定診断可能な量に増殖させることが可能だった。林崎さんは「通常の診断で十分確保できる量のウイルス100個があれば、30分以内に確定できる」と話す。
確定の際にも「エキシトンプライマー」と呼ぶ材料を使った新たな技術が使われている。プライマーとは調べたいウイルスの型に特徴的な塩基配列10~20個が並んだ鋳型。これには判明しているタミフル耐性ウイルスの塩基配列などを利用する。
エキシトンプライマーとは、特殊な蛍光色素を含み、プライマーと増殖酵素が働き、二重になると強く光る。最新のPCR法で使われるプライマーより、明暗の差が大きく、増殖をはっきりと認識することができるようになった。
新診断法で使う試薬には厚生労働省の認可が必要となる。今シーズンは間に合わないため、臨床研究試験用として、協力病院や検査機関などに診断キットや機器を提供していくという。
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■ことば
季節性と同じせきなどの呼吸器症状や発熱が主な症状。妊婦や健康な成人でも一部は、重症化する恐れがある。世界保健機関のまとめでは7月末時点で、全世界での死者は1154人に達した。確認された感染者数は16万2380人。今年4月に米国とメキシコで確認されて以来、約3カ月で168カ国・地域に広がった。治療薬「タミフル」に対する耐性を持つウイルスは日本、デンマーク、香港、カナダで確認されている。
毎日新聞 2009年8月18日 東京朝刊