公示まで2日となった衆院選。「政権交代」の是非に注目が集まり、「平和」や「憲法」は争点とならず、論戦もかすむ。戦禍を二度とくり返さないと誓う有権者はどんな思いで選挙に臨み、新政権に何を期待するのか。64回目の終戦の日を迎えた15日、祈りをささげていた人たちに聞いた。【真野森作、林哲平、山本将克】
●日本武道館
日本武道館の全国戦没者追悼式に参列した東京都世田谷区の吉野哲郎さん(80)は、新政権に「外交を頑張ってもらいたい」と望む。6歳年上の兄は海軍に入り、台湾で空襲に遭って亡くなった。「外交の失敗で戦争が拡大し、兵隊は地獄の中で死んでいった」。どこが与党になっても「政治のトップには日本の進むべき道を正しく示してほしい」と静かに語った。
家族を戦争に奪われた話を母から聞かされて育った大阪府岸和田市の高岡政子さん(50)は「若い世代が戦争の悲惨さを深く知る機会を設けてほしい」と注文する。「戦争がいけないと考えるのはどの政党も同じはず」。暮らしを安定させる政策を見極めて投票先を決めるつもりだ。
●千鳥ケ淵
横浜市の無職女性(79)は千鳥ケ淵戦没者墓苑に14年ぶりに足を運んだ。インドネシアで戦い、1年前に亡くなった夫の介護に追われていたからだ。「棄権だけはだめ」。選挙には必ず行くと決めている。「あの戦争も言いたいことを言わなかったから起こったの」
横浜市の銀行員、安喰(あじき)就一さん(25)は「A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社には行きづらい」と話した。「戦争を指揮した人と命令を受けただけの人では祈る気持ちが違う」という。
●靖国神社
靖国神社では、境内に無数の日の丸がはためき、朝から拝殿の前に参拝客の列ができた。
「死んだらここで再会しようと辞世の句を詠み、戦った」。21歳で出征し、戦地で友人を失った宇都宮市細谷の無職、関戸栄一さん(89)にとって「靖国は心のよりどころ」だ。新たな追悼施設を望む声もあるが「戦友に申し訳ない」と目頭を押さえた。「右から左までいる民主党は信用できないが、あまりに長く政権の座にいた自民党に任せる気もない」という。
広島市出身で都内に住む女性会社員(29)は、初めて靖国神社を訪れた。鳴り響くラッパや軍服姿の参拝客。毎年のように訪れていた原爆の日の平和記念式典とは雰囲気が違いすぎる。「祈りの場ではない」と感じたという。
政治に何を求めたらいいのか。「権力の暴走も怖いが、平和だけ訴えても現実とかけ離れていて、うそっぽい」。選択の時を前に答えは見つからない。
毎日新聞 2009年8月16日 東京朝刊