「10歳のちょうど誕生日に私は実の父親から犯されました。」「そしてその父親の行為は、私が15歳になるまで、ほとんど毎日続きました。」
今から数年前の年末、まだ私がセラピストとして活動しているときに訪れた、さゆりさん(仮名)が告白した出来事です。年末になると、このさゆりさんのことがいつも思い起こされます。
「さゆりさん、よく今まで耐えてこられましたね・・・。」
「今まで誰にも相談しなかったのですか?」と聞くと・・・
「15歳のときに一番信頼していた祖母に相談しました・・・。でも、父は『さゆりが俺を誘ったんだ』と私のせいにしたんです。ショックでした。」
「そればかりか、その父の言葉に、祖母も母親もそれを信じ、私の言葉に誰も耳を傾けようとしてくれませんでした。」
「母はそれから事あるごとに『お前なんか死んでしまえ!』『お前のせいで我家は不幸になったんだ!』と私を責めるようになりました。それ以来、人に相談する事さえ、恐ろしくなったんです」
そしてこのさゆりさんの不幸はまだ続きました。
16歳になり、ある男性と駆け落ち同然のように家を出たが、その男から「借金を返すために風俗で働いてくれ、これが返せないと結婚できないんだ」と頼まれ、風俗の世界へ。
収入のすべてをその男に持っていかれたが、それでも「一緒になれるんなら」と休みなしに働いた1年後、さゆりさんが妊娠。それを知るとその男はさゆりさんを置いて蒸発してしまう。
出産の2ヵ月前に父親が破産。
母親から、「赤ん坊がいれば働けないよ。家に帰ってくれば私が面倒見てあげるから、その代わり生活費を家に入れてくれないかね。」と頼まれ、しぶしぶ実家へ帰る。
しかし、母親は酒が入ると以前にも増して「お前なんか死んでしまえ。」と暴力さえ振るい、しかも「お前は出て行ってもいいが、赤ん坊はお前には渡さないからね。」と子供は人質状態に。出産からわずか3週間で働きに出され、週払いの収入はすべて生活費へ回すが、両親二人で飲み歩き、一晩で使ってくる事もしばしば・・・。
まるでドラマのような話でした。
そんなさゆりさんに、当時の未熟な私には、ただ話を聞いてあげ、一緒に泣いてあげる事しか出来ませんでした。そしてただ一言「いつかは神様がちゃんと、ご褒美を用意してくれるよ」と言うのが精一杯でした。
「でもね、先生・・・。私、今が一番幸せなんです・・・。」
「1日に2時間しか寝なくても、どんなに疲れていても、どんなにつらい事があっても、赤ん坊の笑顔を見るとすべて忘れる事が出来るんです・・・。自慢してもいいですか?」といって彼女は数枚の赤ん坊の写真を見せてくれました。
「まだ、3ヶ月なんですけど、よく笑うんですよ。」
「まるで私の辛さ、苦しさがわかっていて、癒してくれているみたいなんです。」
「天使の笑顔って、きっとこんな笑顔ですよね。」
その写真を広げ始めた瞬間、さゆりさんの顔が柔和になっていき、笑顔さえこぼれ始めたのです。何もしてあげられない私を逆に励ますかのように・・・。
このときほど未熟なセラピストとして自分の無力さ、人を助けようというおこがましさなど、恥ずかしいと思ったことはありませんでした。
毎年、この時期になるとこのさゆりさんの言葉が聞こえてくるのです。
「でもね、先生・・・。私、今が一番幸せなんです・・・。」 |
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